第20話 祭りの終わり

 文化祭の最中にいきなり消えた俺たちを、誰も探さなかったのは、あまりにも直前の様子が尋常じゃなかったからだろう。

 ついでにいえば、何かが起きている気配を察した会計氏が、大人たちの接待を生徒会長に任せて本部に戻ってきたからでもある。

「あいつらのことだ、ちょっと時間をやれば平気な顔して戻ってくる。中途半端に戻ってこられるより解決してからの方がいい、今は時間を与えてやってくれ。その間の面倒は僕が見るさ」

 そういったはいいけれど、と会計氏は笑った。

「実際まとめ始めたら、やることないんだよな。佐藤が全部指示出した後だから、やることっていっても終わりまで監視してるだけ。つまらないにもほどがある、勢い込んで戻ってきたのに」

「すいませんでした」

 俺が謝ると、俺の後ろで綾華さんと由紀が小さくなって一緒に頭を下げていた。

「謝らなくていいさ、やることやった上でのことだ」

「あたしは……やることやってなかったから……」

「そうだな、永野はいけないな。渋谷もだ」

「ごめんなさい……」

「まあいいさ。ぎりぎり間に合ったんだからな」

 そういうと、会計氏は立ち上がった。

「最後に責任は取ってもらう。来い」




 会計氏がずんずん歩いていった先は、後夜祭の会場だった。

 文化祭を締めくくる後夜祭は、すべての出し物が終わったあと、生徒会長による閉会宣言と共に始まる。

 よくファイアーストームを囲んでフォークダンス、なんて場面がドラマやアニメで流れたりするけれど、残念ながら我が校ではそれは無理。条例で禁止されている。役所の馬鹿。

 校庭に設置されたメインステージは、直前までバンドライブが行われていた。それが終わって、今は人気投票の集計が行われている。

 集計が済んだら閉会式が始まり、その中でいくつかの人気投票の順位が発表され、発表後に閉会宣言。その後、人気投票トップのバンドがアンコールライブを行い、吹奏楽部が校歌とその年の文化祭テーマ曲を演奏して解散となる。

 ちなみに今年の文化祭テーマ曲はQueenの「Who Wants to Live Forever」。いったい誰がこんな選曲をしたのか謎。いや、いい曲だけどさ。

 俺たちが会場入りしたのは、ちょうど閉会式が始まる直前だった。実行委員の元締めとしては、本来は本部である生徒会室に最後まで残って、吹奏楽部の演奏が終わって解散となるまでは全体の監視を行っているべきだったけれど、今さらそんなことをいえる立場でもない。

 実は、吹奏楽部の演奏にまで規制がかかる。街の騒音条例で、休日の野外演奏は6時までとされている。それを計算に入れて運営しなければならないわけだ。

 俺はこのタイミングを計るために色々と調整してきていた。俺の計画によれば閉会式は5時きっかりに開始。閉会式そのものは5時20分に終わり、続いてバンドのアンコールライブ。それが入れ替えも含めて5時40分に終わり、最後の入れ替え5分で吹奏楽部がステージ入り。ラスト15分で校歌からテーマ曲になだれ込み盛り上げて終了、会長の「本当に終了」宣言で幕を引く、という流れになっていた。

 これは代々続く流れでもあるけれど、毎年ぐだぐだになりやすい部分でもある。

 特にバンドが時間を守らず、いつまでもステージに張り付いて台無しにするパターンが多いらしい。

 それをあらかじめ聞いていた俺は、タイムキーパー役に最強の布陣をもってする計画を立てていた。

 右袖に綾華さん。

 左袖に会計氏。

 いったい誰が逆らえるだろう。

 バンド演奏が始まる頃まではこの二人に出番はないから、まだ準備には早いくらいだけれど、確かにこの二人が会場入りする必要はある。俺と由紀が余計なだけだ。

 俺がそんなことを考えたくらいだから、後ろをテクテクついてきた綾華さんも、由紀も、会計氏が計画通りことを進めるためにここにきたと思ったに違いない。

 ところが、会計氏の思惑はまるで違った。

 というより、俺たちは最後の最後で、これまで陥れる一方だった周囲の策略に陥れられた。




 閉会式が始まる。

 ステージにスポットが入り、壇上中央に会長が立った。

「みんな、お疲れ様でした! 今年はいつも以上に盛り上がったと思います。楽しかった!?」

 会長のあおりに、集まっていた生徒や関係者が一斉に反応した。珍しいくらいに、校庭中が揺れるような盛り上がりだった。

「すごいな、今年は……そんなに楽しかったか!」

 会長がさらにあおると、マイクを向けられた観衆たちは腕を上げて反応した。結構行事にはしらけたところがある学校だけれど、今日のノリは異常だった。

 こんなに盛り上がるとは思っていなかった俺は、ステージ脇で思わず震えた。

 ぞくぞくした。

 これだけ盛り上がる舞台の運営に関われたんだ、という事実が、俺を震わせた。

 思わず涙ぐむくらいに衝撃を受けた。

 俺は由紀の手を握っていた。

 色々あったけれど、本当に色々あったけれど、最後の最後まで色々あったけれど、裏方として自分の限界に挑戦するような仕事をして、ここまでたどり着いた。途中、由紀に告白されたり、綾華さんに告白されたり、ありえないことが降りかかりすぎておかしくなりそうだったけれど、俺はこの盛り上がりを、少しでも裏から支えることが出来たはずだった。

 その俺の隣で、由紀も、「うわあ」と声を上げながら、俺の手を強く握り返してきた。舞台裏だから実際に盛り上がっている姿は見えないけれど、それでも、音圧で体が浮き上がりそうな、足踏みや拍手混じりの大音響。誰もがステージに向けて声を上げているから、その袖にいれば、まるで自分たちに声がぶつかってくるような錯覚に陥る。

 近くに綾華さんがいれば、三人でまた抱き合っていたかもしれない。

 そういえばどこにいるんだろう、綾華さんは。そう思って目を凝らすと、なぜか逆側の袖にいて、会計氏と一緒になにやら興奮しながら手を叩いている。

 いやいや、あんた、立ち位置こっちだろ。こっちでタイムキーパーやるんとちゃうんかい。

 と思ったけれど、まあ、ここまできたらそんな小さいことはどうでもいい気がした。二人で並んでバンド連中に時間を守らせればいい。

 微妙な違和感を感じてもいたけれど、俺はすぐに忘れた。

 会長のパフォーマンスはすぐに終わっていて、次は各出し物の人気投票結果の発表。

「さあ、売店系人気投票第一位は……2年D組! おめでとう!」

 観衆の一画で歓声が爆発している。

 そのたびに、聞いているこっちの背が震えた。自分が受けている歓声でも拍手でもないのに、なんだろう、この感動は。

 自分たちが作り上げたんだ、という感動だろうか。ここまでの苦労がこれで報われたという感動。

 それだけじゃないだろう。

 好きな人が隣にいて、一緒に感動してくれて、しかも一緒に作り上げてきた実行委員の人たちもまわりにたくさんいて、同じように感動して声を上げたりしていた。

 自分が、誰かと一緒に何かが出来たということ。

 目立たない生徒として中学生時代も高校入学当初も過ごし、人の輪に加わって何かをするということとは縁遠い生活だった。部活に入っていなかったからなおさらだった。

 形になる何かを、誰かと一緒に作り上げるなんてこと、したことがなかった。

 今、この瞬間を作り上げることが出来た。俺は、この瞬間のために働いてきたんだ。みんなと。

 そう思ったら、戦慄も止まらないし、手を握り返してくる由紀の存在がいとおしくてたまらなくなるし、大変なことになってきた。

 俺は、全身で感動していたんだ。

 でも、それで終わるほど、会計氏の策は甘くなかった。

「ちょっと駆け足だけど、これですべての発表が終わりました。さあ、ここで、最後を飾るにふさわしい人にステージに上がってもらいます」

 会長のこの言葉は、台本にはないセリフ。

「みんなも知ってると思うけど、この文化祭、途中から実行委員長と指導部が変わりました。不甲斐ない俺たちを見ていた下級生たちが、俺たちに代わって文化祭を盛り上げてくれました。この文化祭を作った奴らです」

 俺は感動が一気に覚めていくのを感じた。

 やりやがった!

 俺は思わず逆袖にいる会計氏を睨みつけた。

 会計氏はこっちのことなどまるで無視していた。とにかく、実行委員の顔である綾華さんを舞台に出すのが先決というわけで、こっちなんか気にしてる余裕があるはずもない。

 なるほど、だから綾華さんを自分の近くに置いていたのか。舞台に素早く上げるには自分が押し出す以外にないと考えて。

 感じていた違和感は策略の証だった。でも、あれでこれを見抜けというのはいくらなんでも無理がある。

 俺が近くにいると綾華さんは俺を隠れ蓑にして逃げる。それを防ぐために離した上で、会計氏はこれまで築いてきた信頼関係を総動員して綾華さんを壇上に上げるつもりだ。

「やるなあ、先輩」

 俺は思わず口にして、それから、笑った。

 由紀も笑っている。頬を赤くして、興奮している。

 俺たちは実行委員やステージスタッフに押された。抵抗する気にもならなかった。したところで強引に持っていかれるだろうし、スタッフたちがみんな笑顔だったから、もう、抵抗なんか出来るはずがなかった。

 たぶん、同時にステージに足をかけた綾華さんも、同じ気持ちだっただろう。ばちっとステージ両端で視線がぶつかったとき、俺たちは同時に苦笑していた。

 やられたね。

 ええ、やられちゃいましたよ。

 私までやられちゃいました。

 三人、それに会計氏がステージ中央に引っ張り出された。

 学校で準備できる程度だからたかが知れているはずのスポットが、ものすごくまぶしく感じた。そして、どこから沸いて出たのかと不思議なほどに集まった人の波。

「さあ、みんな拍手を! クーデターで俺たち生徒会を根っこからひっくり返した挙句、しらけ切るはずの文化祭をここまで盛り上げた真犯人、新実行委員長の永野に秘書の渋谷、そして影のフィクサー佐藤だ!」

 ここで会計氏の名前が挙がらない時点で、誰が仕組んだことか丸わかり。

 しかも会計氏、自分でワイヤレスマイクまで持ってのご登場だ。

「他にもたくさんのスタッフに支えられて、僕たちの文化祭はこんなにも盛り上がりました。スタッフみんなに拍手をっ」

 会計氏が叫ぶようにいい、マイクを観衆に向けると、嵐のような拍手と歓声に会場の空気が震えた。

「……これで俺たちは心置きなく生徒会を次の代に引き継げます……とかいったら、きれいな終わり方なんだろうけど、そうもいかないよな」

 会長が意味ありげに会計氏に笑いかける。

 会計氏も、突き出していたマイクを戻して会長の隣に並び、こくりこくりとうなずいている。

「いかないな。なんせ、どんな奴が僕たちの跡を継いでくれるのか、心配で仕方ないよ」

「また俺みたいのが会長になったら最悪だぜ?」

「お前、それを自分でいうか? その通りだけどさ」

「おい、ちょっとはフォローしろよ、親友だろ?」

「は? 親友? 誰が?」

 会計氏の突っ込みで絶句した会長は、本気でしょぼんとしていた。この辺りの漫才は台本無しの素の会話らしい。その様子がわかっている三年生たちは大うけだった。

「とにかくだ、僕たちの跡を継いでくれる奴が誰なのか、ここではっきりさせておけば、安心して受験勉強にも取り組めるってもんでしょう。だよな、三年のみんな」

 会計氏が観衆に振ると、三年生が一斉にわあわあと反応した。

 すごく嫌な予感がしたようで、明らかに綾華さんの腰が引けている。

 まあ、この流れで自分が会長に推されないとか思っているとしたら、綾華さんの頭の構造を疑うところだ。

 確かに文化祭の途中で由紀と口論になったり、その末に行方不明になってくれたりした訳だけれど、そこまでの文化祭を作り上げたのは綾華さんだ。俺が計画を作ったり、会計氏が実行者として奮闘したりしていたとしても、それはすべてまとめ役として上に立った綾華さんの功績になる。組織ってのはそうあるべきで、この組織の上に立てたのは綾華さんだけだった。

 スポットを浴びて輝く綾華さんのふわふわした髪。

 俺は、由紀と改めて手をつないだ。

 由紀はステージ上でまで手をつながれるとは思っていなかったらしく驚いていたけれど、それでも、次の瞬間には強く握り返してきた。

 そのまま、二人ですっと綾華さんの背後に回った。綾華さんはスポットの強い光と、司会の急展開に慌てていて、こっちの動きには気付いていない。

「ちょっと例はないだろうけど、どうせしばらくしたら生徒会選挙もあることだし、俺たち旧執行部の遺言を発表しときたいと思います」

「会長、そして僕、会計が皆様にお勧めする物件は、もちろん……」

「永野綾華でーすっ!」

 二人が同時に綾華さんを前に出そうと手をかけようとした。

 一瞬前に、綾華さんはすっと上体を下げ、その手を逃れようとした。

 そのまま身を翻していれば、多分逃げ切れたんだろう。

 でも、俺たちがいた。

 くるっと身を返そうとした、そのタイミングで俺たちが綾華さんを抱きとめた。

「あ、あんたら!」

「綾華さん、降りちゃダメです」

 由紀が叫んだ。

 というか、叫ばないと近距離でも声が通らないくらいに歓声がすごかった。

 だから俺も叫んだ。

「あんた以外の誰が俺を止められると思ってるんだ!」

 どうせ話の流れ上、俺も生徒会役員入りだ。なら、従う相手は俺が選ぶ。そして、そんな相手、ひとりしかいないだろ。

 綾華さんはこの時、俺のセリフを聞いて諦めが付いたらしい。

「そりゃお互い様だろ!」

 そう叫んで、綾華さんは前に出た。

 学園のアイドルが、一身にスポットを浴び、一気に場の空気を支配した。

 会計氏のマイクをひったくり、綾華さんは吼えた。

「みんな聞け! この学校の未来、私が請け負った! 選挙では投票よろしく!」

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