2:定まった標的Ⅷ

「……迅走しんそう・十九閃」





 ギルが小さく呟いたのを、聞き取れた者は皆無だった。声量の問題……というよりも、次の瞬間に衝撃が走ったからだ。





「ガァアアアァァアアァァ!!」








「あ……、そ、そんな……」





 逃げる隙間もないくらいに、多く飛び交っていた火球も光線も消え失せていた。シロは多量の血を吹き出して倒れる。シルビアは倒れはしなかったが、シロと同様に血を吹き出していた。





 瞬間的に変貌した光景に、紗希は戸惑う。何が起こったのかと驚愕し、そして紗希なりに考えた。火球や光線をかき消し、両者に攻撃をしたんだ。


 そしてギルは、一気に駆け抜けたのか。今、シルビアたちを中心に逆の立ち位置にいる。


 これだけの動作をしたのに、生じた音は一回だけだったように聞こえた。


 あまりにも短い刹那、紗希に限らず、常人なら同じ様に感じた筈である。





 実際には、刹那の内に十九もの連撃を与えたのだ。あまりにも速いその動きは、素手とはいえ、風をも生じさせる。元々の攻撃の力に加えて、刃にも近い現象を生み出したのだ。





 自分がどの様に殺られたかも見えないまま、シロは崩れる。流砂となって、そして……消えていった。

















「……ふ、ふふ。さすが黒き処刑人ってとこかしらね……」


「知ってたのか」


「貴方を知らない方が、少ないと思うけどね。……あ~あ、心臓をシロに預けたのは、逆に墓穴を掘っちゃったもね。まさか、シロに勝っちゃうなんてね……」





 仰向けにシルビアは倒れているけど、清々しいともとれる顔をしていた。シロが殺られたから体はもう動かないのか。どうあっても負けたと、彼女は思い知らされたのか。いずれにせよ、澄んだ表情とは引き換えに、シルビアの体は徐々に崩壊を始めていた。





「……神崎紗希さん」


「え! あ、はい」





 まさかこっちに振ると思ってなかった私は虚をつかれた。





「私は負けちゃったけど、まだまだ私みたいなのが狙ってくる。基本的に私たち魔界の住人はしつこいから。ほんと、うんざりするくらいね……」





 そう言い残して消えた。私の身を案じての助言なんかじゃ、決してなかったと思う。最後まで目を細め、薄笑いを浮かべていた。まるで……いや、多分実際そうなのだと思う。面白がっていたんだ。私の行く末を。





「…!?」





 突如違和感が生じる。まわりの情景が歪み始めていた。





「此処も崩れるんだろうな」


「だ、大丈夫なの?」


「……さぁな」


「ちょっ……!」





 他人事のように、あっさりと言いのけるギルに追及した時だ。そこで、私の意識は途切れた。気付いた時には、私は残っていた教室にいた。





「お前って悪運は強いな」





 そう言ってきたギルにようやく気付く。





「あ、手当て……しようか?」





 右肩から滲み出てる血を見て私は言った。返り血をべったりと浴びているその姿は、痛々しく映る。ギル自身も負傷しているはずだった。保健室に行けば、何かしら出来ることがあるだろうと思ったのだ。





「あぁ。別にこれくらい……大丈夫だ。明日には治る」


「え、でも……」


「いいって言ってんだろうが。さっさと帰り支度でもしろ」


「うん。そだね」





 言葉自体は荒っぽいが、怒ってるわけではないみたいだ。こちらに背を見せているので、表情からの推察は出来ない。けど、声の調子からそれだけは分かった。





「……え!?」





 何だろう。ようやく気付いたが、明らかにおかしい。空間に引きずり込まれる前と今とでは、決定的に違う。





 教室は、確かに血の海が広がっていた筈なのに。でも今は、ギルから垂れる数滴以外には、血など広がっていない。忽然と、消えてしまっていた。





 山村君は……殺された。それは、紛れもない事実の筈で……でも……その跡は全く無くて……。





「ねぇ、ギル……」





 どういうことなのか訊きたかった。消えていなかったとしても、怖い。正直、死体なんて見たくない。知人なら、尚更だ。けど、有るはずのものが消えたということは、ますます不可思議で……気味が悪くて……理解できなくて……。





 だから、答えが欲しかった。納得させて欲しかった。でも、呼び掛けたギルの返答は無く、振り返ってみるとギルもまた、いなくなっていた。





 さっきまで、有ったものとはまた違う恐怖が膨らむ。早く帰ろう。そう思い立ち、帰り支度を急いだ。





 ふと、時計を見る。





「……え……?」





 時計は全く、進んでいなかった。止まっていたわけでもなく、ただ、進んでいない。そんなはずは……。





 そうだ。やっぱり夢なんだ。どこからが現実で、どこまでが夢なのかは分からないけど、きっと夢なんだ。白い少女も、白い獣も、もしかしたらギルだって、私が狙われるなんてことも。





 そんなことを考えて、自分に言い聞かせて、教室を後にしようとする。





「……!?」





 そして、すぐに痛感させられる。これは、夢なんかじゃない。紛れもない現実なんだと。私は、教室に開けられた大きな穴を目にして、思い知らされてしまった。

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