2:定まった標的Ⅲ
そして昼休み。
「紗希? 今日は何かおかしくない?」
食堂にて、加奈が午前の態度の感想を述べた。
「え? ううん、そんなことないよ」
「そうは見えないけど。紗希絶対おかしいよ。何か悩み事?」
朝の疲労から復活した優子も、そんなことを言う。二人はかなり鋭かった。
「何か悩んでるなら、相談に乗るけど?」
加奈の申し出は嬉しいけど、相談出来る内容じゃない。でも、二人の優しい言葉からか、こんなことを、私は口にしていた。
「もし……。もしさ、自分がもうすぐ死ぬって分かったら……どうする?」
「紗希……?」
「え……? な、何で、そんなこと訊くの?」
二人は動揺していた。空気がガラリと変わった。いや、私が変えてしまったんだ。
「あ、違う違う。例えばの話。例えば」
懸命に私は嘘をついた。
「何よ。急にそんなこと言うから、紗希が死ぬのかと思うじゃない」
「もぅ、びっくりしちゃったよ」
こういう時、自分が嘘をつける人間であって良かったと思う。
「もうすぐ死ぬならね。実際ならないと分からない気がするけど……」
私も加奈と同じだ。実際なってみても、何かをしなければいけないのか。どうしたらいいのか分からない。
ただ、優子は違う意見だった。
「私だったら、あんまり変わんないかな」
「え? どういうこと?」
私は身を乗り出して問い掛ける。とても気になった。
思わぬ私の行動に、優子は少々たじろいながら答える。
「えっと、やっぱあと少ししか生きられないなら、楽しく過ごしたいじゃん。だから、今みたいに友達と話したり、何処かに遊びに行ったりすると思う。だから、あんまり今と変わんないってことだね」
……そっか。そうだよね。
「それって、本当にあと少しの命って前提入ってる? じゃなかったら優子はお気楽思考ね」
「加奈。今のは私のこと馬鹿にした?」
「してないしてない。これでも褒めてる」
「本当に?」
「本当に」
疑いの眼差しを加奈に向けるけど、にっこり微笑む加奈の表情からは真意は読めなかったらしい。むぅと困った優子は私に尋ねてきた。
「う~~。紗希。どう思う?」
「馬鹿にしてないよ。それよりありがとっ。二人とも」
見ると、二人とも不思議そうな顔をしていた。
「紗希も馬鹿にしてる?」
「何処かお礼を言うとこあった?」
「いやまぁ、何となくね」
優子と、加奈と友達になれてて良かった。出会えてて良かった。求めていた答えが見付かったような気がしたから。ううん、きっと教えてくれた。
「やっぱり今日の紗希は何か変」
一字一句外すことなく、二人はハモった。
そして、三人とも吹き出していた。
「サキリ~ン」
後方から聞こえてくる声。この名で呼ぶのはただ一人。狭山しかいない。温かい気分が台無しだった。
「ごめん。今日は担任に仕事押し付けられてて、構ってあげられなかったよ」
いったい狭山の中ではどうなっているんだろう。なかなか気になるところだ。なぜ私が構ってもらっている側なのか。そして何より……。
「サキリン言うな!」
日が紅く射すのも、そろそろ終わりに近付いた。これからは段々暗くなっていく。今日はいつもと違い、二倍の字数だから当然だ。私は何回目になるだろう反省文に、四苦八苦していた。
今日は私と同じ様に、反省文で残っているクラスメートが何人かいた。けど、私とはそもそもノルマが違っている。次々と置いてかれてしまった。
辺りを見回せばもう誰も……いや、一人だけいた。私から右後方に位置する席で、必死に原稿と睨めっこしている。
彼の名前は確か……山村君、だっけ。下の名前は……あれ、覚えてない。
二倍のノルマだったが、何とか字数だけは埋める。その頃にはもう、空は暗くなっていた。昨日以上に、時間を要していたのが分かる。
「よっしゃ、終わったー!」
私が終わったとほぼ同時だ。後方から、驚くほどの叫び声が聞こえた。
「あ、ごめん」
私が驚いて振り返ったことに気付いたみたいで、山村君は謝ってきた。
「あ、別に大丈夫だから」
そう言って私は、立ち上がり帰ろうとする。教室を出ようとした時だ。
「……!?」
ドアは誰かが帰った時に、開けっ放しのままだった。しかし、廊下側には誰もいなかったはずなのに、急に教室のドアが大きな音を立てて、勢いよく閉まったのだ。
「あれ、どうしたの?」
山村君は不思議に感じたらしい。私が閉めたのだと思ったのだろう。
「開かない」
いくら力をいれても、開けることは出来なかった。黒板近くのドアも、窓さえも同様だった。私たちは閉じ込められたみたいだ。
「何で……?」
奇妙な現状を理解し、山村君も必死に出口を探す。
いや、何で……じゃない。分かっていた筈だ。こうなることは既に、私は分かっていた筈だった。けど、だからといって、恐怖を振り払うことなんか出来ない。
「貴女が、神崎紗希さん?」
「……!?」
声がするまで気付かなかった。何とかドアを開けようとしていた私の後ろに、誰かが立っていた。高く、消え入りそうな声だった。
私は、ゆっくりと後ろを振り向く。
「……!?」
けど、誰もいなかった。確かに声はしたし、気配もあった。振り向く直前までは……。
「……こんばんは」
再び声がした。消えてなどいない。驚くことに、宙に浮いていたのだ。
「ふぅん。見たとこ、ただの人間みたいだけどね」
白いワンピースを着ていた。白い髪の少女は気味悪く笑いながら言う。その長い髪は、短い背丈とは対照的に腰まで届く程だった。
「な、何だよ! お前!?」
山村君も気付いた。上を見上げて、指を差しながら驚いていた。
けど、そんなことを白い少女は全く気にしなかった。小さく笑って、私に問い掛けた。
「あれ、どうしたの? 武装しないの?」
武装?
何のことだろうか。私には見当もつかない。
少しだけ沈黙があった。
「何よもう。ホントにただの人間じゃない。肩すかし。ねぇ、シロ?」
「……え?」
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