第11話

 エリーと別れてから、およそ二十日程経った今日。

わらわとヨハネは迎えに来たティアナの御す馬車に乗って、王城へと向かっておる。

 途中でティアナが言った所によると、もう間もなく到着とのことじゃ。

 

「む、むう……ヨハネ、本当に大丈夫じゃろうか」


「その質問は何度目でしょうね。私から返す答えも、そろそろ覚えて頂いていると思いますが」


 そう溜息を吐かずともよいではないか。確かに少ししつこく聞きすぎたかもしれぬが。

ヨハネを信じていないという訳では決して無いのじゃが、どうしても不安になってしまうのじゃ。


 あ、勿論、防音の魔法を組んでおるぞ。

 そうでなければこのような話は出来ぬからの。


「改めて申し上げますけれど、間違いなくルル嬢が思う程に人間は強くありません。ルル嬢達、魔族の皆様が衰退すると同時、人も弱くなっていったと考えるのが道理でしょう」


「う、む……。それは確かに分かるのじゃ」


 あの戦っている姿を見た以上、ヨハネの言っていることも分かる。

 じゃが長年で染み付いた恐怖は、そう簡単に拭うことができぬ。もしかしたら、あえて弱く見せているだけなのではという疑心暗鬼に囚われてしまっておる。

 それに、あの父様さえ恐れさせた人間という種族が、たかだか数百年から数千年しか経っておらぬというのに、これ程までに劣るものなのであろうか?


「生きてせいぜい百年の種族です、千年も経てば文化も言葉も変わりますからね。推測ではありますが、予想立てることはできますよ」


 ヨハネがピッと人差し指を立てて言う。

 わらわには想像だにできぬというのに、予想とはいえ思い当たることがあるとは。まだこちらの世界に慣れていないというのに、流石じゃの。


「それは、どのようなものなのじゃ? わらわにも教えてくれぬか?」


「勿論、家族に隠し事などできませんからね。――恐らくですが、光女神とやらの加護が問題になるのでしょう」


 ヨハネによると、人間本来が持つ能力はそう大きく変化していないと考えられるらしい。無学故に知らなかったのじゃが、人間という形をしている以上、その枠を大きく逸脱することは本来ではありえぬらしい。

 父上達の時代の人間は、光女神の加護を一身に受けていたからこそ、それによって強大な力を得ていた。それを失ったからこうなった、そう考えられると。


 なるほど、確かに筋は通っておるように感じる。わらわの力も元を辿れば闇女神様のご加護によるもの。父様たちもそれは仰っておった、闇女神様が封印されたことで力の多くを失ってしまったのじゃと。

 ならば人間たちも同じであってもおかしくはあるまい。


「じゃが、それであれば何故、人は光女神を敬わぬのじゃ?」


「さて、そこまでは。ただ、私の居た所でしたら、千年は宗教の在り方が変わるのに充分な時間だったということは確かです。今あるものを当たり前だと勘違いして、更なる利益を求めてやまないのですから」


 そのようなものなのであろうか? ヨハネがそういうのならば間違いないのじゃとは思うが、腑には落ちぬ。


「人は慣れる生き物ですからね。その為に、自らに都合のいい神々を作り出す。神も悪魔も人の内には無限にいるのです。光女神はニーズに答えられなかったか、或いは呆れて見放したのかもしれませんね」


 わらわにはよく分からぬの。どのようなことがあろうと、闇女神様を敬わぬことなど考えられぬのじゃ。


「あくまでも私の想像ですがね。もしかしたら単純に、光女神も何かの力が働いて弱まったのかもしれません。何にせよ、そう考えた方がしっくりと来ませんか?」

 

 そう言われては、ヨハネの言う通りにしか思えぬようになるから不思議じゃ。

 思い返してみれば、ピティともう一人の男の使っていた詠唱も不自然じゃった。女神と言えば光女神か闇女神様しかおらぬのに、御方々の配下である精霊をまるで神のように扱い、その力を借り受けておったのじゃから。


「いずれにせよ今の段階でははっきりとしたことは分かりません。ただ、私たちにとって良い方に転がっていることは僥倖です。予定とは違いますが、最善の方向に修正できたと言っていいでしょう」


「最初は何を言い出すのかと思ったがの……」


 わらわ達の住処に人を誘き出すと言い出した時は、思わず叫んでしまった。わらわは逃げ隠れることを前提に考えていたから余計にじゃ。


 しかしヨハネの説明は理に叶っておった。人と取引をするのであれば、まず人と会わねば話にならぬ。しかしわらわも文献でしか人を知らぬのじゃから、いきなりヨハネが一人で行っても不審に思われてしまう。

 じゃからこちらから行くのではなく、向こうから来るように仕向けて、そのものから常識を聞き出す。ついでに人間がどれ程の強さを持っているのかを自分の目で確認する。そう言い放ったのじゃからな。

 無論、わらわも最初は反対した。巧く行けば良いが、もしヨハネがわらわ、魔族と一緒にいることが気付かれてしまえば、彼の身が危険になるのじゃから。


「……もしやヨハネ。最初からこれを予想しておったのか?」


 今にして考えてみれば、ヨハネは最初から人の強さを疑っていたのではないじゃろうか? 


「いえ、そこまでは。私の知るものとかけ離れているとは感じましたが、こちらの世界ではそうなのかと思っておりましたので。結果オーライというだけです」


 本当じゃろうか。どうにもヨハネを見ていると、全てが想定の範囲内でしかないように見えてならぬ。驚いたりしている様子を表に出さないからじゃろうか。

 ああ、じゃがエリーと最初にあった時、わらわを全く危険視していなかったと分かった際は驚いておったの。なら言う通りに偶然じゃったのか。


「寧ろ私からすれば、ルリエッタ嬢が賛成をしてくれたことに驚きました。説得が必要かと思っていましたもので」


 確かに、あの時はわらわも驚いた。ヨハネの案で尤も危険なのがルリエッタであるというのに、わらわの為になるというのならば、と躊躇いなく提案に乗ったのじゃから。


「それを受けたルル嬢が許可したことも、想定の範囲外でしたしね。無論、良い方向にではありましたが」


 むぅ、それは仕方がなかろう。

 本当ならば反対したかった。ヨハネの案ではわらわを隠し、ルリエッタにだけ危険が及ぶようなもの。そして状況によってはヨハネ自身も被害が及ぶかもしれないと思っていたのじゃから、できることなら頷きたくはなかったわ。

 しかしじゃな。ヨハネもルリエッタも、わらわの願いの為に決意を固めてくれたというのに、代案もなく反対できる訳があるまい。


「それでいいのですよ、ルル嬢。上に立つものは優しくなければいけませんが、優しいだけでは価値が無い。あの時のルル嬢からは、確かに魔王の器を感じたものでございました」


『ヨハネ君の言う通りです。あの時のルル様はまことに凛々しく、魂が震える思いでした』


 そこまで大層なことでもなかろうに、ヨハネは大袈裟じゃの。

 ルリエッタもわらわの膝の上で同意を示しておるが、結局は人任せにしてでしか願いも果たせぬ愚か者なだけじゃというのに。

 

「そんなことはありませんよ。シナリオが変わったからではありますが、ルル嬢はしっかりと活躍して頂きましたからね。おかげで今後の展望がやりやすくなりましたよ」


 あれを活躍と言っていいのかの? 特に何かをやったという感じはないのじゃが。

 エリー達がわらわの想像ほどに恐ろしくないと分かった後も、単に今までの人間に対する印象で怯えておっただけじゃし。ヨハネが演技などはしなくていいと言っていたので、結局は最後まで苦手意識を取り払うことができぬままじゃったし。

 

「それに関しましては、ご説明した通り。エリー様達がいい感じに勘違いしてくれましたので、比較的怪しまれずに情報を手に入れられることが出来たからですね。まさか王族だとは思いもしませんでしたが」


「あの時の汝の判断には未だに肝が冷える思いじゃわ」


 エリー達の戦いを見た後、ヨハネは外道に手を染めようとしていたからの。

 彼女を助けて逃がすことでダンジョンの存在を広く認知させ、やって来た人間たちから身包みを剥いで金策しようなどと提案してきた時は、我が耳を疑ったわ。

 わらわの願いを世界征服だと勘違いした事といい、時折に苛烈すぎることを考えるのはヨハネの良くない点じゃと思うぞ。わらわの為を思ってくれているのはありがたいのじゃが、それでヨハネが天道に背くことになってしまえばわらわは悲しい。家族に心ならずそのような真似をさせるくらいなら、わらわは今の二人だけで満足する方が遥かに良いのじゃから。


「良い案だと思ったのですけれどね」


「却下じゃ却下」


 結局、わらわが拒んだことと、エリーの立場のおかげでそれをする必要はなくなったがの。代わりにわらわ達が自作自演をする羽目になってしまった。

 ヨハネもよくよく色々思いつくと感心したものじゃ。


「まさか、わらわにルリエッタを倒す真似をせよと言うとは、思ってもみなかったぞ」


 ヨハネに笑いかけながら、膝上のルリエッタを撫でた。ひんやりとしたプルプルの感触は癖になるの。

 

「事前にルリエッタ嬢の特性についてはご本人より聞いていましたからね。適役だと判断致しました」


『他に誰も居なかった、の間違いではありませんか?』


 軽口を叩くルリエッタ。家族同士が仲良く話している様子は、何度見ても心が暖かくなる。

 ヨハネの方は見ての通り、社交性の塊のような男じゃが、ルリエッタは一歩下がる奥ゆかしい淑女。どうなるかと少し心配じゃったが、気が合うようで一安心じゃ。


「人材不足はこれから解消する問題ですよ」


 その通りじゃ。魔族というものが人から、歴史から忘れ去られているという事実には少し落ち込んでしまったが、わらわが恐れられないというのなら望むところじゃ。

 ヨハネを手伝い、わらわも表立って霊石を集めることができるというもの。……暫くはヨハネの影に隠れることとなるじゃろうが、遠くない内に慣れてみせる!


「それを抜きにしたとして、ルル様が攻撃をしても問題ないという点を満たせる相手はそう多くないでしょう?」


『当然です。ルル様の強大な魔力、私とて受ければただではすみませんから』


 そも、わらわがルリエッタやヨハネに攻撃を加える筈がなかろうに。今回の場合であっても、もし彼女を傷つけるようなことがあるのなら断固拒否しておったわ。

 小さくなってしまった、ルリエッタの赤い粘体を突き回して嘆息する。


「今回のようなことは二度とゴメンじゃぞ」


 ルリエッタの本体はこの赤い粘体、ではない。

 彼女は魔族の中でもスライムウンディーネと呼ばれるもの。赤い粘体はルリエッタにとって切り離し可能な、いわば髪のようなものに過ぎぬ。じゃからこそ、ヨハネの言葉に頷いたのじゃ。

 放っておいたらルリエッタの粘体部分は勝手に大きくなるからの。分裂してサイズ調整はできるものの、本人の力では無くすことができないので以前から何度かわらわが削っておった。散髪や脂肪吸引のようなものじゃな。

 今ここにいるスライムさえ、ルリエッタの本体という訳ではない。そもルリエッタに核たる身体はない。魔族の中でも珍しい、精霊に近い精神体。故にスライムの身体をどれほど失おうが、彼女にとっては何の痛痒にもならぬ。体のすべてを失ったとても消えることはない。その場合は再び身体を作るのに時間がかかるらしいがの。

 しかし結果としては一緒であっても、ルリエッタへ攻撃を加えるというのは気分のよいものではない。普段は手入れという意味合いじゃから平気であるが、今回のように、策とはいえ、何の問題もないとはいえ。意思を持って可愛い娘に攻撃を加えるというのは、忸怩たる思いだったのじゃぞ。


「ご安心ください。今回は手が足りなかったのに加え、下地もありませんでしたからこのような形となっただけ。今後はルル嬢のお望み通り、平和裏に動けるであろうことをご約束致します」


「うむ。考えを任せっきりにしているわらわに本来言う資格はないのじゃろうが、誰も傷つかぬのが一番じゃからな」


 わらわ達も、エリー達も。思ったよりも強くなかったとはいえ、かつてわらわ達を滅ぼした人はやはり恐ろしい。しかし、それはエリー達とは何の関係もない、過去の話なのじゃから。可能であれば、友誼を結ぼうとしてくる者達も傷つけたくはないからの。


「お任せください。押し込み強盗のようなやり方は私の美学にも反します。あくまでもスマートに、荒事とは無縁が本来スタイルでございますからね」


『今回は荒事しかなかったように思えるのですけど』


「誰も傷つくことのない争いを指してショー、演出というのです。暴力に訴えるのとは全くの別物である、私はそう考えております」


『物は言いようというわけですね?』


「私の居た世界には、言葉は思うところを偽るために作られたという格言があります。けれど、言葉は万象を表すために作られたのだと、そう確信していますよ」


『なるほど、勉強になります』


 ヨハネは博識じゃの。王都で落ち着いたら、ヨハネを教師として学ぶのも良いかもしれん。彼の元いた世界の話も未だ聞けておらぬからの。


「ところでヨハネ。これからについてじゃが……」


 謁見については任せて構わないと先に言われたので、そこについては心配しておらぬ。ヨハネであれば良きに計らおう。

 その先、聖王都で生活するにあたっての目的などを確認しておきたい。


「特に難しいことをするつもりはありません。私は王都で商売を、ルル嬢には手伝いを、と言ったところです。これに関しては最初と変わりません、ダンジョンから商材を仕入れて頂ければ十分です」


 それは任せておくのじゃ。ルリエッタと共に一杯集めてくるからの。

 

「後は臨機応変に、というだけです。まずは霊石の相場を知らないことには、ですから。それと、エリー様、聖王国とのパイプも大事にしていく為に手回しをしておきたい所ですが、いずれにしてもお会いしてからですね」


「なるほどの。それはそうとヨハネ、何を売るつもりなのじゃ?」


「素材と、生活用の道具が主ですかね。それ以外も広く売っていくつもりではありますが、暫くはこの二つが主軸となるでしょう」


 それだけでよいのか?

 ダンジョンで見つけた魔道具ならばまだ幾らかストックがある。これを売るのも良いのではなかろうか、とわらわなどは思うのじゃが。

 エリー達の反応を見るに、どうやら今の世では希少品のようじゃし。流石にヨハネに託したウコンバサラやジャモジョヨクリスのような宝具級のものは少ないが、それ以外でも高く売れるのではないじゃろうか。


「それは様子を見てからですね。確かに破格の値で売れるかもしれませんが、特に武器防具の類は慎重を期す必要があります」


「何故じゃ? 高くなるのなら良いのではないか?」


 急かすつもりはないが、気になるの。

 ヨハネの言うことじゃから、何か理由があるのじゃろうか。


「そうですね。人間の尤も重要な点は、道具を使うということです」


「うむ、それは父様達も言っておった」


 人が作るものは万能性に富み、エルフが作るものは魔術的に優れ、ドワーフの作るものはどれもが強力じゃったと伝え聞く。魔族のそれは広く浅く、あまり強力ではなかったとか。

 わらわが見つけたものも光の種族の手によるものじゃ。魔族が作ったものは技術書や歴史書、魔導書が殆どじゃの。


「今は歴史に飲み込まれてその技術は失われているようですが、目先の利益に吊られて売ればどうなるか? 研究され、模倣され、新たに創りだされるかもしれません。それは良くない」


『それは、私たちに対する牙となるからですか?』


 ルリエッタが硬い声で問い掛ける。

 それを聞いたわらわも、心音が跳ね上がる思いじゃ。

 今の彼らが脅威でなくとも、これからの彼らもそうでないとは限らぬ。光女神の加護を失って弱くなったというのならば、再び加護を得て元の栄華を取り戻すことだって充分に考えられる。その際に、もしも失った宝具達の技術まで再び手にしていたとしたら……背筋に冷たいものが走る。

 ヨハネ、そこまで考えておったのか。

 

「いえ、それは割とどうでもいいのですが。その際は変に足掻いてもどうにもならないですし、その際の対策は別にあります」


「むぅ。では何故なのじゃ?」


「模倣されれば売れなくなるでしょう? かと言って最初に一気に売り切ってしまえば、一時の利益にはなりますが、以降の展望が見えなくなる恐れがあります」


『それは、どのような形で影響するのでしょうか』


「良い質問です。先程も申し上げました通り、人は慣れるもの。魔道具が手に入る、一度そう思われてしまえば、もし魔道具が手に入らなかった時の失望も大きい。安定した供給が可能でない以上、私達の目玉であり切り札であるこれらを売るタイミングは見極めなければなりません」


 ヨハネ、そこまで考えておったのか。

 説明されみれば、その内容は頷けるものじゃ。わらわにもその感覚は分からぬでもない。あると思っていたものが無い時の悲しみはダンジョンで多く味わってきたからの……。


「売る時期、相手、相場、世情。そういったものを捉えてから、尤もベストなタイミングで釣り上げて売り付ける。そうしてプレミアをつけ、私達のところで、運が良くなければ手に入らないと考えさせれば勝利です」


 おお、ヨハネが邪な笑みを……!


「私達がぶら下げた餌を欲しがるものは足元に群がり、互いを罵り合って金を出しあい、何もせずとも金額は跳ね上がる! 目に見えぬものに勝手な価値を付け出して、石ころにさえ金を出すようになる! 素晴らしきかな人の強欲よ!」


「性格が変わっておるぞヨハネ」


 どうやら金が絡むとこうなるらしいということは学んだのじゃ。

 ともあれ、ヨハネにも深い考えがあると改めて分かった。やはりこれから、資本を集めることに関しては一任するのが良かろうな。


「おっと、失礼。熱くなってしまいました」


 コホンと誤魔化すように咳払いを一つ。

 気にせずとも良いのじゃがな。家族の新しい一面を見れるというのは、親しみがましたようでとても嬉しい。もっと態度を崩してくれてもよいくらいじゃ。


『ヨハネ、もし人間が再び力を得た時の対策とは?』


「それについては簡単ですよ。今の内に恩と借りをバランス良く積み上げて、聖王屋内の立場を固めるというだけのこと」


 初めて聞いたのじゃが……。何をするつもりなのじゃ、ヨハネ。


「難しいことをする訳ではありません。民とも国とも商売を通して、誠意あるお付き合いをするだけです。要は魔族だとバレたとしても気にされないように、信用を積み上げていけばいいだけでしょう」


「そう簡単にいくのじゃろうか……?」


「何、ご安心ください。信頼と信用を買い得るのは商売人の必須技能。それ以前に、エリー様のご様子を見るに、気付かれること自体が早々無いでしょう」


『恩は分かりますが、借りも作るのですか? それは危険なのでは』


「人とは不思議なものでしてね。多すぎる恩には押し潰される。例えそれが無償であっても、いえ、無償であれば尚の事に不安を抱く」


 しみじみと語るヨハネの姿は、とても重いものじゃった。

 もしかすると、彼自身が身に沁みさせて学んだことなのやもしれぬ。


「払い切れなくなった時、暴走することさえあるのです。それを防ぐためにも、一見して同じ立ち位置にいるよう思わせることは重要なのですよ」


『なるほど、理解致しました。ヨハネ、貴方が同じルル様の臣下となったことを嬉しく思います』


 ルリエッタの言う通りじゃ。もしヨハネがおらねば、わらわは未だ見えぬ影に怯えながら、無為な日々を過ごし続けていたことじゃろう。


「ヨハネ、ルリエッタ。わらわの家族となってくれて、本当にありがとう」


 最初の時にも思ったが、本当にわらわは恵まれておる。

 ルルとヨハネが家族となってくれた。その事だけでも望外の喜びじゃというのに、二人共こうしてわらわの為に力になってくれる。


「こちらこそ、です。ここでの生活は、中々どうして悪くない。今では私の方こそ、感謝の念以外は持ち得ておりませんよ」


『私もです、ルル様。虚無を揺蕩う救い上げてくださった慈悲深き主。ルル様が母であることは、私にとって何よりの幸いなのですから」


 二人共……。うぅ、悲しくないのに涙が溢れて止まらんのじゃ。

 わらわの情けない姿を見て、ヨハネは柔らかく苦笑しておる。むぅ、子供を見るような生暖かい目なのが不服じゃが、今のわらわでは仕方があるまい。

 ルリエッタは身体を伸ばして、瞼を拭ってくれておる。少しばかりこそばゆいが、これも二人の優しさじゃ。暫し身を委ねるとしよう。

 そうして王城につく時まで、わらわは二人の優しさに包まれておった。まるで父様と母様と居た時のような、至福の時間。

 やはり、家族というものは良いものじゃの。

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