第35話 ブラックアウト

 白陽は空の階段を目指す最短ルートを歩いた。未修復の空の下、森は薄暗い。急に寒くなったせいで、若い葉はつやを失い、哀れに揺れていた。側を流れる川は奇妙な空を映して光る。

 走空車はわざと置き去りにした。白陽は試していた。


 相手が複数なら、1人で来たのも無駄で終わってしまうかもしれない。現に後の爆破がほぼ同時に起きたのだから。ただ、引っかかるのは、白色結晶の爆破までにどうしてこれほどの時間を要したかだ。

 今日は空が黒く染まってから、4日目だ。丸2日間、大きなことは何も起こらなかった。協力者がいるなら、黒い空にした後、すぐに白色結晶を処分できたはずだ。いや、むしろ白色絵の具同様、先に処分することだってできた。

 そうしなかったのは、単独で動いているからだ。

 また、黒い空を誰かに見せつけたかったのではないか? それは個人にかもしれないし、あるいは......。あるいは、天上全体かもしれない。


 枯れた草を踏む音がした。白陽はハッと我に返った。

 誰かいる。

 思考に浸かり、注意がそれていた。行く手に高空服姿の男が立っていた。帽子を深く被り、右手には包帯が巻かれている。白陽は無意識に微笑んでいた。

「本物の佳也は眠っているだろう?」

 相手は帽子を取った。


「日暗」

 最後にあったのは3年前だ。彼の目は暗く光っていた。白陽の知っている日暗ではなかった。

「なぜだ?」

 日暗は何も答えない。何を言い出すか、はかっているようだ。だが白陽は待つことにした。日暗自身に語らせたかった。長い沈黙の末、日暗は口を開いた。

「白色結晶は危険だ」

 やはりそうか。最初は空の修復を阻止するために結晶を破壊したのかと思った。しかし、本当の目的は白色結晶の破壊そのものだったのだ。


「結晶は白爆の原料なのか?」

 いきなり『白爆』という言葉をぶつけると、日暗は怒りを露にした。

「空の色が殺生に使われるなど、許せるか?」

 白陽は何も答えなかった。空に携わるものなら、誰もが同意するだろう。しかし、今の日暗を肯定する訳にはいかない。おそらく、日暗は……。


日暗は静かに言った。

「結晶を渡せ」

「死ぬ気か?」

「今の気象は異常だ。これ以上、空は待てない」

 自らの手で終止符を打つつもりだ。人が空の回復を待てないのではなく、空が異常な気象を許さないというのか。 

「おれが生きていてどうする?」

 白陽は日暗の胸ぐらを掴む。その手は怒りに震えている。

「死なせてたまるか!」

 日暗は無抵抗に白陽を見つめる。白陽は三日月のように鋭利な目を向けた。

「生きて告発しろ。白色結晶は僕が使う」

 友人を黙って死なせるものか。


 日暗が何かつぶやいた。

「やっぱり違ったな」

「何だって?」

「白陽。光はお前だ」

 日暗は笑っていた。

「お前が光で、おれが闇だ」

 遠い記憶が蘇った。

 ――闇を怖れることはない。

 生徒時代、自らの性格を嘆く白陽にかけた、日暗の言葉だった。


 白陽は隙を突かれ、日暗に突き飛ばされた。地面に体を打ち付けられ、痛みが走る。すぐに立ち上がれない。視界は真っ黒だ。

 白陽の意識はここで途絶えた。

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