第10話 二人の世界

 月曜日。

 俺は少々呆然としていた。

 何がって、お姉さま方登場。

 朝、登校して、由紀と顔を合わせて、あまりのこっ恥ずかしさに二人とも黙りこくるという展開を経験して、授業を受けて、昼休み。

 生れて初めて彼女を持って、これからバラ色の人生を味わうはずの俺は、なぜか由紀を迎えに行くより先に、綾華さんご紹介のお姉さま方に囲まれていた。

「あきちゃんを守りに来たよー」

「はい?」

 意外すぎる第一声に思わず聞き返すと、総勢4名のお姉さま方は、周囲の同級生が興味津々で聞き耳を立てる中、それを気にもしないで笑顔を見せた。

「ほら、綾華のおかげで女にぼこられちゃったっていうじゃない?」

「哀れな下級生をわざわざ助けに来るとか、あたしたち超優しくない?」

「せっかくだからお昼くらい付き合いなさいよ、この前は携帯の番号も聞けなかったし」

「まさか断るとかそんな冷たい子じゃないよね、あきちゃん」

 今まで俺が関わり合いになることもなかった派手な上級生たちに囲まれ、俺は動揺しまくった。そりゃそうでしょう。免疫なんか無いし。

「は、はあ」

 俺は、皆様には失礼ながらドン引き。

 でもそんな気配なんか、お姉さま方には何の障害にもならないようで。

「ほらー、行くよー」

「え、どちらに」

「中庭。さっさと弁当持ってついてくるの」

 お姉さま方は極めて強引。こっちの都合なんぞ考える余地すらないらしい。

 断る理屈も思い浮かばず、助けを求めるかのように視線を泳がせた俺は、視界の端に最も見てはいけないものを見てしまった気がして、思わず目を閉じた。

 一呼吸置いて目を開け、その方向を見る。

 視線の先に、由紀がいた。扉のすぐ近くからこちらをそっとのぞきこんでいる。

 その顔、無表情。

 血の気が引いたような、いつも以上に白い顔をして、メガネの奥の瞳も色を感じさせない。氷のような気配。凍てつく波動。

 背筋にぞっと寒気が走る。これは間違いなくやばい。事情は分からなくても、由紀は秒速30万キロメートルの速さで俺から身を引いていくに違いない。

「ちょっと待った」

 思わず俺は叫んでいた。

 俺を注視していた周りが驚く。

 近くにいたお姉さま方はもっと驚く。

 そして由紀は。



 ぱっと背を向け、走り出していた。



「待てってのに!」

 俺はお姉さま方を無視して走り出した。障害物が多すぎる教室の中を強引に突破して、一気に廊下まで出ると、由紀の姿を目で追うより先に全力で走りだす。

 探さないで正解だったかもしれない。ギリギリのタイミングで由紀は考えにくい方角に曲がっていた。自分のでもない、特に親しい友達がいるとも聞いていない教室の中に入っていた。

 俺はそれはきっとフェイクで、俺が行き過ぎたらそそくさと出ていくつもりに違いないと瞬時に踏んだ。

 だから、俺はわざと行き過ぎて、別の扉からその教室に入った。

 由紀は俺が走り抜けていくのを窓から確認しようとしていたらしく、違う角度から俺が現れたことに気づくのが遅れた。

 俺の方がわずかに発見が早い。その早さが勝敗を分けた。

 黙ったまま由紀を捕まえようとした俺に気づいて、由紀はあわてて逃げだそうとしたけれど、いくらなんでも運動や反射の分野で、俺が帰宅部の由紀に負けるはずがない。俺は背を向けようとする由紀の右腕をつかみ、逆の手で肩を押さえた。

 由紀は必死で声をこらえながら、それでも俺から逃げ出そうとする。

「逃げることないだろ、ちょっと落ち着こうよ」

 できるだけ優しい声を出したつもりだ。ついでにつかんでいた腕や肩も即座に離し、どうしても低い由紀の視線の高さに、思い切り腰を落として俺の視線の高さを合わせた。

 妹との長い付き合いの中で学んだことだ。視線が高いとそれだけで相手は威圧されるように感じて反発する。話を聞いてもらいたいなら、目の高さを合わせるのは必須。

「迎えに行こうと思ったら囲まれちゃったけど、大丈夫、あの人たちは大丈夫だから。な?」

 息が切れそうになるのを強引に押しとどめて、俺は自分の限界に挑戦するくらいの努力で、小さくて柔らかい声を絞り出した。

 実際にそう出せていたかどうかは分からない。全然知らないこのクラスでも、変な注目を浴びてしまっているけれど、それも気にしていられるような場合じゃない。

 とにかく一秒でも早く由紀の心を開かせておかないと、多分また心を開いてくれるのに恐ろしく膨大な時間と労力が必要になる。そんな気がして、俺の危機感を乱打してくる。

 由紀はメガネをかけた顔をうつむけたまま、しばらくじっとしていた。

 一瞬でも全力疾走した後に、じっと腰を落とした姿勢になるのは、じつはかなり辛かったりする。俺がその姿勢に早くも耐えられなくなってきたあたりで、由紀は静かに顔を上げた。

 俺とわずかに目が合う。

 そしてすぐに下げられたけれど、それはうつむいたというより、いつもの由紀らしい、長い時間目を合わせたがらない癖が出ただけだったようだ。

「……ごめんなさい……」

「なんで謝るんだよ。由紀は悪くないよ」

 思わず俺は伸びあがり、伸びあがりながらいった。

「さ、ご飯にしよう。一緒にいてくれるんでしょ?」

 何事もなかったように聞こえるように、俺は気楽な感じでいう。

 由紀は小さくうなずいてくれた。

 ……助かった。



 弁当を取りに教室に戻ると、当然ながら注目の的になった。野次馬の視線はまあいいんだけれど、いや、あんまり良くないけれどまあいいとして、まだいたお姉さま方の視線が痛い。

「あれぇ、あたしたちって今完全にしかとされちゃった?」

「おかしいねえ、守ってあげようとしてわざわざ来てあげたのに」

「なんか私たち以外の女を追いかけて行っちゃったよこの子」

「ちょっと許されなくね?」

 口々にいう、その視線が完全に面白がっている。

「察してくださいよ」

 俺はもうどうでもよくなってきて、間違いなく苦笑以外には見えないだろう顔をしながらいった。

「彼女いないんじゃなかったっけ?」

 一人がそういうから、面倒くさくなった俺は、素直になってしまうことにした。

「いませんでした、昨日までは」

「今日からはいるんだ」

「ええ、おかげさまで」

 野次馬たちがどよめく。

 ええい、散れ。散ってしまえ。

 そんな俺の心の声が聞こえるはずもなく、野次馬たちはたちまちひそひそと噂話を始める。彼女いない歴イコール年齢だった俺が、いきなり派手なお姉さまに囲まれるわ、彼女います宣言するわだから、そりゃ噂にもなるわな。

 お姉さま方は、俺があまりに素直に認めたから、からかう気にならなかったらしい。

「そりゃ残念」

「なんだー、できちゃったのかー」

「フリーだと思ったから優しくしてやったのに、裏切られちゃったわね」

「まあしゃあない、妬くな妬くな」

 口々にいいながら、意外にも俺に絡むことなく教室から出て行こうとした。

「まあ」

 と一人が俺を見ながらいう。

「その彼女に振られたらいつでもおいで。お姉さまがじっくり慰めてあげるから」

 恐らく、綾華さんと知り合う前の俺がこんな会話の相手にされたら、舞い上がって身動き一つできなくなっていたと思う。

 でも、俺も綾華さんと知り合い、色々珍しい経験をして、さらに由紀といろいろあって、短い間でもそれなりに成長なんかしちゃってたりしたのかもしれない。

「そうならないようにします。ありがとうございます」

 すっとそんな言葉が出た。

 お姉さま方は、そういう俺の様子に、何かを感じたらしい。

「がんばってねー」

「泣かすんじゃないぞ」

「ここまでしといて泣かしたらリンチっしょ」

「天に代わってあたしらがたたき殺すっての」

 何やら恐ろしいセリフを吐きながら、それでも笑顔で去っていった。

 そして俺は。

 野次馬たちの質問攻めにあう前に、とっととその場を逃げ出すことにした。



 お姉さま方の一件があり、あわてて弁当を持って由紀と待ち合わせていた校庭近くの芝生に行くと、由紀は小さな弁当箱をひざの上に載せて、ちょこんと座って待っていた。

 今着いたばかりのはずなのに、今まで何時間も健気に待っていました的な雰囲気を感じるってのは、由紀がそういう空気を身にまとっているのか、それとも俺が負い目のようなものを感じているからなのか、謎。

 俺が着くと、由紀はわずかに笑顔を見せ、それからうつむいた。まだお姉さま方の件をひきずっているのか、単に照れているだけなのか。俺にはまだそれがわかるほど由紀との経験がない。

「ごめん、待たせたね。俺も腹減った、さっさと食べちゃおう」

 肩と肩が触れ合うくらいに近付いて座ると、由紀の体がぴくんと揺れたのがわかる。

 本当にこの子は俺のことが好きなんだよね? 大丈夫だよね? 自信持っていいんだよね?

 俺の内心の葛藤に由紀が気付くはずもなく、気付かれたらそれはそれで怖いんだけれど、由紀は明らかに緊張した様子で弁当を開けている。

 ここでいきなり自分の不安を説明しだすのもなんなので、俺は仕方なしに弁当を開けた。

「……ごめんなさい」

 箸を出して京水菜のおひたしから手をつけようとしていた俺に、由紀がいきなり謝った。

 今度は何でしょう。

 思いっきり不安になりながら俺が由紀を見ると、至近距離でうつむいていた由紀が、ぼそぼそと喋る。

「……本当は晃彦くんのお弁当も作ってきたかったんですけど、昨日の夜はもう下ごしらえもできなかったし、今朝はちょっと寝過ごしちゃって……」

 由紀は肩を震わせている。

「べ、別にそれは……俺が頼んでたならともかく、謝ることじゃないでしょ」

 なぜそこで震える。泣いてたりとかしてたら手に負えないんですけど。

 俺はひどく動揺していたんだけれど、それが伝わったかどうか。

 由紀が顔を上げた。

「昨夜、すごくうれしかったから……何かしたかったんです、でもできなくて悔しくて」

 珍しく俺の目をまっすぐ見てそういった由紀の顔は、泣いているような、微笑んでいるような、微妙な顔だった。

 俺のせいっちゃ俺のせいだけれど、でも俺のせいじゃないらしいことがわかったから、俺はほっとした。

「ああ、そういう……その気持ちだけでもうれしいよ」

 思わず由紀の頭をなでていた。しまった、と思ったのは、髪に手が触れてから。つい、機嫌が微妙な位置にあるときの妹や従姉妹をあやす場合の癖が出てしまった。

 一度触れてから手を引っ込めたらなおさら傷つくかと思った俺は、反射的に引っ込めようとした手を強引にそのままにし、なで続けることにした。

「そんな風に考えてくれてたのに、いきなりあのお姉さま方の光景見りゃそりゃ逃げ出したくなるのはわかるけど」

 と、思わずなでてしまったのをフォローしようとして、俺は自分から派手に地雷原に踏み込んでいった。もちろん気付いたのは口にした後。

 馬鹿か俺はぁぁぁぁぁぁぁぁぁなぜ蒸し返すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ、と内心絶叫しつつも、突っ込んでしまった以上、地雷原から抜け出すにはひとつしか手がないこともわかっていた。そう、方向だけは間違わず、突き抜けていくしかない。

 どうせ、いずれ触れなければならなかった話題。タイミング的にどうかとは思うが、こうなってしまえば今行くしかない。

「あの人たちは綾華さんの友達だよ。彼女がいない俺を面白がってからかっていただけ。由紀のこと説明したらあっさり引き下がってくれた。だから大丈夫。綾華さんが友達にしてるくらいなんだから、わかるだろ?」

 じっと身を固くして頭をなでられている由紀の顔は、俺からは見えない。でも、多分嫌がられていないことだけは何となくわかる。

 頭をなでられていて、ひたすら身を縮めていたら十中八九嫌がっている。でも、身を縮めつつも、こちらの手の動きにあわせて頭が前後に揺れるようなら大丈夫。それが妹や従姉妹との経験上学んだこと。

「由紀はもっと自信持っていいよ」

 といいつつ、俺は手を止めた。ちょうど由紀の首の辺りに手を当てている。

 由紀がゆっくり顔を上げ、俺を見る。ほほが上気しているのがわかる。耳も赤い。色が白いから、血が透けていて、赤くなるとすぐにわかる。

「生まれて初めて俺が好きになった相手なんだから。大丈夫。由紀しか見てないよ」

 後から考えると、よくまあそんな恥ずかしいセリフを平気な顔していえたもんだけれど、どうも必死になるとどんなくさい言葉でも平気でいってしまう面の皮の厚さが俺にはあるらしい。

 いわれた方の由紀は、メガネ越しにも目が潤んでいるのがわかった。もともと潤んでいたのか、たった今潤んだのかはわからないけれど、それがものすごく愛しく思えたのは確か。

「……」

 由紀はしばらく何かいいたそうにしていたけれど、何もいわないまま、つい、と視線を切った。

 そして、そのまま俺にもたれかかった。

 おっと、これはお許しが出たってことか? 胸に由紀の重さがかかり、髪からおそらくはコンディショナーと由紀自身の香りが混じったものが鼻にかかり、俺は陶然とした。こいつぁいいね。

 ひざに弁当が乗っている状況で抱きしめるわけにも行かず、俺はさっきまで由紀の頭をなでていた手で、肩を抱くようにした。由紀は肩をきゅっとすぼめるようにして、俺にくっついている。

「……ありがとう、すごくうれしいです」

「そりゃ良かった」

「もっと好きになっちゃいますけど、いいんですか?」

「というと?」

「私、もしかしたら怖い女かもしれませんよ? 他の女の子と話してるだけで刃物持ち出しちゃうとか」

「スプラッターな恋愛できそうだね、それ」

「他の女の子と一緒のところ見ただけで、脅迫状書いちゃったりとか」

「血染めの文字とかだったらホラーだねえ」

「ストーカーになっちゃうかもしれません。毎日じーっと部屋の外から監視しちゃったり」

「由紀の場合はたぶん門限に引っかかって無理なんじゃなかろうか」

「まじめに分析して突っ込まないでくださいよ」

「おお、空気読んでなかった、ネタかこれ」

 多分初めて彼女とぽんぽん言葉の交換が出来ていた。それが嬉しかったから、間違いなくこの瞬間の俺はにやけている。

 由紀も、肩からいつの間にか力が抜けて、さっきとは違う震えが肩から伝わってきた。由紀は、笑っていた。

「私、実際、すごくめんどくさい女だと思います。自分でもわかってます」

 笑いを納めた彼女がいう。肩に力は入っていない。俺は黙って聞く。

「みんなみたいに、明るく話なんかできません。さっきの先輩たちみたいに楽しくなんかできません。すぐ逃げちゃうし、調子に乗っちゃうし、『晃彦くんに気を使わせて何様なの私』って思うけど、結局同じようなことしちゃうし」

 俺は何もいわないまま、肩を抱く力を一瞬だけ強めた。聞いてるよ、といううなずきのつもり。

「自信なんか持てないです。地味だけが特徴の女なんて、晃彦くんには似合わないと思うし。でも」

 由紀は、肩を抱く俺の手に自分の手を重ねた。

「晃彦くん、いつも私を褒めてくれるし、勇気もくれるから……」

 由紀は一呼吸入れ、続けた。

「ちょっとだけ、自惚れてみます。晃彦くんの彼女なんだって。晃彦くんに選んでもらえたのは私なんだぞって」

「そうして」

 嬉しくなって、俺は由紀の頭、頭頂部より少し下がった耳の上辺りにキスをした。

「あ」

 由紀が首をすくめる。

「ずるいよ、自分だけ」

 と意外な抗議をしてくるから、抱いていた肩を離して一度体を起こし、逆の手であごに触れながら由紀の目を見た。

 由紀はわずかに抵抗しそうになったものの、ひざの上に弁当箱に邪魔された挙句、自分がたった今「うぬぼれます」宣言したのを思い出したようで、おとなしく目を閉じた。

 安心して、キスをした。

 ごく短いキスだった。

 もう終わり? という気配を感じつつも体を離したのは、俺の方。

 気付いてしまったからだ。唇が触れた瞬間に。

 今は昼休み。

 場所は校庭近くの芝生の上。

 朝晩は多少寒い時期になっているとはいえ、昼間はむしろ過ごしやすい季節。

 そりゃあ昼飯時にもなれば、人はたくさんいるわけですよ。

 その中の何人が俺たちの存在を目に入れているかなんか知ったことじゃないけれど、どう見てもこの光景はバカップル全開。今の今までこんなシチュエーションに自分が置かれるなんて考えたこともない童貞君としては、この状況、気付いてしまえば恥ずかしいことこの上ない。

 俺の雰囲気ではっと周囲の状況に気付いたらしく、完全に二人の世界、忘我の境地にいた俺たちは、いきなり現実世界に引き戻されることになった。

「こ、怖いね、周りが見えなくなるのって」

 と俺がいえば、

「ごめんなさい、完全に忘れてた……」

 と由紀が謝る。

 何しろ恋愛経験が乏しい二人なので、これから先どれだけ恥をかくか、今から空恐ろしい気がする。

 とりあえず今は、弁当を食べてしまうことに集中することにした。



 という状況を、この人はじかに見ていたというから驚きだ。

「いやあ、人の目も気にせずいちゃいちゃし始めたと思ったら、いきなり我に返って弁当食べだすんだもん、初々しすぎてもう、おばちゃんは見てらんなかったわよう」

 放課後に文化祭実行委員として集まったはずの綾華さんに、二人はげらげらと大笑いされてしまった。

「録画しとくんだった! しまった! せっかく携帯のメモリーカード買い換えたばっかなのに! 綾華一生の不覚っ!」

「渡辺謙さんですかあなたは」

「お、独眼流正宗のネタを見抜くとは通だねえ」

「むしろ今の突っ込みでその反応が返ってくるあなたの年齢が聞きたい」

「17よ? ぴっちぴちの17歳よ? せぶんちーんよ?」

「あーほんとにおばさんだよこの人」

「ちょっとー、由紀、こいつ生意気すぎるんだけどさあ、どうにかなんないの?」

「わ、私ですか」

「あんたでしょー、旦那の教育は奥さんの責任よ?」

「お、お、おく、」

「まだ結婚してないんすけどね、つーか付き合いはいじめて1日で教育の責任てどんだけシビアなんすか」

「女の甲斐性よ、男なんて付き合い始めた瞬間からその女に隷属するものなの。わかる?」

「その通りだとは思いますけれど、わざわざ由紀をいじるためだけにその表現選んでません?」

「あら、わかるう?」

「目が語ってますぜおばはん」

「だってえ、由紀ちゃんってば、恋が実ったらおっそろしく可愛くなっちゃってるんだもん、いじらにゃ損でしょ」

「か、かわ、かわいく」

「落ち着け由紀、つーかこの人の表現にいちいち振り回されるな、この人が喜ぶだけだ」

 よりによってこの人に目撃されるとは。

 基本的には幸せなんだけれど、なんだか納得行かない気もする俺だった。

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