第32話 影の正体

 黒色に白い筋が混ざり、空は濁った姿を見せた。

 山吹は目的の場所へ行く前に、紅のアトリエを目指した。白陽が描いた地図は、桂林付近を示していた。青人に言われなくても、行くつもりだった。1人でいる紅が心配だ。暗い道を行く足を速めた。


 アトリエに辿り着くと、紅花と茜の畑が目に入った。残された花は黒ずみ、枯れていた。紅が丁寧に手入れをしていたのを思い出し、胸が痛む。

 扉を叩くと、現れた紅の顔色は冴えなかった。山吹は何か冗談でも言おうとしたが、口を閉じた。並んだ鉢と一緒に、大きなトランクがあった。

「何かあったのか?」


 紅は質問に答えず、別なことを言いだした。

「山吹にお願いがあるの。わたしの代わりに、この子たちに水をやってくれる?」

「帰るのか?」

 紅は視線を落としたまま、頷く。昨日の朝と、明らかに違う。

「何かあったんだな?」

 山吹は紅ににらまれた。その目が見る間に赤くなっていった。

「わたしには訳が分からないわ」

 大きな目から今にも涙が溢れそうだ。

 

 紅の背に手をやり、話せるようになるのを待った。紅は目を左右にさまよわせた後、やっと話した。

「昨日の夜、灰谷さんが来たの」

 昨日の夜? じゃあ、灰谷さんは白い部屋に来る前、紅に会っていたのか。

「山吹が出て行った後、畑の近くで倒れた小夜という女の子を助けたの。夜になって、灰谷さんが現れた。小夜がいるって分かった途端、あの子のいた部屋に飛びついたわ。だけど、小夜は窓から逃げていて、灰谷さんは跡を追っていった」


 灰谷さんが追う女の子? 山吹は今までの記憶を辿った。正体の知れない女の子……そうだ。

「もしかして、黒い服の女の子か?」

 紅は目を見開いた。

「山吹も小夜を知っているの?」

 間違いない。黒い空になる前、青人が空の階段の側で見た女の子だ。黒服に身を包み、暗い目をした影のような女の子だと言っていた。まったく、青人は勘の良いやつだ。

 灰谷さんが地上から連れてきたのは、小夜だ。


 山吹は紅の手を取り、立ち上がった。

「行こう、紅」

「行くってどこへ?」

「黒い空の犯人の家へ」

「犯人って、山吹は知っているの?」

「まだ分からない。だけど、ほとんどそうだ」


 山吹は紅に事実を話すことにした。

「灰谷さんは黒い空の容疑者として捕まったんだ。そこへ行けば、灰谷さんの疑いを晴らす証拠を見つけられるかもしれない」

 紅にいつもの強さが戻ってきた。

「分かった。わたしも行く」


 こいつは灰谷さんのためなら、力が湧くんだな。

 とうに分かっていたことなので、今更がっかりはしない。むしろ、いつもの覇気を取り戻してくれて良かった。それに、灰谷の無実を証明したい気持ちは変わらない。

 2人は暗い森へと歩き出した。

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