5

思い返してみれば、私が幸せだったのはこの日までだった。


私たちの平凡な幸せは、この日を境に亀裂を帯びていったのだ。


運命の歯車というのは、こうして何気ない日常の中でそっと狂いだす。当事者たちですら気づかないうちに。


もしも、あの時、君と…。


この問いは私の中で 、いいや、むしろ、聡のほうがより多く繰り返されていくことになるのだけれど、その時点では、まだ思いもしない。


私と同じように、きっと、聡も幸福であっただろうし、私へ対する愛情に迷いはなかったと断言できるのだ。



もしも、あの日…。



その夜、聡が帰ってきたのは、深夜を過ぎてからだった。


力仕事と緊張感で疲れた体は私を深い眠りに導き、聡の帰宅を察したものの、起き上がる気力を与えてはくれなかった。


聡がシャワーを浴びベットに潜り込んできた気配を背中で感じながら、私はとうとう朝まで目覚めることはなかった。


今でも思う。


あの夜、聡はどんな顔をしていたのだろう。


彼女と出会ったあの夜…。


もしもあの時、眠いからだを起こし、聡を迎えていたら、私は聡の変化に気づけていたのだろうか。

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