第34話 葵の証言
みどりは病院の窓から黒い空に上がった白い渦をにらんだ。病室の前で、日暗が起きるのを待っていた。
白陽と青人が出ていってから2度の震れが襲い、院内も不安の声が広がった。怪我人が運ばれて来なかったのが不思議なくらいだ。みどりが耳にしたのは、爆発した3カ所とも霧絵の具製作所の研究施設だということだけだ。
だけど、あの爆発は白爆に関係しているに違いない。
「ずっとここにいたのかい?」
みどりに声を掛けてきたのは紺藤だった。
「わたしには待つことしかできないので」
白陽の鋭い眼差しを思い出した。走空車の前に飛び出した自分の軽率さに、嫌気が差す。
「そんなに落ち込むことないよ」
「見てたんですか?」
未熟なところを見られて恥ずかしい。ありがたい言葉だけど、自分を簡単に許せない。
「僕なんてしょっちゅう怒られてるよ。失敗する度、ひとつひとつ学んでいくしかない」
紺藤は隣りに並び、一緒に窓の外を見上げた。
「それに怒ってくれるのは、愛情だ」
「愛情、ですか?」
思っても見ない言葉だ。白先生と愛情とは全く結びつかない。
「そうだよ。自分のエネルギーを使って、教えてくれるんだから」
空を見上げる紺藤の横顔は優しかった。この人は誰のことを思い浮かべているんだろう?
「あれは......」
紺藤が窓の下を見、つぶやいた。みどりも身を乗り出した。全身真っ白の人たちが病院に向かっている。まさか、白爆の被害者?
みどりたちは病院の外へ駆け出した。2人の男が老人の肩を支えている。紺藤が声を掛けた。
「乾爺! 大丈夫ですか?」
「紺藤さん。あなたこそ回復したんですね」
「潤次さんたちも真っ白だ」
紺藤が傷そうな顔をすると、潤次たちは笑ってみせた。
「修復作業でこの通り。おれたちは大丈夫ですが、乾爺は年だから診てもらおうと思って」
この人たちは空の修復をしていた職人らしい。それまでうつむいていた乾爺がキッとにらみつけた。
「まだ現役だ」
反論できるくらいには元気なのだ。若い職人たちはにっと笑う。紺藤はもう1人の職人と代わって、潤次と一緒に乾爺を病院へ導く。
「修復はどうですか?」
「おれたちはお役御免だ」
「どういうことですか?」
いきなり質問したみどりに、潤次は答えるべきか躊躇した。
「教えてください」
紺藤が重ねて尋ねると、1人歩く職人が答えた。
「修復に白色結晶を使うんだ。それ1つで空が直るすごい威力を持っているらしくって、危険だからと追い払われた。階段も上の層も、入り口の警備員以外、誰もいない」
「危険って?」
「結晶は飛び散った破片に触れたものを白い灰にしてしまうんだそうだ」
白い灰? みどりの心臓がドクッと脈打った。
「白色結晶のことを、おれたち職人も初めて知った。あの爆発もそいつが原因らしい」
白い灰と激しい爆発。まさしく、話に聞く白爆と同じだ。白色結晶は白爆なんだろうか? そんな恐ろしいものが修復の切り札になっているんだ。潤次は悔しげに顔を歪ませた。
「データ描写での修復は不可能と判断し、最終手段に出るつもりらしい」
乾爺を病院の中まで運び込むと、看護士が紺藤を呼んだ。
「葵さんとお会いできますよ」
「本当ですか?」
若い職人がすかさず間に入った。
「紺藤さん、ありがとう。どうぞ行ってください」
紺藤は礼を返して入れ代わり、即座に走り出した。看護士が走らないでください! と叫んだが、立ち止まりはしない。遅れて葵の病室に着いたみどりは、初対面で入るのは気が退け、開いたままの入り口に立った。
「紺藤、無事だったか」
葵は片目をつぶり、上体を起こした。体が痛むのだろう。紺藤は慌てて手を振った。
「無理にしないでください」
「そんなに弱っちゃいないよ。それより、何があったか教えてくれ」
「空が黒くなりました」
「そうか......」
葵の口ぶりは予見していたようだ。
「何か覚えていますか? 僕は記憶が曖昧で」
「覚えてないのか? あの黒い霧のせいかもしれないな」
「黒い霧?」
思わず声に出してしまった。葵がみどりに気付いた。
「君は?」
返事ができずにいると、紺藤が紹介してくれた。
「職人学校の1年生、青人の後輩ですよ」
「へえ、あいつが人の面倒を見れるようになったか」
葵さんも青人を知っているんだ。みどりが遠慮がちに病室に入ると、葵は続きを話した。
「夜、階段の下から黒い霧が出た。その先が見えないくらい、真っ黒い煙が湧いたようだった。わたしは相手を待ち構えようと、最上層に入った。驚いたことに、中に灰谷がいたよ」
「灰谷が? 昼間に彼が来たという話はありませんでしたよ」
「あいつは霧絵の具製作所の作業着を着ていた。おそらく、絵の具搬入に紛れ込んだんだろう」
みどりは黙っていられず、会話に割り込む。
「それって、灰谷さんが犯人だってことですか?」
「いや、あいつは危険を察知して来たとか言っていた。その後、門が開いて、詳しい話を聞く余裕はなかった」
「誰が来たんですか?」
葵は眉間に手を当て、記憶を探った。
「そう。日暗さんだ」
みどりと紺藤は息をついた。
「日暗さんなら犯人を追いかけて......」
紺藤は言いかけて止まった。
「いや、違う。あの人が倒れたのは、階段の入り口だったはずだ」
みどりは廊下へ飛び出した。日暗の病室へ走る。短い時間でも、目を離したことを悔やむ。後ろから紺藤の足音が聞こえる。病室に辿り着き、扉を開け放った。
ベッドには男が寝ていた。良かった。みどりは肩で息をした。今日は走ってばっかり。
遅れた紺藤が背後で声を上げた。
「この人は日暗さんじゃない」
「え?」
「地上の門の高空機パイロットの、佳也さんだ」
じゃあ、日暗さんは最初からここにいなかったってこと? 白先生は知っていたの?
みどりは目の前で起きていることに、全くついていけなかった。
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