第30話 修復会議

 霧絵の具製作所長は、緊急に黒い空の修復会議を開いた。会議にはそうそうたる顔ぶれが集まっていた。空色職人や投影技師など各代表者とその職業学校長、白色結晶研究部などの研究機関責任者、上空警察長官、空の階段警備団長......といった面々だ。


 議題は黒い空の修復に唯一、残された白色結晶を使うか否か、だ。空色職人学校が結晶を所有していることは、学校長と霧絵の具製作所長以外、初めて知らされた。

 白色結晶を使えば、黒い空は直ちに元通りになる。だが、結晶の使用には危険が伴う。


「白色結晶を高空機から落としてはどうでしょうか?」

 上空警察長官の提案を、空色投影技師代表が即、却下した。

「確実に修復するなら、最上層の投影室内で使わなくてはなりません」

「それに最上層には高空機の入り口がない」


 高空隊長が無念そうに言う。天上の各層は勝手に行き来できないよう、角膜に覆われている。高空機が開発されて以降、築かれたものだ。各層の移動は、空の階段を昇降するか、地盤に開けられた高空機用の入り口を通るかである。

 しかし、空の安全を守るため、最も影響力のある最上層には入り口がない。また、地上の航空機の事故のように、角膜を破壊して突破するという方法も考えられる。

「かと言って角膜を傷つけると、結晶が爆発した際、天上全体にダメージが伝わる可能性がある。非常に危険だ」

 高空隊長はなお渋い表情をした。霧絵の具製作所、白色結晶研究部長が付け加える。

「本日の結晶爆発からお分かりでしょうが、ケース内での爆破は空を完全に修復できません。結晶で確実に修復するためには、ケースから取り出す必要があります」


 霧絵の具製作所長は確固たる口調で意見を述べる。

「製作所のタンクにまだ白色絵の具が残されています。時間は掛かりますが、これまで同様、データ描写で修復するのが最善策ではありませんか?」

 空色職人代表が首を横に振った。

「残念ながら、白色絵の具は足りないでしょう。最上層の洗浄にも大量に消費してしまいましたので」


 一同が思案する中、天上の街総括が切迫した様子で語り始めた。

「人々の生活のためにも、早々にけりを付けるべきだ。明けない暗闇の下、誰もが不安を募らせている。80年前と同じく、天上が凍り付いても良いのですか?」

 過去の過ちへの訴えは、参加者たちを唸らせた。

「白色結晶を使うしかないでしょう」


 問題は誰が結晶を使うのか、である。

「灰谷に使わせてはどうですか?」

 勢いに乗った天上の街統括が提案した。上空弁護団長が手を挙げた。

「しかし、灰谷は審理が不十分です」

「慎重な審理も大事だが、彼が事件に関わっていることは紛れもない事実でしょう。残酷ですが、他に適当な人物がいるでしょうか?」

 天上の街統括の問い掛けに、参加者たちは静まった。


「お言葉ながら」

 沈黙を破ったのは、空色職人学校長だった。

「弁護団長のおっしゃる通り、灰谷にはまだ不明な点が多過ぎる。そうですよね、警察長官」

「その通りです。彼を逮捕したのは爆破直後。彼に爆破は不可能だ」

 警察長官の言葉にも、天上の街総括は引かなかった。

「時限爆弾など遠隔操作が可能なのでは?」

「複雑な技術を用いることは、やはり灰谷にはできません。仲間がいるか、あるいは......」

 参加者は警察長官の言葉に聞き入る。

「冤罪の可能性も拭えない」


 十分な沈黙を取り、空色職人学校長は再度、話し始めた。

「わたしたち空色職人は、未来ある若者を誤って失いたくありません。それよりも、安全に白色結晶を使う手だてを探すべきではありませんか?」

「それが分かったら苦労しない」

 天上の街統括のぼやきを学校長は聞き逃さなかった。

「これは、難儀を解決するための会議ではありませんか。これだけの知恵者が集まっているのですから、必ず最善の道を導き出せるはずです」


 霧絵の具製作所長は顔の前で両手を組み、学校長を見据えた。聡明なやつだ。いや、だからこそ助かる。しかしながら、警察長官の冤罪という言葉は聞き流せない。他の容疑者でもいるのか?

 所長は時計を盗み見た。この会議は後どれくらい掛かるだろうか?

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