第44話 時の到来
日暗は兄妹と地上の門に戻り、当時の管理人、黄土に2人だけで話をしたいと申し出た。
「白爆についてお聞きしたいのです」
管理人はちらりと戸口を見た。外に出ろということだ。
2人で庭に出ると、日暗は単刀直入に問いただした。
「白爆は天上から持ち込まれた白色結晶ではありませんか?」
「君は佳也から忠告を受けなかったか?」
「ええ。しかし、わたしは地上の現状を見にきたんです」
黄土はわざとらしくため息をつき、庭を歩き進んだ。日暗はその背中を追いかけた。
「結晶について、何か都合が悪いことでもあるんですか?」
「白色結晶は元から地上にあるものだ」
掛かった。
「白色結晶のことは限られた人間しか知らされていません。あなたは関係者ですね?」
黄土は足を止め、違うと吐き捨てた。日暗はなおも追及した。
「霧絵の具製作所から密輸されたんでしょう?」
白色結晶は黒い空の防衛策として、霧絵の具製作所で造られている。学校にある結晶もその1つだ。黄土は振り返り、日暗を睨みつけた。
「そんな推論を2度と口にするな。命すら危ういぞ」
「それは脅しですか?」
その時、佳也が戸を開けて出てきた。
「日暗さん、長旅お疲れ様でした。お送りし致しましょう」
庭を出るまでの間、管理人は油断なく見張っていた。
高い杉の塀の外に、佳宮が待っていた。管理人の目を上手く逃れることができた。佳也は並んで礼をした。
「佳宮を捜し出して頂き、本当にありがとうございました。それから管理人の言う通り、白爆のことは忘れてください」
「何か知っているのか?」
佳也は声を低くした。
「1度、ほかの高空機が地上に降りたことがあります。あの時、あなたの言う白色結晶が運ばれたのかもしれません」
日暗が何か言おうとすると、佳也は止めた。
「これ以上踏み込んではいけません。ご自分のためにも」
日暗は頷いた。今、地上の門を無理に追及すれば、隠れて戻ってきた佳宮が見つかってしまうかもしれない。
その代わり、2人に頼みごとをした。
「佳也さん、おれが次に来る時まで、ここにいてください。佳宮さんは黒い石の洞窟の場所を覚えていてください」
佳宮は小さく、はいと答えた。天上に帰ることを優先し、洞窟の奥にあるという黒い石を確認しなかった。だが、もう1度地上に行くことがあれば、採取したかった。
「それから、どうかお元気で」
この約束が佳宮の糧になることを願った。
次の年、日暗は白色結晶について詳しく探るために空色職人学校講師を辞めた。霧絵の具製作所の研究員になることと、黒い部屋の鍵を持っていたことを白陽に告げた。
「黒色絵の具の部屋の鍵はおれが持っていた。代わりに誰が黒色を管理するか分からないが、白色結晶の出番がないように頼む」
破壊の種を部屋から出してはならない。この時は、まさか自分の手で破ることになるとは、思っても見なかった。白陽は内心気付いていたのか、さほど驚きはしなかった。
「当たり前だ。それより日暗、機密は最後まで守れ」
傑作だ。この日、友人と共にそれまでの自分と別れた。
霧絵の具製作所では青色絵の具研究部配属になった。希望通りの白色結晶研究部ではなかったが、密かに白色を調べるには申し分なかった。
日暗は内部研究員になって、白色結晶について多くのことが分かった。
白色結晶部の第1目標は安全な結晶の製造だ。黒い空の防衛策として造られているが、実際に使用するには飛散と灰化の性質を改善しなければならない。
結晶製造には膨大な量の白色絵の具を必要とする。採取量の少ない白色をさらに精製し、純粋な結晶に変える。当時、保存されていた結晶は製作所に2つ、学校に1つだった。製造中の1つは2年後に完成する予定だった。
白色結晶がどれほど希少かは分かったが、それにしても数が少ない。安全性の実験で減っているという話だが、記録は残っていない。
また同僚の研究員から製作所所長について、気になるの話を耳にした。所長は発明家でもあり、自らが考案したアイディアや設計図を開発者に提供しているらしい。
「元々、工学出身だからね。素養がある方のようだ」
研究員7年目の早河は銀縁の眼鏡を中指で押し上げた。年齢は日暗とそう変わらない。2人は霧絵の具精製機の点検をしながら話す。
「発明というと?」
「内視鏡から高空機のエンジンまで多岐に渡るそうだ。物騒なものだと拳銃も」
終わりは声を潜めた。拳銃......日暗が考えているうち、早河は続けた。
「所長には気を付けた方が良い。あの人は潔癖だ。気に入らない研究をすると消されるぞ」
日暗が深刻な顔をすると、早河は笑って手を振った。
「何も命を取られるってことじゃない。酷くて退職だ」
「どんな研究だったか知っているか?」
「それが分からないから怖いんだ」
早河は言葉とは裏腹に、面白がってるようだった。
その後、1度だけ所長と話したことがある。所長当てに届いた荷物を所長室に運び込んだ時だ。所長は席を外していた。
日暗は廊下を見回し、誰もいないことを確認した。扉を閉じ、机の引き出しに手を掛ける。
見たこともない機器の描かれた方眼紙が入っていた。設計図だ。右下に赤いバツが3つ書かれていた。白爆を落とした戦闘機のマークだ。
下の引き出しには、白いファイルが入っていた。白色の論文だ。タイトルに『飛散拡張』『安定結晶』『灰化原理』と書かれている。どれも初めて目にした論文だった。しかも『灰化原理』の筆者は地上の門の管理人、黄土であった。
ファイルを読もうとした時、足音が近付いてきた。素早く引き出しを閉め、運んできた荷物に手を掛けた。扉を開けたのは所長だった。日暗の心臓は相手に聞こえはしまいかと思うほど、高鳴っていた。
「わざわざ済まないね。しかし、次からは自分で運ぶから大丈夫だ」
日暗は所長室を後にし、足早に持ち場に戻った。
研究所は安全な白色結晶を目指しているにも関わらず、その糸口となる論文は隠されていた。
所長が地上に白色結晶の密輸をしている。直接的な証拠ではなかったが、ほとんど確信に近かった。
翌年、佳也から黄土が管理人を定年退職するという手紙が届いた。日暗は1年で霧絵の具製作所を離れ、地上の門に就くことにした。佳也と佳宮が迎えたが、黄土はすでにいなかった。『灰化原理』の論文について聞きたかったが、引継ぎの全てを佳也に託し、去っていた。
日暗は兄妹に製作所で見た話をした。赤いバツを連ねたマークのことを尋ねると、2人は息を飲んだ。
「それは白爆所有国の印です」
所長は白色結晶と引き換えに、地上の技術を得ていたのだ。
これ以上好きにはさせない。
地上の門の出入りを厳重にするため、警備団管轄にすることを提案した。誰がどのような目的で行き来するか、取り締まりを強化し、白色結晶の輸送を防ぐつもりだった。誰も通らない門への関心は薄く、実現まで1年の時を費やした。
同時に、黒色結晶の採集と研究を始めた。日暗は佳宮が記した地図と記憶を頼りに、再び海辺の洞窟へ向かった。黒い霧で眠らなくなるまで、少しずつ身体を慣らし、洞窟の奥に入り込んだ。深層部には想像以上に多くの黒色結晶があった。80年前の黒い空は、ここから持ち出された結晶で起こったのではないかと思われるほどだ。
用意したケースに詰められるだけの黒色結晶を持ち帰ると、佳宮は喜んだ。黒い石を見ると昼間でも落ち着くのだという。
2年間、日暗は地上の門を守るうち、白色への激しい感情は地上での記憶と共に遠退いていた。結晶の航路を断ったことで、目的は達成したはずだった。
しかし、灰谷が小夜を連れてきたことが眠っていた怒りを呼び覚ました。2人の姿がかつての自分と佳宮に重なった。あの時から、何も変わっていない。地上にはまだ白爆が存在する。苦しむ人間がたくさんいるのだ。
白爆の真相を知った日暗は何もせずにはいられなかった。
日暗は最上層の門に辿り着いた。手の中には白色結晶がある。
ようやくここまで来た。4年間、怠惰に過ごしてきたとさえ思われる。怖れは少しもない。自分が事実を知らせなくてはいけないという使命感に溢れていた。
自らが書いた告発文を思い出す。
『全ては地上への無関心が招いたことだ。天上は地上の悲惨な戦争から目を背けてはならない。その戦争に天上で造られた白色結晶が使われているという事実からも。
白色結晶は霧絵の具製作所から密輸され、白爆という恐ろしい兵器になり変わっている。残念ながら、いくつの白色結晶が地上に渡り、いくつの白爆が現存しているのか不明である。
わたしたちはもっと地上を知らなくてはならない。無益な戦争で犠牲になった人々や生命がいる。地上は天上と同じ世界を共有しているのだ。現実を分かち合うべきである。
地上と天上の自由な行き来はまだまだ先のことだろう。しかし、天上の我々が開かれた目を持つことが何よりも大切である。天上が地上に目を向ける、新しい時代を迎えるのだ』
日暗は天上で最も重要な門を開いた。
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