2:定まった標的Ⅳ
少女の左に位置する空間に、穴みたいなのが出来ていた。バチバチと音を立てて、激しく発光していた。中から大きな足が見えたかと思うと、白い獣が一匹、姿を現した。
降り立った衝撃が、よりその大きさと重さを物語っていた。ただの獣ではないことを示すのは、大きさだけではなかった。涎を垂らしながら、ガパっと口を開いて見せるが、目はなく、尾は複数あることに驚く。
「ハァ、ハァァ、グルゥゥ……」
開いた口から見える牙は、何でも噛み砕けるように太く、また鋭かった。
「な、何だよ! こいつは!?」
驚愕、また恐怖に満ちた表情で叫んだのは、山村君だった。私も同じような表情をしていただろう。
白い少女は、山村君を細い横目で見て言う。冷酷な、鋭い目線だった。
「貴方、さっきから何? 邪魔」
白い獣が少女を見上げた。目はないものの、そんな動きだ。少女もそれに気付き、にこやかに笑って言った。
「もちろん、いいに決まってるじゃない。好きなだけ……食べていいよ」
「待っ……!?」
まさか……。制止しようと私が叫んだ時、既に白い獣は大きく飛び上がっていた。
「う、うあああぁぁぁああぁ!?」
白い獣は覆い被さった。いとも容易く、いとも簡単に。
グシャ……グチャ……!
…ブシュウ……!
グチャア……クチャ……グチャ……!
……ズズ……!
反射的に両手で耳を塞いだ。目を瞑った。聞きたくなかった。見たくなかった。それでも、嫌な音が響き渡る。
叫び声。臓器がかき出される音。血が吹き出す音。骨までもが噛み砕かれる音。
教室には紅い血が飛び散る。普通じゃない。尋常じゃない量の血が、一面に広がった。
私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私の…せいだ。
自分が、この少女を呼び寄せた。自分がいなければ、山村君は死ななかった。恐怖と共に、負の衝動に私は襲われた。
「グルゥゥ……。ハァ……。ハァァァ……」
振り向いた白い獣は、混じり気のない白色ではなくなっていた。体は返り血で、紅い血が染みこんでいる。特に口元は、鮮血で、黒にも見える程に。
「おいしかった?」
この異常な状況下にも関わらず、少女は笑みを忘れない。ゆっくりと少女も降り立ち、頭を下げた獣の頭を撫でていた。
「ハァァァ……」
「そっか~。でも今度はもっと美味だと思うんだけど、どうかな?」
少女も、獣も標的を見定める。次は、私の番だった。
「よぉ」
前触れもなく現れた。少女や獣よりさらに後ろ、いくつもある机の一つにもたれかかっているのは、ギルだった。密室の筈だったのに。
「いったい何処から!?」
振り撒いていた笑みを引っ込めて、少女は振り向いて問う。よっぽど驚いたのか、声が荒くなった。
「教える義理はないだろ。今からお前ら、死ぬんだからな」
「……!?」
少女もついには身構える。獣も同様だ。
「何だ紗希。泣いてんのか?」
「な、泣いて……なんか……」
明らかに嘘だった。涙を拭いながら何とか虚勢を張る。
「……だって、私のせいで、人が……死んじゃったんだよ……?」
ぽんっと、誰かが私の頭に手をおいた。ギルだった。一瞬で移動したらしい。
「いちいち気にすんな。お前のせいじゃねぇよ。俺がこいつら殺して、それで終いだ」
「……ふん。舐められたものね。返り討ちにしてあげる」
「何回も聞いたがな。その台詞。吐いた奴は全員死んだぜ」
「ちょっ、ギル……。でも、あんな小さい子なのに……」
ガシッ―
「ひぅっ……」
ギルに頭を掴まれた。何事かと心底驚く。
「馬鹿かお前は。あいつはなぁ。外見、精神年齢はガキだが、実質年齢はお前よりずっと上なんだよ。つーか俺より上だ。わかったか」
「い、いたたたた……!?」
キリキリと頭を締め付けられてしまう。もしかしなくても、怒ってるのか。必死に抵抗するけど、私の力では全く対抗出来なかった。ようやく解放されると、ギルは得意気に言い放つ。
「そうだろ? シルビア・ヴァネス……だっけか? お前」
「あれ、私のこと知ってたの。それなのに私と戦うつもりなんだ。生意気。シロに敵うわけないのに。シロ! 先にあいつを殺っちゃって」
「グオオォォオ!!」
「ちっ……」
ドンッ!―
ギルに押されて、私は倒れ込む。
豪快な音とともに、教室のドアや窓のついた壁は吹き飛んだ。廊下ではギルは仰向けに倒れこみ、その上からシロが覆い被さっている。両腕で妨げているが、今にもその大きな口に喰われそうだった。
「ギル!」
破られた大きな穴から私は叫んだ。
「お前は逃げろ」
「で、でも……」
「邪魔なんだよ。先にお前から殺すぞ」
「わ、分かった……」
私はすぐさま廊下に出て、懸命に走った。
「シロ。そいつ殺しといて。私はあの娘を殺すから」
「あ、てめっ!?」
「さようなら。死ぬは貴方たちの方みたいね」
そう言って、シルビアが私を追ってきた。だけど、シルビアは私のように走ってはいない。宙に浮いたまま追い掛けていた。それでも、追い付くには十分過ぎる程のスピードがあった。
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