第6話

 目を覚ました私が最初に見たのは、黒が混じった剥き出しの岩壁。

 夢心地の朦朧とした気分で、どうにもぼんやりとしている。


「おや、お目覚めですか」


 近くで声がする。聞き覚えがある声、だけど、誰だったかしら。

 姿を見ようと体を動かすけれど、うまくいかない。倦怠感がひどく、まともに身体を動かすことさえ儘ならない。

 声を出そうとするけれど、それさえ億劫に感じるほどだわ。


「無理をなさらないほうが宜しいかと。死の一歩手前、嘆きの川に溺れるところだったのです。半日ほどお眠りだったのですから、もう暫く安静にしていることをお勧め致しますよ」


 温かい言葉。だけどなぜか、私の何かがそれを受け入れてはダメだと言っている。

 そもそも、私は何をしていたのだろうか。確か、聖王都を出て、ピティと一緒にダンジョンを探しに来て、それで……っ!

 思い出した、私はスライムを突き破ろうとしたけれど飲み込まれて、溺れて……そこからどうなったの!?


「……っ!」


 無理に身体を起こそうとして、激痛が走った。い、痛いわ……。

 起きるのは失敗したけれど、少し落ち着いてきた。私はどうやらベッドに寝かされているみたいね。


「ヨ、ハネ……あなた、が……?」


 聞き覚えがあるのは当たり前だった。

 丁寧すぎて不審を覚えるほどの口調、洞窟の入り口で話をしたヨハネ。流石に会ったばかりの人の声を忘れはしないものね。

 つまり、ここは恐らくあの扉の中。ということは、ヨハネに助けられたということになるのかしら。


「ええ。正確には私とルル嬢ですけれどね。彼女が慌てて行くから何事かと思えば、器用に陸上で溺れているお二方を見つけまして。急いでお助けした次第です」


「ど、う……やって……」


 スライムといえば単体でもランク五〇。あのサイズであれば、特性を何も持っていないと考えても七〇はあるでしょう。

 そんなもの、人が一人で追い返せるランクじゃないのに。


「秘密です、と言いたいところなのですが。この状況では隠しようもありません、サービスでお教え致しましょう」


 そう言うと、ヨハネは懐から一振りの短刀を取り出した。

 それは柄のない、波打つ左右非対称の刃。見たことのない形だわ。


「これはジャモジョヨクリスと言いまして、『魂の宿りし者』を意味する短剣です。霊験あらたかな魔道具でして、これを持つ限りあらゆる物理攻勢を無効化するという優れものなのです」


「う、そ……」


 あり得ないわ。そこまで突き抜けた魔道具なんて、存在する筈がない。

 防御障壁を張る魔道具や、痛みを軽減させる魔道具は確かにあるけれど、無効化するなんてもの、伝説やお伽噺の中だけのものなのに。


「信じて頂かなくても構いませんよ。ただ事実、私はこれがあるからお助けできたに過ぎません。逃げ足には自信がありますので、お二人を引っ張りだして今に至る、という訳です」


「ふたり……っ、そうだ、ピティは!? ピティは無事……ッ! 無事なのっ!?」


「お二方が私をどう見ているのかは存じませんが、助けられる命を助けないほどに薄情ではないつもりですよ。あちらに」


 ヨハネが身体をずらし、指し示した先に、ピティはいた。私と同じようにベッドに寝かされている。

 意識はないようだけれど、規則的に上下している胸が、彼女が生きているのだと教えてくれている。


 良かった、本当に良かったわ……。


「あり、がとう……。本当に、ありがとう!」


 安堵から涙が溢れてくる。本当に、お礼を言っても言い尽くせないわ。

 胡散臭いとか信頼出来ないとか思っていた自分が今は恥ずかしい。こうして初対面でしか無い私達を助けてくれた相手を疑っていたなんて、こともあろうかあの豚と同じように思っていたなんて、己の不明を恥じるばかりよ。


「お礼は結構ですよ。あちらの方が本当に助かるのかどうかは分かりませんので」


 え……?


「同じようにお助けして、同じように手当を致しましたが。少しばかりスライムの中に永くありすぎたのか、意識を取り戻す様子が一向にありません」


 それは……仕方がないことだわ。

 私をかばった分、ピティの方が受けた影響は大きいに決まっている。私の方が先に目を覚まして当たり前。


「命に別状はないのは間違いないのですが、さて、いつお目覚めになるのかは神ならぬ私には分かりかねます。場合によっては……」


 私に気を使ってか、ヨハネはそれ以上の言葉を続けずに口ごもり、顔を伏せた。

 あのスライムがどのようなものか分からない以上、もしかしたら二度と目覚めないかもしれない。目覚めたとしても、何らかの後遺症があるかもしれない。

 勿論、私みたいに何事も無く目を覚ますかもしれないけれど、彼の言う通り、今の段階だと何一つ分かることはない。


「それでも、ありがとう、よ」


 こんな仕事をしている以上、私もピティも最悪の可能性はいつだって覚悟している。

 だから、ヨハネには感謝の気持ちしか無い。例え最悪の可能性、ピティがこのまま目覚めないのだとしても、あのスライムに溶かされて餌になるよりはずっとマシよ。

 少なくとも今は生きていて、これから目覚める可能性も十分にあるのだから、これ以上を求めるのは贅沢というものでしょう。


「でしたらありがたく、感謝のお気持ちを頂くとしましょうか」


 にやりと笑うヨハネの表情が、今では魅力的に見える。

 スライムに襲われる前に見たものと全く同じ顔なのに、不思議なものね。正しく見えているからかしら。

 

「ええ、受け取って頂戴。それと一つ、お願いしたいのだけれど……勿論、後でお金は払うわ」


「何でございましょうか?」


 即座に腰を低くして、今にも揉み手を始めそうな態度。ふふ、やっぱり魅力的に感じたのは見間違えだったかしらね。

 

「暫くピティのお世話をお願いしてもいいかしら。後、起きた時のためにメモを残しておきたいから、筆と、羊皮紙か何か書けるものを貸して欲しいの」


「その程度でしたら喜んで。ああ、お支払いはお戻りの際で結構ですよ」


「……何も聞かないのね?」


「その瞳を見れば、分かろうというものです。お止めしても無意味であれば、せめて快くお見送りさせて頂きましょう」


 一礼を向けると、ヨハネは奥へ向かっていった。筆を取りに行ってくれたのでしょう。戻ってくるまでに、少しでも状態を戻しておきたいわね。

 ヨハネの言う通り。ここで悠長に止まっている訳にはいかないのだから。


 ダンジョンロードかどうかは分からなかったけれど、あのスライムは間違いなくそれに匹敵する脅威。

 今はまだ出てきていないからといって見逃せない、いや、出てきていないからこそ今の内に叩く必要がある。


 身体は重いし、少し走ったら倒れそうな程に衰弱しているのが分かる。

 半日しか経っていないとは思えないほどだから、スライムの溶液に何か仕込まれていたのでしょうね。


 けれど、だからといって悠長に休んではいられない。

 こうして命を繋ぎ、意識を取り戻した。ピティも、ヨハネが見ていてくれるのなら、今すぐにでも王都へ戻って報告をしなければいけない。


 こんなことなら近いからといって足に頼らず、馬かロバにでも乗ってくるべきだったわね……、今の私でどれだけ急げるか。


 ピティに書き残しておく内容も考えておかなきゃ。

 これに体力を使っても仕方がないし、ヨハネには私が世話を頼んだということ、報告したら戻ってくること、それまで待っていること。それだけ書けば最低限、大丈夫よね。他に不足はないかしら。


 後、それ以外に今の私がしておくべきことといえば……あら、ルルちゃん。


「だ、だいじょうぶかの……?」


 怯えながら、それでも私を心配してか、おっかなびっくり声をかけてきてくれる。

 怖いのかあまり近寄ろうとはしていないけれど、最初に会った時よりもちょっとだけ距離は近い。こんな時だけど、だからこそ縮まった距離が嬉しくて、つい頬が緩んじゃうわ。


「ええ、ルルちゃんが助けてくれたのね。ありがとう」


 本当ならば立ってお礼を言いたいのだけれど、今はその気力もない。

 これから走り通しになるのだから、ルルちゃんには悪いけれどあまり体力も使いたくない。ダメなお姉さんの無作法を許してね。


「か、かまわぬ。助けるのは当たり前じゃと、父様も母様も仰っておった」


「素敵なご両親なのね」


 今どこに、なんて問うのは浅慮というものでしょう。

 ヨハネの態度から察するところ、彼女の境遇はあまりに重い。思いださせるようなことはしたくないわ。


「うむ! ……と、ところで、汝はわらわが恐ろしくないのか?」


 恐ろしい? どこをどう見ても可愛らしいとしか言いようが無いのだけれど、何かあったのかしら? 

 あの蛮人共のことだから、もしかしたら亜人を化物呼ばわりしていたのかもしれない、それで暴力を振るっていたとか……あり得るわね。


 化物で恐ろしいからとか嘯いて、無理矢理に理由付けをする。

 いかにも蛮人共がやりそうなこと、どちらが化物なのかって話よ。これだからアジールの連中は嫌いなのよね、自分たちが世界の中心で、世界の全てみたいな態度をしてるんだから。所詮、人間はどこまでいっても人間でしか無いというのに。


「恐ろしくなんか無いわ。可愛いとは思うけどね」


「かわっ!? じゃ、じゃが魔族のようじゃとかは」


 魔族? ああ、確かにお伽噺に出てくる魔族はルルちゃんみたいな姿だったわね。

 蝙蝠羽と角、他にもいろんな姿で描かれているけれど、一般的な絵姿は言われてみればルルちゃんの特徴に近いわ。


 けれど、魔族なんてありもしないものと似た姿で生まれたからって、それがどうしたとしか思わないのが普通だと思うのだけど。きっと、ずっと蛮人共にそうやって言いがかりを付けられてきたのね、可哀想に。


「魔族なんていないの。だからルルちゃん、怖がらなくてもいいのよ」


 安心させるようにそう言ったのだけれど、ルルちゃんはなぜか愕然として肩を落としてしまった。

 ど、どうしましょう。何か嫌なことでも思い出させちゃったのかしら……。


「お待たせしました。……おやルル嬢、いけませんよ。こちらの方はお忙しくなる身、休める時は僅かでも休ませて差し上げなければ」


 何か言おうか、追い打ちで何か思い出させてしまわないか、でもあからさまに落ち込んだ姿は放っておけないし、と私が逡巡し始めた頃、ちょうどいいタイミングで筆と紙を持ったヨハネが戻ってきた。


 助かったわ、このままだと変な空気の中で悩み続けるところだった。

  

「いえ、いいのよ。ただ寝てるだけより、ルルちゃんと話す方がずっと気も休まるわ」


「それならばよいのですが……。どうぞ、こちらをお使いください」


 羊皮紙と筆、墨の入った硯と台板。恭しく渡されたそれらを受け取り、ピティへの伝言を書き残す。

 羊皮紙もかなり上質なものみたいね。私が使わされるものと比べても何ら遜色が無い。引っかかることもなく、スラスラと文字を書いていける。


 そうして用件を書き残し、最後に正式な私のサインを入れる。

 これでピティも疑わずに信じてくれるでしょう。あの子、あれでかなり疑り深いから、ちゃんとサインまで入れないと偽書扱いしかねないものね。


「目覚めたらこれを読ませてあげて。それと重ね重ねで悪いのだけれど、ヨハネ、アナタは馬を持っていないかしら」


「畏まりました。……馬ですか」


 メモを受け取ったヨハネは少し考えこんだ後、ルルちゃんに目線を向けたように見えた。

 ただ、一瞬のことだったので、もしかしたら見間違えたかしら。単に視線を彷徨わせただけかもしれない。


「申し訳ございません。乗騎に耐えうるようなものは準備できておりません」

 

 心底残念といった感じで頭を下げている。どうやら本当にないみたいね。もしかしたら、と思ったのだけれど、仕方がないわ。

 馬も、ロバもそれなりに値が張るものだし、商団では所有しても個人だと持たないという人も多い。

 アジールから逃げてきたのだから乗ってきたのかもと思ったけれど、よく考えたらずっと乗っていれば目立つから、途中で乗り捨てていたとしても不思議はないわ。


「少しお時間を頂ければ、いかなる手段を用いてもご用意を……ルル嬢?」


 驚いたヨハネの視線の先には、私の方に歩み寄るルルちゃんの姿があった。

 一歩を踏み出すごとに顔色を更に悪くしているというのに、彼女は牛歩の進みであっても私のベッドへ近づいてきている。


 ヨハネが止めようと手を伸ばしたけれど、ルルちゃんの表情を見て、その手を引いた。私も無理はしないように言おうとしたけれど、結局それを口にすることはしなかった。


 きっと、これはルルちゃんにとっても必要なことなのだわ。辛い過去を乗り切るために必要な、彼女の覚悟の一つ。


 私はそう感じて、止めるという選択を捨てた。ただ、内心でルルちゃんを応援するに留めておく。大丈夫、あの子はきっと強いから。


 そうして待つこと暫く。十歩にも満たない距離、けれどルルちゃんにとっては長すぎるであろう距離は、今やゼロに近づいた。

 手を伸ばせば触れ合える距離、ルルちゃんは自分の恐怖をこれで一つ、乗り越えることができたのでしょう。


 ルルちゃんは大きく深呼吸した後、震える手を私の肩に添えた。


「"リア、レア、ソティヌス。三日月に座す御方、夜を統べる者よ"」


 言葉に合わせて、小さな手から淡い光が漏れる。伝わってくるのは、どこか暖かくホッとするような、不思議な感覚。

 これは、呪文かしら? 聞いたことのないものだけれど、まさかルルちゃんは魔法使いだったの?


「"地を慈しみ、空を愛で、海を包み、遍く生命を抱く母よ。汝が子らに寵を賜わりますよう」 

 

 一際大きな光が私の身体を包み込み、瞬く間に消えていく。私は、思わず言葉を失ってしまった。


 身体には何の違和感もない。一瞬だけ、何も起こらなかったのかなと思ったけれど、それは全くの見当違い。違和感がない、それがあり得ないことだと気づくまでに数秒の時間が必要だった。


 そう、身体に何の違和感もない。疲れも痛みも消えて、何もかもが元通りになっていた。もしかしたら、今までで無いほどに好調かもしれないわ。


「……そんな、バカな……」


 信じられない。その一語に尽きた。

 聖王国の大司教ですら扱えないレベルの回復魔法。奇跡と呼んで差し支えない程の魔法を、ルルちゃんは僅かな詠唱で唱えてみせた。

 けれど、それが夢でも幻でもない現実だということは、他ならぬ私が証明しているのだから、疑うことなんて出来はしない。


「ルルちゃん、貴女は、一体……?」


「詮索はご無用にお願い致します」


 ヨハネが彼らしくない、強い口調で私に迫っている。

 どういう理由かは事情を知らない私には分からないけれど、意味するところはも分かるわ。隠していたのか、それともこの力があったからなのか。


 いずれにせよ、これ程の力を持っているのがルルちゃんのような幼い子だと言うのが知れ渡ってしまえば、果たしてどうなってしまうのか。

 運が良ければ祭り上げられ、運が悪ければ使い潰されてしまうかもしれない。


 それは恥ずかしながら、我が聖王国でもアジールでもそうは変わらない。ヨハネは聖王国の内情を知らないとはいえ、彼ならばそれがよくないことを招くというのは間違いなく察しているでしょう。

 そして数は少ないと断言できるけれど、そう言った考えを抱く者がいないとまでは言い切れない。


 私の立場であれば、本来なら黙っていられるものではないわ。スライムのことと合わせて、ルルちゃんのことも奏上するべき。


「……そうね、私は何も見なかったしされなかった。ヨハネが飲ませてくれた薬がよく効いたみたいね」


「そうですね、聡明な御方にはより良く効くものらしいですから」


 私もヨハネも互いに白々しく、真面目ぶって頷き合う。

 立場がどうであろうとも、私は私を裏切るような真似だけはする気はないわ。

 生命を助けられた相手、身を裂く恐怖を乗り越えて私を癒やしてくれた相手。

 そんな二人を裏切るような真似が出来るはずがない。


 そうしなければ国が滅ぶというのでもあればともかくだけれど、ただ肥え太らせる為だけに一人の女の子を犠牲にするつもりはない。

 私が黙っていれば済むことなのだから、私は何も見なかった、それでいいのよ。


「さて! ルルちゃんの愛とヨハネの薬で体力も戻ったわ。ありがとう、二人共」


 ダンジョンの中、更に部屋の中で時間は分からないけれど、ヨハネは半日ほどと言っていた。恐らく今は朝方か、或いは昼を少し過ぎた程度の筈。

 今の内に出発すれば夜までには森を出られるでしょう。運が良ければ先の街道で乗合馬車が見つかるかもしれないし、そうでなくとも日が落ちる前に駅家までは辿り着きたいわ。

 行きとは違ってピティがいないのだから、野宿はできるだけ避けたいところだしね。


「こちら、回収しておいたバックパックでございます」


 立ち上がって身体の調子を確認していると、ヨハネが私の荷物を持ってきてくれた。これも回収しておいてくれたのね、良かったわ。

 駅家まで間に合えば身ひとつでも問題ないのだけれど、万が一の時はこれがないと、幾らなんでも火も水も食料も結界もないまま野宿は辛いものがあるからね。


 場合によっては夜を徹して走り抜けるつもりではいたけれど、モンスターの活性化する夜中に走り回るのは正直なところ宜しくない。

 これがあれば、最悪一晩くらいなら凌げる。本当に良かった。


「助かるわ」


 身体には何の問題もない。どころかルルちゃんの魔法の効果なのか、今までに無いほどに軽いくらい。これなら充分に間に合わせられるでしょう。

 後は、そうだわ。私も一応ではあるけれど、二人に礼儀を返しておかなければ名が泣くというものね。

 

「ヨハネ。これを預かってくれないかしら」


 首飾りを外し、差し出す。ルビーで薔薇と杖を象った、今の私の手持ちの中では最も価値のあるであろうもの。

 何があっても戻ってくるつもりではいるけれど、せめて担保でも渡しておくのがせめてもの誠意というものでしょう。


「それと、私の名前を受け取って」


 これを渡した以上は、名乗らないという訳にもいかないわ。

 ヨハネもルルちゃんもアジールの出であれば、私のことは知らないでしょう。黙っていればきっと分からない。あまり私の名を言うのは好きではないのだけれど、ここまで来てそういう訳にはいかないものね。


 どうせ戻ってくる時には分かることだし、名乗るのは嫌いであっても、名には誇りを持っている。何よりの感謝として、私を偽るような真似はしたくない。


「エリー。エリー=エリエスファルナよ」


 聖王国エリエスファルナの第三王女。それが私の立場。

 とは言っても、こうやってダンジョンに来ているというのが示す通り、重い立場という訳でもないのだけどね。

 姉様が二人、兄様が二人。弟と妹が一人ずつ。

 一応、継承権はあるけれど、兄や姉を差し置くつもりもないし、できるとも思えない。だからこうやって自由にやっていることが許されているのが幸いだわ。


 ただ当たり前ながら、正式に名乗ればどうしても壁ができる。

 どれだけ親しくしていたとしても、私の生まれを知ればそう簡単には接することができない。それは仕方のない事だし、私がどうこう言えるものでもないけれど、やっぱり寂しいものがある。


 ピティのように、稀に態度を変えない稀有な相手はいるのだけれど、ヨハネ達はどちらかしら。


「……その名はつまり」


 ヨハネが驚いて目を丸くしているのが分かる。

 ふふ、この反応だけで名乗った甲斐はあったというものかしらね。

 ルルちゃんは、まだ小さいし、気づいてないのかしら。私の言葉じゃなくて、ヨハネの反応に驚いているように見えるわ。


「それじゃ、ピティのことを宜しくね!」


 ヨハネの問いかけには答えず、身を翻して部屋を飛び出す。

 もう一度ここに戻ってきた時に、ヨハネがどちらかが分かるでしょう。願わくば、同じように胡散臭い態度を見せてほしいものだわ。

 さて、と。それじゃあこれからは、エリエスファルナの王女として動くと致しましょうか。

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