途中まで沙良絵と一緒に帰る。これもいつものこと。始めはクラスメイトにこのことを揶揄やゆされることもあったけど、沙良絵は相変わらずの部活っ子で、恋愛絡みのことは皆無なので、今では何も言われていないし、思われてもいないとのこと。まー一度だけ、「予内が誰とも付き合わないのはお前のせいだ」とか言われたこともあったけれど、お門違いである。

沙良絵からはそんな雰囲気はミリ一つ感じない。ちょっとは残念だよなー、と思いながら沙良絵の方へ顔を向けると、うつむいてなにか考えているようだ。そう言えば口数も少なく、何よりも少しでも高いところがあるとそこをいつも歩き出すのに今日は一緒に並んで歩いている。変なの。

じっと見ていたのに気付いたらしく、こちらへ向くと、「ねぇ」といつもよりトーンの低い声口を開く。


「もしそのカエル男が宇宙人で、間違えてこの街に来ちゃったとして、そのカエル男は今どう感じているんだろうね」

「えっ」そんなこと考えていたのかよ、と驚く。そんなに考えることじゃないだろう、と思いつつも、もしかして自分と重ね合わせている?と心配になる。そして、自分が、この街に間違えてきちゃった、と思っているのではないかと不安になる。

間違ってねーよ、と俺は言いたかったけど、なんかそれだと話が噛み合ってないし、そんなセリフは吐けないチキン野郎だった。思いつくのと、行動できることというのは実に違うものだよな。だから「……寂しいとか思っているかもなー、帰りたい、とかかも」なんて、沙良絵の気持ちを畳掛けるかのようなことを言ってしまった。情けない。

「……うん、そうかもね」と自分に言い聞かせるように呟いた沙良絵は、突然ニカっと笑顔を俺に向けて「うんうん」と何かに納得した様子を見せるので、俺は良く分からないくせにホッとする。そして、「やっと笑ったなー」とか馬鹿なことを言ってしまう。



「いやー、次の部長になりそうなんだよ。2年になったら部活辞めようかな、なんて考えていたんだけどねー」とか「ホントはさ高校に入ったら違う部活をしたかったんだけどねー」とかの部活の話に俺は「おおすげーじゃん、もったいないよ」とか「え、何をやりたかったんだよ?」とかの相槌を打ちながら、心の中では、部長かー、役割がちゃんとあっていいよな、なんて嫉妬をしつつ、歩幅がバラバラな俺たちは住宅街を歩いていた。


相変わらず人が歩いていない静かな道だ。この辺りで事件が起きても目撃者なんか誰も出てこないような場所だった。そもそも柱谷町で事件なんか起きたことがないけど。

「あれ、どうした?」

いつもの十字路を真直ぐに通り過ぎた俺は隣に沙良絵がいないことに気付き、後ろを振り返ると、十字路の真ん中にいる沙良絵に声を掛けた。


「えっと、今日私こっちだから」と何かまた考え事をしているような表情を一瞬で笑顔に戻して応えた沙良絵は「じゃあまたね」と手を振って急いで十字路を右に曲がる。

残された俺も「ああ」なんて呟きながら手を振ったが、声も動作も届いてはいないだろう。


何だかわからないけど疲れた。何でだろうか。はぁ、と溜息をつき、俺も下を向きながら道を再び歩き出す。何かが違う、そんな気がしたのは気のせいか?健司が健康を気にしなくなり、沙良絵が部活を辞めようと考えている。

 高1の担任から、思春期特有の心の変化だな、なんて言葉でまとめられそうではあるが、思春期に違和感なんて感じるのだろうか。そんな平凡な言葉でまとめてほしくない。そもそも思春期とか青春とかってやつは、違和感なんて感じることなく、ただ突っ走るものじゃなのだろうか。


 ふと犬が吠えているのが耳に入り、俺は顔を上げる。道の先で犬が一匹、人と向かい合いながら吠えていた。遠くてはっきりとは見えないが、向かい合っているのは主人ではなさそうだ。となるとあの犬はジローか?また勝手にウロウロしているかよ、と俺は苦笑い。それにしてもジローが吠えるなんて初めてだな、吠えることなんてできるんだな、なんて感心しながら俺はジローの元へ小走りで近づく。

近づくに連れ、あれ、あれれ、と頭が混乱し、はっきりとジロー達、というよりもジローの前に居る人が見えたところで俺は立ち止まる。その間もジローは吠えるのを止めなかった。俺はそれ以上一歩も動けずに声も出なかった。要するにフリーズしてしまったというやつだ。情けない。でも誰だってこうなると思う。


「あ、あ、あ」とかろうじて声らしきものが出た俺は、目の前の“それ”を認識すると「なんだよこれ」とはっきりと言葉が出た。

 “それ”はどう見ても人ではなかった。人の顔があるはずの場所にはカマキリの頭が乗っかっている。その瞬間ぶわっと鳥肌立ったのを感じた、気持ち悪い、というよりか不気味過ぎて正直現実はない。しかも巷で噂のカエル男じゃなくて、カマキリ?どうなってんだよ柱谷町。

 相変わらず吠えているジローに「やめろよ」なんて言ってみるがもちろんやめてくれない。ホントは見なかったことにしてこの場を早く離れたほうが良いと思う。

 「ジロー、こっちにこい」なんてもう一度叫んでみるがこっちには来ないし、吠えるも止めてくれない。おいおいおい、ふざけんなよ、こっちに来いよ、なんて思っているところに不気味な音が耳に響く。


「フシュシュルル」カマキリ男(男かどうかは知らないけれど)の口からだった。音と一緒に白い煙みたいなものまで出てきて、こえーもう逃げたい、と思うのと同時に一歩ずつ後ろに下がる。

 もう一度不気味な音が聞こえた時には、やばいやばいやばい、と心の中で連発しながら、一歩また一歩と後ろに下がる。そしてまたジローは吠える。馬鹿ジロー!!


 俺は後ろを振り向いてダッシュで逃げた、のであれば良かったのかもしれないけれど、少し遅かった。カマキリ男が鎌的な腕を振り上げているのが見えてしまったからだ。いやもちろんそれを見たところでそんなことはお構いなしに後ろに逃げればいいだけなんだけど、たぶん俺は間違えて、前に向かって走る。要するにジローの方へ走り出していた。



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