2:定まった標的Ⅱ

 ふむ。鏡で見てみても、何かついているようには思えなかった。





「ねぇ。何にもついてなかったみたいなんだけど……って、あぁ~~!」


「ごちそうさん」





 食卓に並べておいた自作の朝御飯が、洗面所に行って帰る僅かな時間で綺麗になくなっていた。





「ちょっ! な、何で食べるの! 駄目って言ったのに!」


「お前狡いよな」





 は?


 全然答えになってないんだけど。





「こんなうまいもん毎日食ってんだからな。俺が今まで食ってたのに比べたら天と地だな」


「……今まで何食べてたの?」





 少し気になってしまう。別に私は普通だと思うけど。高級レストランに出るようなものじゃないんだし。





「人肉」


「え…!?」





 聞くが否や後退りして、身構える。精一杯の抵抗だった。





「冗談だ。本気にすんなよ。それよりお前どっか行くんじゃないのか?」


「そうだけど。まだ時間あるし」





 サイドボードの上に置いてある置き時計を見て答えた。まだ身構えは解いていない。





「その時計見てそう思ってんなら違うぞ。あれ止まってるからな」


「え! な、何で!?」


「うるさく鳴り出したから止めてやった」


「……じゃ、じゃあ今の正確な時間は……」





 恐る恐るテレビのリモコンを手にとる。





『現在の時間は八時二十七分です。皆さん遅刻とかしないように。今日も一日頑張りましょう!』





 テレビのキャスターは、実ににこやかに明るく言い放つ。





「……」





 思考が停止した。そんな気がする。実際身動きが取れなかった。





「ほらな。止まってただろ」





 ギルは得意気に後ろから戯言を言っている。この際ギルの言葉一つ一つに、構っている場合ではなかった。


 やばい。完っ全に遅刻だった。いや、まだ間に合う手段がここにある。すぐにピンときた。自分でも良い発想だと思う。





「ギル!」





 逃がすまいと接近して目で訴えた。もはや私に余裕はない。





「な、何だ?」





 ギルは目を丸くして私を見た。





「学校まで運んで! お願い!」





 そう。昨夜のようにギルに運んでもらえば済む話だ。ギルもなるほどという具合いに納得した。したんだけど……。





「……めんどくせー」





 酷い理由で断ってきた。





「御飯食べたじゃん!」





 私の分である朝食を食べた借りは返してほしい。けれど。





「そんな契約は事前にしてないだろ。あ、そういや俺は用事があるんだったような気がする。んじゃな」





「ちょっ……!」





 そう言って窓から消える。動きが早すぎて、既に何処に行ったのか見当もつかなかった。





「き、気がするって何だー!?」





 思いきり叫ぶ。だがそれも空しく響くのみだった。














「ねぇ、紗希ってばどうしたの?」


「加奈。う~……」





 友達はやっぱり大切な存在だと改めて痛感した。机に伏している私を、加奈が気にかけてくれる。





「どうしたのよ?」


「それが……」





 学校に登校してきた時だ。全力に走っただけあって、際どいが望みはまだある。と思ったりもしたけど、結局間に合わなかった。





「お前は猿でも持ってる学習能力というものがないのか?」





 校門に着いたとき、庵藤はこの上ない呆れ顔で皮肉を口にする。





「……ハァ、……ハァ。今日は、違う……」





 酸素が足りない。息切れになりながらでも、否定を試みる。





「じゃあ何だ?」


「え、えと……」





 はぅ、しまった。さすがに、異世界から来たというギルとの朝の一連は言い難い。うまく誤魔化すにしても、ギルの存在は省略出来ないわけで、それを訊かれたら答えようがない。よく考えると、男の子と朝一緒にいたんだっけ。むぅ、誤解が生まれそうでますます答え難い。追求されて初めて言い辛いことに気が付いた。まずったな。


 うまく設定を練り直すのに、考える時間を食い過ぎたらしい。疑いの視線がかなり痛い。





「神崎。せめて言い訳くらい、もう少しまともに考えろよ」





 今度は同情の視線がかなり痛かった。


 はぁ、また遅刻か……。





「あ、ちょっと待て。神崎」





 うなだれながら教室に向かう私を、引き留める声が上がる。


 まさか免除かな。期待に胸を膨らませてしまう。





「お前これでポイントたまったからな。一段落上がることになるぞ。」


「へ…!? 何の話?」


「いやだから、今日から反省文は二倍になるから」


「……え??……ええぇ!??」











「いや、それは紗希が悪いでしょ」





「うぅ~……」





「あ、いやまぁ庵藤が悪いかもね」





 私はその言葉を待っていた。


 加奈の両手をがっしりと掴んで、嬉々として叫ぶ。





「やっぱり加奈は分かってる。さすが私の親友」


「はいはい。紗希は世話が焼けるんだから」


「あ、そういや優子は?」





 いつも一番に話し掛けてくるのに、いないのは珍しい。





「あそこにいるわよ」





 加奈が指差す方を見ると、優子はピクリとも動かずに机に伏していた。





「寝てるの?」


「ううん、一応起きてるはず。今日の朝練は相当きつかったらしく、へばってるみたい」





 優子は陸上部に所属している。朝練があるのは当然であるが、顧問の体育教師がもうすぐ大会があるとかで張り切っているらしかった。体育の授業でも、長距離走とか相当きつい内容が多い。一年の頃に、私も身をもって体験済みだった。


 おまけに顧問の先生は、負けず嫌いの性格らしいので、授業など比べられない程きついんだと思う。





 優子、お疲れ様。








 そのうち担任の先生が来てホームルームを始める。そしてそのまま授業時間となった。





 狙われる、殺されると言われたけど、日常に慣れすぎた為に今まで通り授業を受けている。


 こういう時、どうすればいいのか分からない。だから、とりあえずいつも通りに受けることにした。


 午前の授業は、普段と変わらず、何事もなく過ぎていった。


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