第31話 最後の結晶

「それじゃあんまりです」

 梨木の抗議は、白い部屋の白鳥石に反響した。

「ここに白色結晶があることはすでに知られているのですから、待っていても仕方ありません」

「だからってわざわざ持ち出す方が危険でしょうが」


 こともあろうか、白陽は結晶を最上層に1人で運ぶと言う。梨木にはさっぱり理解できなかった。この部屋には結晶を守るための厳重な仕掛けがなされている。ただし、その仕掛けを相手は知っているようだが。

「向こうは貴重な結晶を無駄にはしないでしょう」

「どういうことですか? 霧絵の具製作所の結晶は全て爆破されたんですよ?」


 いつも以上に分からない人だ。白陽は返事もせず、部屋の奥の壁へ歩み寄る。壁一面、正方形の白鳥石であしらわれている。白先生は右下の隅にかがみ、石を力一杯押す。石はわずかに動いたものの、十分ではない。

「やはり1人ではだめですね。手伝ってください」

「嫌です」

 断固として譲らない梨木に、白陽は鋭い目を向ける。

「この部屋の管理人はわたしです。結晶をどう扱うか、決定権はわたしにあります」


 いつも理路整然とものを言う人が、権限を盾にする。納得がいかない。

「どの道、修復には白色結晶を使うしかないでしょう。いずれは最上層へ運ぶことになります」

「まだ修復会議は始まったばかりです。決定されてからで良いでしょう?」

「それでは遅い」

 白陽は何かを確信しているかのように言う。

「相手は必ず結晶を取りにくる。いざとなったら、わたしが使うまでます」

「あんたって人は......!」

 自ら命を落とす必要がどこにある?


「だったらおれも行きます」

「駄目です。もし彼がここに来たら、捕まえるのがあなたの仕事です。それに、あなたには大事な人がいるでしょう?」

 梨木の頭にカッと血が上った。

「あんたが死んだら誰も悲しまないとでも思ってんですか?」

 白陽は視線を落とし、深いため息をついた。観念したか。梨木は何と言われようと反対するつもりだった。

 

 だが、白陽は思っても見ないことを言い出した。

「これはわたしのわがままです」

「……何ですって?」

「もし本当に日暗が来たら、彼を止めたい」

 それは紛れもなく、個人の意志に他ならない。

「どうしても1人で行くつもりですか?」

「わたしは大事な友人を2人も失いたくはないんです」

 白陽の意志は固かった。この人はもう、何を言っても折れないだろう。

「どうなったって、知りませんよ」


 梨木は白陽と共に白鳥石に手を突いた。

 息を合わせ、全体重を掛けて石を押す。石はガタリと動いた。壁全体が震え、ガタガタと音を立て始めた。2人が側を離れると、押し込んだ石は震動し、前に迫り出た。次々と石が突き出て、ついには壁の対角線を結ぶ階段となった。

 現れた階段を白陽が上っていく。天井へ伸びた階段はかなりの高さだが、手すりも何もない。白陽が踏み出す度、固い白鳥石がカツンと響いた。梨木は初めて目にした巨大な階段の下、見守っていた。


 白陽は1番上の石の前に立つと、白銀の鍵を鍵穴に差した。鍵を手掛かりに石戸を開く。中から取り出されたのは、美しい白色結晶だった。ケースに仕舞われていても、眩しいほどの輝きだ。だが、純白の結晶は美しいだけではない。破壊的な力を内に秘めている。


 梨木は説得できなかった自分を、不甲斐なく思った。せめて。出ていく白陽を呼び止めた。

「生きて帰ってきてください」

 白陽は何も言わず、薄く微笑んだ。

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