第41話 緊急飛行

 みどりと紺藤が日暗の病室に走っていくと、眠っていたのは地上の門のパイロットだった。

「日暗さんはどこにいるんだろね」

 振り返ると、警備服に着替えた葵がいた。

「あ、葵さん。まだ安静にしていないと」

 紺藤が言う通り、葵はまだ柱に身を預けて立っていた。


「十分休んだ。頭は使える。それより、あの白いまだらは何だ?」

 葵は空に目をやった。

「あれは白色結晶が爆発した跡です」

「何だいそりゃ。修復はどうなってるんだ?」


 紺藤は潤次たち職人から聞いた話をした。空の修復に白色絵の具が足りず、爆破を逃れた白色結晶を使うことになった。空の階段は人払いされ、警備は入り口だけらしい。

「ってことは、階段は空っぽじゃないか。その危険な白色結晶は誰が使うんだ?」

 みどりたちには答えられなかった。もしかして......背筋がぞっと寒くなった。修復のために誰かが犠牲になるの? 


「紺藤、高空機操縦の講習はどこまで行った?」

「え? 第3部を終えたところですけど」

「よし。飛ぶぞ」

 朝、みどりは屋上に救急用機体があるのを見ていた。葵はあれに乗るつもりだろう。

「ええ? まだ免許を取った訳ではありませんよ?」

「第4部は悪天候と救急救命の教習だ。今日の空は飛べる」

「飛ぶってどこへ?」

「最上層に決まってんだろ」

「いや、でも......」


 みどりは手を挙げて割り込んだ。

「あ、あの......!」

 2人の注目を浴びて一瞬怯んだが、今更挙げた手は下ろせない。

「病院の救急パイロットに頼んだら良いんじゃないですか?」

「関係ない人を巻き込むつもりはない」

 葵はぴしゃりと意見を却下し、紺藤に向き直った。

「わたしの言う通り飛べば大丈夫だ」

「本気ですか?」


 葵は廊下に歩き出してバランスを崩した。紺藤とみどりが支えた。葵は自身の身体に舌打ちした。

「葵さん! 無茶しないでください」

 葵は紺藤に借りた肩をとんと叩いた。

「紺藤、わたしと一緒に死んでくれるか?」

「......いえ、一緒に生きますよ」

 紺藤と葵は2人とも微笑んだ。

「決まりだな」


 みどりと紺藤が葵を手伝いながら、屋上まで上った。吹き抜ける風が冷たい。紺藤が緊張した面持ちで高空機の点検を始めた。座席に着くと、葵はみどりに言った。

「助かったよ。ありがとう」

 みどりの役目はここまで、と言うことだ。だけどもう、待っているだけじゃだめだ。


「わたしも行きます」

 葵は厳しい目を向けた。白陽と重なって見えた。

「言っただろう? 一般人を巻き込む訳にはいかない」

「わたしは一般人じゃありません。これから空色職人になるんです。紺藤さんは操縦で手が離せませんよね? わたしがいれば、葵さんの代わりに動けます」

「遊びじゃないんだぜ?」

「分かっています」


 葵は頭をかいた。

「ぐずぐすしてらんないな。紺藤」

 見守っていた紺藤はいきなり呼ばれ、は? と声を漏らした。

「前言撤回、本気出しな。落ちたら承知しないよ」

「はい」

 紺藤は運転席に着いた。

 

 葵は真後ろの席に座り、紺藤の様子を見る。みどりは葵の隣りに座った。 

「研究層の基本ポジションは?」

「圧力A、エンジンレベル2、羽力は柔」

「よし。飛べ!」

「はい!」

 高空機は飛び立った後、右側に傾き、ぐらついた。

「バカ! 勢いつけ過ぎだ」

「すいません。気負いました」

「あー、まったく。教習だと思って冷静にやれよ」

 大丈夫かしら? 2人の会話は面白いけど笑えない。


 紺藤の運転がようやく落ち着いた頃、葵が尋ねてきた。

「あんた名前は?」

「みどりです」

「みどりね。よろしく。女の子にしちゃ、力あるんだな」

「よく言われます」

 葵はそうか、と愉快そうに笑った。


「もしかすると、本当に力を借りるかもしれない。良いか?」

「はい。初めからそのつもりです」

 ほお、と葵は感嘆した。

「女の意地は男より固いねえ」

 紺藤が動揺したのか、機体が微妙に揺れた。真面目に飛べ! と葵が叱咤した。


 今度は役に立つ。みどりは緊張しながらも、興奮していた。

 3人を乗せた高空機は無彩色の空を突っ切った。

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