2:定まった標的Ⅴ

「ハァ、ハァ……」





 生徒たちは校舎にいないようだ。誰ともすれちがっていない。職員室に先生が何人かはいるだろうけど、逃げ場がないんじゃ近付かないほうがいい。そうすれば、これ以上犠牲者は出ない。あとは、自分が犠牲者にならないようにしなくちゃ……。





「……!?」





 後ろから足跡が聞こえる。それも複数だった。いや、複数と言っていいのか。何十と思えるくらいに、廊下は震えていた。





「……う、そ」





「グアァァ、ァアアァア!?」





 あの大きなシロよりは小型だったが、数があまりにも多い。牙を向けた犬が、廊下を埋め尽くすように蠢いていた。姿形はもちろん様々だが、狂暴なのは皆同じだった。





「こんなの……」





 この現実から逃避したくなる。実際は、非現実から逃避しているんだけど。


 何処かに身を潜めたかったが、さっき教室から出られなかったように他の教室も固く閉ざされ、開けることは出来ないようだ。


 通りすぎた一室から戸を叩く音が聞こえた。誰かが出られなくて奮闘しているのだろう。けど、逆にその方が安全だ。








「もう終わりみたいね」





 後方から声が聞こえた。必死に逃げ惑っているので後ろを振り返る余裕などもうなかったが、十中八九、シルビアだと思う。





「……っ!?」





 彼女の言った通り、確かにもう終わりだった。前からも複数の獣が迫る。怯んで足を止めると、あっという間に私は取り囲まれてしまった。





「この子たちね。み~んな私のお友達なの。可哀想に、あなたは一人だけど」





 私を取り囲む犬たちの上にシルビアは浮いていた。





「違う! 私は一人なんかじゃ……!?」


「いないじゃない。どこにも。あの処刑人も、もう死んでる。シロが食い損ねることなんてないもの」


「嘘っ!?」


「物分かりが悪い人って嫌いなんだけど。まあいっか。さぁみんな、食べていいよ」





 パチンッとシルビアが指を鳴らす。それが合図だったようで、獣たちは一斉に飛びかかってきた。前後左右から襲われ、私には逃げ道がなかった。出来ることと言えば、身を丸めることだけだ。





「ああぁぁ!?」





 ドクンッ!?―





 あと一歩で喰われていたところだ。けど、喰われていない。目を開くと、比較的細長い体格の犬は、口を大きく開けたままだ。飛びかかる寸前で、急に動きが停止している。他の獣も同様だった。





 私は何事かと司令塔を見る。すると、シルビアは愕然とした表情で呟いていた。





「……そ、そんな。そんなの……」





 何が起こったのか。私には分からなかった。

















「グオオォォアアァァ!?」


「ったく、耳元でうるせぇよ」





 しつこく上に乗る獣、シロをギルは蹴り飛ばす。蹴る体勢が悪く、遠くへは飛ばなかったがギルにとっては十分だ。素早く立ち上がり、戦闘体勢を取る。





「ハァァ、ハァ、グルゥ……」


「いつもなら遊んでやってもいいけどな。今はそういう場合じゃねぇんだ。悪いが、さっさと終わらすぞ」





 ギルの言葉が分かっているのか、分かっていないのか。白い獣はギルを喰おうとする。スピードは確かにある。だがギルに言わせれば、ないこともないなという程度だ。軽く避わして決定打を撃ち込む。それで終わりだ。


 まず噛み砕くという第一撃を、ギルは軽く右に逸れることで避わした。そのまま真横から、心臓を撃ち抜けばいい。





「……!?」





 確かに避わした。だが、ギルは疑問を抱いた。何だ、こいつは……と。


 早々簡単にはいかないらしい。何と頭が増えた。瞬時に生成され、危うくギルは、増えたその頭に喰われそうになった。新しい頭は、大きさ、形、体色と、同じ頭ではある。だが完全には同じというわけではなさそうだ。唯一の相違点として、蒼く光る目がついていた。








「ハァァァ……ハァァァァ……」





 二つの頭が息を荒げる。早く獲物を喰らいたいと、そろぞれの頭が躍起になっていた。





「これだから魔界の奴らは……。必ず何かを隠してやがる。まぁ、それは俺も同じか」





 本能に忠実な獣でも、切り札や奥の手というものは、隠すものだと理解している。シルビアがそう躾ている可能性もあるが。いずれにせよ、魔界の住人であるからには、自身の切り札がバレることは、即、死に繋がることになる。


 ただ、頭が二つになろうが関係ない。処刑人であるギルにとっては大して変わらず、問題はなかった。


 先程と同じように、開いた二つの口を避わし、まずは背中へと回る。頭部を引き千切った。目のない方だ。音もなく、躊躇もない一瞬の所業だった。それぞれが独立しているのか、蒼い眼がある頭は痛がる素振りも、怯む素振りも見せない。驚くべきはそれ以上に、体全体で暴れながら、蒼い眼がある頭が、首をぐるんと回して、背中に乗るギルに牙を向けたのだ。





 ギルは、その開けた口に右腕を突っ込む。当然喰わしてやるためじゃない。そのまま脳味噌までを突き破った。


 この上ない雄叫びをあげ、シロは血の海に沈む。目のない方の頭を首から引き千切ったことで、既に出来上がった血の海でもある。


 頭を二つとも潰されたわけだが、辛うじて動きがあった。痙攣のようなわずかな動きが。





「再生する可能性もあるな」





 確実に息の根を止めなければ、復活する可能性は充分にある。故に、倒れたシロに、ギルは近付いた。確実に殺すために。





「……こいつは」

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