第42話 日暗の記憶

 空の階段の中、黒色結晶は黒い霧と化して通路内を覆う。暗く沈む深い闇。心の底まで染み付いた闇はもはや洗い流せはしない。

 日暗には手の中にある白色結晶が眩しかった。混じりけのない、完璧な純白が。

 日暗は長い記憶と共に、空の階段を上り進めた。

 

 灰谷が小夜を連れて戻ってきた深夜、日暗は2人をどう扱うべきか、自室で思案していた。天地の境界の管理人として、地上の少女を天上に入れることはできない。

 しかし、日暗が管理人になったのは、地上を守るためだ。日暗は手を伸ばし、戸棚から黒色結晶のケースを取り出す。結晶は卓上灯りに照らされ、紫色に乱反射した。暗い光から、佳宮と出会った洞窟が蘇った。

 4年前、自分が地上から帰った時と何ら変わっていない。

 このままで良いのか?


「それは何ですか?」

 振り返ると、小夜が部屋の中にいた。日暗は驚きを隠し、答えた。

「これは地上の石だよ。知らないか?」

 灰谷の話だと、この少女も洞穴に住んでいたという。小夜は首を振った。その目は黒色結晶に釘付けになっていた。

「君も黒が好きなんだな」

「闇の中にいると安心します」

 小夜はなお、石に魅入っていた。


「白爆は親と姉の命を奪いました。わたしは白を恨んでいます」

 結晶に注がれた小夜の目は怒りに燃えていた。

日暗の脳裏に地上の光景が浮かんだ。白い灰の地、救いを求めてさまよう人の列、崩れ去る亡骸。


 日暗の中に、ある答えが浮かび上がった。

「天上の職人が空を描いていることは聞いたか?」

 小夜は小さな声で、はいと答えた。

「この石は空を黒くすることができる」

「黒色は禁止されているんですよね? でも、白爆を受けたわたしたちは、黒い空を求めています」

 小夜は怖がることなく、純粋に訴えた。

「そう。君たちを白色から守ることができる」

 日暗はほとんど自分に言い聞かせていた。黒色結晶の採取、白色結晶の調査、この4年間で全ての準備は整っている。日暗は心を決めた。


 小夜を自室で休ませ、佳宮と佳也を呼んだ。2人が来るまでに計画をまとめ、白色結晶を処分すると伝えた。終わりまで聞くと、兄の佳也が先に口を開いた。

「本当に良いんですか? もう、戻れませんよ」

「決めたことだ」

 日暗の意志を見極めると、佳也は頷いた。

「分かりました。だったら全力で協力します」

 単身で行動しようとする日暗と共に行くと申し出た。


 続いて、佳宮が尋ねた。

「あなたは最後の結晶で空を修復するつもりですね? ご自分の身を捨てて」

 佳也と佳宮の視線のなか、日暗は何も答えない。沈黙の末、佳宮が言葉を継いだ。

「わたしが代わります」

「何を言うんだ!」

 佳也は妹に激怒した。佳宮は横目で兄を見、言い放つ。

「わたしはあの日、死ぬはずだった。この日のために生かされていたのよ」


 日暗は言い争う兄妹を止めた。

「これ以上、2人を白爆の犠牲にしたくない。佳宮はここで待っていてくれ」

 3人は過去を振り返るよう、長い間、黙っていた。

「あなたが望むなら、その通りにします」

 火傷を逃れたうぐいす色の瞳が、日暗をじっと見つめていた。

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