2:定まった標的Ⅶ

グチュ…。ボト…。





 生々しく、ギルの両腕から、血肉の垂れる不協和音が響き渡る。宣言通りだった。シロ以外の獣は、全て血に伏せている。その中心には、ギル一人が立っていた。





 恐ろしい。この惨劇を目にして、紗希が最初に思ったことだ。正直、ギルを一番恐ろしく感じてしまったことだろう。








「……あ……」


「どうした。言った通りに殺っただけだ。そのデカイのは使わないのか?」





 そう言って、ギルはシロを指名する。


 確かに何故だろう。紗希も変に感じた。主力となるはずのシロを、何故投入しなかったのか。





「……グル」


「…!?」





 さっきまで、ついさっきまで屍肉だった獣が、再生し始めている。シロが再生したことを考えると、予測される当然の結果だった。しかしこれでは、どの獣も再生するのであればキリがない。





「シロ!?」


「ハァァ、ハァァァ……」





 それまでおとなしくしていたシロが、シルビアの指示で前に出る。


 そして襲い掛かった。しかし向かった先は、ギルではない。まして、紗希でもなかった。復活した獣たちに、牙を向けたのだ。同じ獣を、仲間を、躊躇なく……喰らっていた。





 グチュ……。ガブゥ……。グチャ……。ズズ……。





「貴方に数は意味がないみたい。なら、量より質でいかせてもらうわ」





 何も狂乱したわけではない。シルビアの言葉が、シロの行動に理由があるものと理解させた。


 そしてシロは、二つの頭ですぐに獣たちを平らげてしまった。さらに大きく、凶悪に、異形へと、シロは姿を変えた。その変貌は、存在するだけで他を圧倒していた。そこにいるだけで、今にも喰われそうである。





「確かにデケェな」


「感想それだけ!?」





 何せ今のシロは、さっきまでより数十倍も大きい。自分たちなど、一呑みされてもおかしくないと、紗希が思う大きさになっていた。自分が捕食される側だと震える紗希だったが、一方でギルは冷静に、無感動ですらある。だが、紗希の突っ込みに、ギルは当たり前だと吠えた。





「あぁ? 所詮デカいだけだ。俺の敵には、まだまだ程遠い」





 ギルは自信たっぷりに言いのける。でも、いくらなんでも、これは無理なんじゃないか。紗希の心象は不安でいっぱいとなっていた。





「ガアアァァァァァァァアアァァ!?」





 シロは吠えたと同時に、さらに変貌した。またもや頭が増えたのだ。一つの頭には眼がなく、また一つの頭には蒼く光る眼があった。そして新たな頭には、蒼く光る大きな眼が、鼻の真上に一つだけあったのだ。合計三つの咆哮は、大きさも加えて凄まじい。ビリビリと大気が揺れている。それだけで、吹き飛ばされそうな衝撃を生み出していた。





 そして速い。見上げる程大きいにも関わらず、シロの動きはさらに速くなっていた。


 その大きな前足で、軽々とギルを踏みつけた。





「ギル!」


「何処見てやがる」





 大丈夫みたいだと、紗希が安堵したのはほんの一瞬のことだ。すぐさま顔に血が垂れている事実に気付く。避わしきれていなかったのは明白だった。





「あはははは! さぁ、そろそろ貴方の死が見えてきたぁ!」





 シルビアが追い討ちをかける。休む隙など与えまいと、空から直接ギルへと向かった。





「ガァアアアァァ…!」





 此処で一気に決めるつもりなのか。シロも地を蹴り、牙を剥き出しにした。双方からの挟み撃ちだった。





 シルビアのほうが攻撃が早い。純粋なスピードではない。繰り出すのが単純に早かった。右腕が瞬時に変貌する。獣の頭だ。その頭が口を開いたかと思うと、白い光線を放つ。あまりにも近距離である。だがギルなら避わせる。向きを変え、最小限の動きに抑えた。その隙を狙って、すぐに三つの頭が押し寄せるのだから、派手な動きは取れない。





 振り返り、シロの真ん中の頭を叩き潰す。独立している両端の頭も、ギルが潰している間に、噛み砕こうと口を開いた。しかし、ギルはすぐに翔び上がることで避わす。そのままこの巨躯を踏み台として翔び越す。上から後ろに回った。踏み台とした時、今度はシルビアが左腕で、光線を撃ち込んできた。身を翻すものの、ギルは右肩に喰らってしまう。





 肩に生じた衝撃により、バランスを崩してしまう。態勢を整えて着地に成功すると、シロの複数ある尾がギルを叩き潰そうと暴れ始めた。たまらずギルは跳ねるように距離を取った。





 頭を一つ潰したが、この世界では再生してしまう筈だ。逆にギルは肩をやられてしまった。押されているのはギルに違いない。だがどうしたことか。シルビアはぎりっと歯を噛み締める。シロが再生する様子もない。


 そして、ギルは得意気に挑発したのだ。





「どうした。ここなら再生するんじゃなかったのか。それとも、もうしないのか?」


「…!?」





 息を呑むように、シルビアの目の色が変わる。それを見て、ギルは自分の予想がほぼ間違いないと確信した。


 しないのではなく、出来ないのだ。再生するとしても、無限に再生出来るわけじゃないらしい。回数に限界があるのだろう。最初のシロを始め、数多い獣の群れにも再生を使ったために、もう限界は来ていた。だからシルビアは、数より質を選んだのだ





 そしてシルビアも把握した。私たちの思惑など、とうにバレていると。なら、此処で退くべきか。一瞬、その選択も彼女の頭をよぎった。しかし……。





「再生なんかしなくても、このままで十分ってことよ! 利き腕はもう、使いものにならないんじゃない? 痛そうに押さえてるものね!」





 シルビアに、退くという選択肢などあるわけがない。彼女の高いプライドが、そうはさせなかった。処刑人と同様に、数多の修羅場をかいくぐっただけの戦歴は、持ち合わせている。戦いを仕掛けた自分が敗走するなど、有り得なる筈がなかった。





「あぁ? こんなもん、何でもねぇな」


「ふ、ふふ……。すぐにそんな強がり、言えなくしてあげる。シロ!?」





 シロが大きな二つの口を開くと、口内が赤く灯る。みるみるうちに激しく猛り、口から燃ゆる火球が二つずつ放たれた。またタイミングを合わせ、シルビアの腕から、再び光線が撃ち出される。逃げ場をなくす猛攻は、ギルを追い詰めていった。








「あははははははは!」


「ギル!」





 紗希は元々、彼等の動きをまともに捉えることなんて出来ない。だから、彼等が視界から消え失せても不思議はなかった。既に分かっていたことだ。


 でも、今回は少し違った。

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