第2章~揺れる、春よ~ 1

聡がスーツを新調したのは、あのプロポーズの夜から数週間後のことだった。


私のすすめた全ての生地やデザインを突っぱねて、聡は、ごくシンプルな、でもこの先何年も着ることのできそうな一着を選らんだ。


「もっとさあ、いいのたくさんあったよ。おしゃれなやつ」


「そう?」


「そうだよ。じじくさい!」


「じじくさいって、ナオ、そりゃないよ…」


自分で誘っておいて、私の意見にほとんど耳を傾けない聡に、私は少しむくれていた。


「どうせならさ、今まで着たことないようなデザインにしたらよかったじゃない?色だって、同じのばーっか!」


こだわりの少ない聡は、たいていの選択肢を私にさせるくせに、妙な所で意固地だったりする。


でも、まぁ、確かに聡には派手なデザインや、流行りのものは似合わないけれど。


無理矢理着せた、私好みのスリーピーススーツ姿にはお腹を抱えて笑ってしまった。


だって、七五三みたいだったから。


「ん?何?」


思いだし笑いをこらえる私に、聡が不思議そうな顔をする。


「なんでもなぁい」


「嘘だ!なんかナオ楽しそう」


「別に…。ぷっ」


「…もしかして、さっきのナオイチオシのスーツ姿の俺思い出して笑ってるんじゃないよね?」


「あたり~!あぁ、あれは傑作だったぁ。写メとればよかった」


「ナオったら、ひどいな。そんなに笑っ…」


そこで、聡も大笑いした。






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