第38話 空の階段

 青人は黒と白が入り交じる奇妙な空の下、警察署から空の階段まで走った。研究層を東から西へ横切り、息が切れそうだ。

 しんどいけど、一刻も速く行かなくちゃいけない。たった1つ灰谷さんに託されたことだ。


 これから何が起こるんだ?

 空の修復が邪魔されるんだろうか? 警備は厳しくなっているはずだが、そこを突破されて黒い空になったんだから、絶対安全とは言えない。少しでも遅れれば、何か重大なことを取り逃してしまう。そんな気がした。気温が下がる一方の大気に白い息が上がった。


 やっと階段の入り口に差し掛かった。行く先に黒い霧が立ち込めている。そのまま漂う霧に入りかけると、意識が遠退いた。

 いけない!

 慌てて飛び退き、澄んだ空気を吸い直した。急に襲われた眠気からなんとか意識を起こした。この黒い霧で警備をかいくぐったなのか?


 誰かが上に侵入している。無闇に突っ込んでも意味がない。だけど、早く行かなくちゃいけない。通報するにも、通報機を探す時間が惜しい。どうすればいい? 

 思い立って、木の枝にランタンから火を移して放ってみるも、霧に飲まれて消えてしまった。だめだ。

 役立つものがないか身辺を探ると、青色の霧絵の具の小瓶がある。目の覚めるような鮮やかな青色だ。目の覚めるような……?

 

 青人は手の中の青色を見つめた。

 筆拭き布にありったけの青色を含ませ、首に巻きつけた。青い霧を深く吸い込むと、全身の神経が隅々まで冴え渡った。

 行ける。

 口元を押さえ、もう1度深呼吸をする。地面を思い切り蹴って黒い霧の中に舞い込んだ。


 階段の通路は霧が渦を巻き、恐ろしいほど真っ黒だ。霧は生暖かく、身体を圧迫する。まぶたが重くなり、やむなく目をつぶった。階段はそれぞれの門で折り返すほかは、真っ直ぐ伸びている。壁を伝い、今まで上った感覚を頼りに足を運ぶ。 

 黒い霧の中で、体は思うように動かない。水の中を歩いているようだ。やっとの思いで下層の門まで辿り着いた。どこまで続くんだ? 霧が最上層の門まで充満していたら、とてもじゃないけど、保たない。警察署から、いや、白色結晶を巡って、朝から走り通しだ。


 おれの意識と黒い霧、どっちが先に消えるか。

 こんな所で倒れる訳にはいかない。この先に黒い空の犯人がいる。何をするつもりか分からない。80年前と同じく、真相を闇に葬ってはいけない。こんなこと、2度と起こしてたまるか。

 灰谷さんも、みどりも、天上も地上も、この空の下の人たち、みんなを守りたい。

 青人は考えるのを止め、階段を上ることに全神経を集中させた。

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