第47話 閃光
みどりたちを乗せた高空機は空の階段を目指し、空を駆け抜けた。
「階段付近です」
紺藤の知らせで眼下を見ると、辺りは真っ黒だ。葵が身を乗り出し、現れた闇を凝視する。
「あの時の黒い霧だ」
日暗が侵入しているのか。葵は紺藤に叫んだ。
「急げ!」
高空機はさらに加速した。下層の地盤が迫ると、葵がパスコードを言い、紺藤がキーを打込む。地盤の入り口が開いた。下層に入ると、視界が晴れた。階段に充満した黒い霧は上へ上へと、筒状に伸びていた。
同様に中層、上層の穴を潜り、階段付近に着陸した。瞬時に3人は飛び降りた。葵は飛行中に回復したようで、先頭を走る。みどりの頭上にもう1つ地盤がある。
「最上層へ行かないんですか?」
前を行く紺藤が叫んだ。
「この先は階段で行くしかないんだ」
「じゃあ、霧の中を通るんですか?」
先を行く葵は巨大なタンクの前に立っていた。金色、紫、赤と立ち並ぶ色とりどりのタンクには霧絵の具が詰まっているんだろう。追いついた紺藤に葵が尋ねた。
「紺藤、何色が好きだ?」
紺藤は少し迷ってから答えた。
「あ……あおいろです」
「よし。ホースを階段まで伸ばせ」
紺藤がホースを抱えて走る。葵はタンクの口にホースをはめたが、ネジは十分に締まらない。手の力が戻っていないんだ。みどりが代わりにネジを締めた。葵さんはにっと笑った。
「良いぞ、みどり!」
ああ、そうか。その笑顔を見て分かった。
わたしもあおいろが好きだな。
葵はバルブをぐっと握った。
「こっちも頼む」
みどりもバルブに手を掛けた。紺藤が門の前に辿り着くと、葵は合図を出す。
「開け!」
紺藤は門を開け、みどりと葵はバルブをいっぱいに開いた。黒い霧が噴き出す階段に向け、大量の青色を放出する。紺藤は暴れるホースを懸命に支えている。階段を覆う黒色はなかなか変わらない。タンクの半分を過ぎて、やっと青く染まり始めた。青色がなくなると、紺藤はホースを放り投げ、階段の上を睨みつけた。
「行けそうです」
紺藤を先頭に階段を駆け上がる。通路は黒に代わり、青い霧が支配していた。青色の中を走っているうちに、頭が冴えてきた。最上層の扉は開いていた。誰かいる。
急に紺藤が立ち止まり、その背中に葵と2人でぶつかった。紺藤は黙って奥を指差す。白い石を持った高空服の人物がいた。そして、対峙しているのは青人だった。
「日暗さんと青人?」
葵の頬を青色がつっと伝い落ちた。流れた青い筋がそのまま危機感を表しているようだった。
「葵さん、空気砲を持っていますか?」
紺藤の問いに、葵は懐から空気砲を取り出した。
「投影機を陰に、僕が2人に近付きます」
紺藤は最上層の中にそっと進み出た。葵は空気砲を構えたが、腕がぶれる。みどりの目を見た。
「力添えしてくれるか」
人を撃つなんてできない。みどりは返事ができなかった。葵は思いを察知し、違うちがうと手を振った。
「結晶をケースごと吹き飛ばすんだ。もし爆発したら高空機まで逃げる。良いな?」
白色結晶が目の前で爆破する。両親が怖れ、逃げてきた白色が。最上層は、空の階段は、耐えられるだろうか?
だけど、自分の意志でここに来たんだ。はい、と答えた声はかすれた。
紺藤は足音を忍ばせ、上手く投影機に隠れ、日暗の背面についた。みどりの力を借り、葵は遠く、結晶に向けて銃を構えた。結晶が水滴ほど小さく見える。この距離で当たるのか。葵の手腕に託すしかない。
日暗と青人の声は聞こえるが、内容は聞き取れない。紺藤が近付く前に、ブウンと起動音が響き渡った。投影機が動き始めた。日暗は青人ににじり寄った。青人は後ずさりし、ある所で足を止めた。
あれ以上、下がれないんだ。
葵の手に力がこもった。結晶を追い、銃口がわずかに動く。みどりは全神経を集中させた。
青人が日暗に突き飛ばされ、水しぶきが上がった。たった一言、青人の叫びが聞こえた。
「死ぬな!」
日暗がケースに手を掛けた。紺藤が走り寄る。葵の指が引き金を引いた。甲高い音が最上層に鳴り響いた。
結晶はケースごと吹き飛ばされ、視界から消えた。紺藤が日暗に飛びかかり、青人の落ちた先にもろとも姿を消す。
みどりの目は結晶の行方を追った。と、葵にぐいと腕を引っ張られた。
「走れ!」
我に返り、門に向かって全力で走る。扉を閉めた後、階段がカッと発光した。背中で爆音が轟いた。まるで白い稲妻が落ちたようだ。熱風がわっと襲いかかってきた。
結晶が爆発した。
葵は振り返らず、階段を駆け下りる。その背中に叫ぶ。
「青人たちは?」
「ついて来い!」
みどりはそれ以上何も聞かず、葵について走った。
上層に下りると、葵の視線がある一点に注がれた。角膜にひびが入っている。
「あそこを撃つ」
天上を当たり前に支えている角膜を壊すなんて……みどりは天上全体が崩れるんじゃないか、という錯覚を覚えた。だけど、迷っている場合じゃない。
葵と2人、空気砲で角膜を打ち抜いた。上層に穴が空き、周辺の膜がぼろぼろと崩れた。葵は高空機に走り、操縦席に乗り込んだ。みどりが滑り込んだ瞬間、エンジンが稼働し、高空機は飛び上がった。
葵さんは操縦できるんだろうか? みどりが身を乗り出すと、葵は大丈夫だと片手を上げた。
「それよりこれからの説明をよく聞いて。3人が落ちたプールは角膜の外に繋がっている。そこから引き上げるんだ」
やはり葵は青人たちを助ける算段を立てていた。
「乗り口の側に救助用具があるだろう? そこを開けて」
壁面に赤字で「救急」と書かれた収納扉がある。開けると、赤と黄色、2つのベルトが入っている。ベルトは両手両足を通し、全身を固定するものだ。
「赤いベルトは救助用、黄色のベルトはみどりの落下防止に使う。そいつを着けたら、横のフックに掛けろ」
言われた通り、ベルトを身につけ、フックに引っ掛ける。金具ががちりと重い音を立てた。
「救助ベルトにはワイヤーがついている。下、止、上のボタンを押せば、その通りに動く。操作はわたしが指示する。分かったか?」
「はい」
「合図をしたら入り口を開けるんだ」
「はい!」
余計なことを考えてる暇はない。みどりは忠実な助手になることに徹した。
高空機は角膜を抜け、上昇する。最上層は、いや空全体も、何もかもが真っ白だ。爆発した白色が投影されたんだ。最上層の角膜は、半分以上が溶けたように消えていた。辺りの空に白い灰が舞っていた。
目がくらむほどの白色に墨色が浮いて見える。絵の具のプールが最上層の縁に、危うげにぶら下がっていた。その1つから誰かが手を振るのが見えた。紺藤だ。高空機は可能な限り距離を詰めた。
「開けろ!」
みどりは乗り口を開けた。大気は唸りを上げ、渦巻いている。
「下ろせ!」
ボタンを押し、救出ベルトを下した。食い入るようにその先を見つめ、ワイヤーを止めるタイミングを計った。
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