4:執行者Ⅴ
ボトリと何かが落ちる。
「キィ、キィ……」
見るとそれは、得体の知れないものだった。何か奇妙な声をあげている。原型を留めておらず、グチャッと潰れていた。目玉のまわりに紫の物質がへばりついているようにも見える。
「こいつは監視役だろう。既にあんたは何かに目をつけられているようだ」
そう言ってクランツは撃ち落としたであろう残骸を踏み潰した。
「こうやって次々と来るからな。ギルに固執する必要はない。申請すれば、機関が全力をあげてあんたを、家族も含めて保護する」
グチャグチャになっていても、まだビクビクと動きがあるそれを、クランツは撃ち込む。
二発の銃弾を最後に、それは動きがなくなり、やがて砂と化した。
「それは、ギルか貴方達か、選べってこと?」
私はクランツの言いたいことを予測して訊いた。
「そう解釈してくれて問題ない。いや、ギルに近付くなと言っているんだ。こちらもあいつは近付けさせない」
クランツの口調は、今までもそうだが、それを越えるほど一層強くなった。
「……もし……、もし私が、断ると言ったら……?」
私は今、どんな顔をしているだろう。自分では分からない。俯いているのも、あまり見られたくない顔だからだと思う。
「何故そんな質問が生まれるのか、理解し難いな。あえて答えるなら、これはお願いでもない。ましてや忠告でもない。……命令だ」
「……」
クランツの言葉は、私には冷たくのしかかるように思えた。私が返事をする前に、クランツは再び踵を返していた。
「話はそれだけだ。考える必要は無い。考える暇もない。奴はそのうち必ず殺すからな」
そう言いのけると、クランツは高く聳そびえ立つ壁を駆け上がり、私の前から姿を消した。
私はただ相手の話を聞くだけになっていた。もし上手くいけば、知りたい情報を聞き出せるかもとまで考えていたのに。それどころか、私は圧倒されていた。
結局、一番聞きたいことは聞けなかった。ギルは本当に、殺さなきゃいけない存在なのか。
家の前まで帰ってくるそれまでは、重い足取りだったような気がする。門を空けようとすると、ギルが何処からか降ってきた。
「よぉ」
「び、びっくりするでしょ。第一、誰かに見られちゃ、まずいんじゃないの」
「お前、変なもん連れてきたな」
微妙に会話が成立していないと思いながら、ギルが開いて見せてくれた掌中を見てみる。
「あ、これ……」
「何だ、知ってんのか」
ギルは意外そうだったけど、ついさっき見たのだから、見間違えるはずもなかった。おそらくは同種のもの。血走った目玉に紫色のものがこびりついている。
「こいつが紗希のすぐ後ろにいたんだよ。監視役だろうから襲われることはないとは思うけどな」
ギルは後に拳を作り、ぐちゃっとそれを握り潰した。
「うん、ありがとう………って、いたたたたた!」
ガシッと、もう一つの方の手で頭を掴まれる。握力による締め付けが即座に始まった。
「も、もう何すんの!?」
乱れた髪を整えながら私は非難した。気のせいか、今まで以上に少し力が強かった気がする。私は息切れしてしまうし、痛みのあまり涙目になっていた。
「別に何でもねぇよ。とりあえず腹減った」
ギルはそのまま家に入っていく。相変わらずの傍若無人ぶりだった。
「早く来いよ」
ギルは顔だけ振り向いて、進める歩を止めている。
さっきの締め付けはいったい何だったんだろうか。分からないまま、私はその後に続いた。
ギルにさっきのことを言ったら、ギルはどう思うんだろう。
でも、この時に言う気にはなれなかった。
§
紗希の家から南東に三キロほど離れた廃工場。光が射す場所はほとんどなく、昼間でも中は暗闇であった。
「キィ、キィ!」
奇妙な声は、工場全体に響き渡っていた。
「処刑人がいるのは確かだが。おまけに執行者もか」
体の大半が目玉を占める物体がパタパタと羽ばたいていた。目のまわりにある紫の部分から同色の羽が生えている。どっしりと構える者は、「それ」から情報を引き出していた。
「人間だけなら簡単だが、黒の奴を無視するのももったいねぇ。誘い出すか」
重い腰をあげ、次にとるべき行動へ移行する。立ち上がると、わずかに射す光で姿が映し出された。
その姿は一見、人間そのものだった。
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