第29話 集合と分散

 白陽は夜の森を走空車で走り抜けた。霧絵の具製作所に向かった時と比べようにならないほど、猛スピードだ。青人の視界から、風景が目まぐるしく飛び去っていく。目が回る。

 白陽はほとんど独り言のように話し始めた。

「日暗は明るく、面倒見が良い性格でした。弱い者を放っておけない質なのです」


 光の輪が見えて、実習棟に向かっているのだと気付いた。赤いサイレンが回っている。もう警察が来ているんだ。白いの部屋の前に人が集まっている。

「君が灰谷を救いたいように、わたしも日暗を救いたい」

 白陽は走空車の高度をぐっと下げ、実習棟の入り口に滑り込んだ。停まった瞬間、2人は飛び出した。警察の走空車を横目に、円形の廊下を走る。


 白い部屋の前には、警察官2人と梨木、それに山吹がいた。山吹も同じく、青人が来たのに驚いた。白陽と青人は警官に身元を問われ、今来た霧絵の具製作所の状況も話すことになった。

「こちらで何があったんですか」

 ようやく白陽が口を挟むと、梨木が素早く答えた。

「灰谷が捕まったんです」

「灰谷さんが?」

 青人は思わず声を上げてしまった。山吹を見ると、重々しく頷いた。


「卒業生が学校に来ることは当たり前ですが?」

 白陽の言葉に、警官は顔をしかめた。

「我々は空の階段から逃亡した灰谷を追っていました。彼を目撃したという通報により、ここへ来たのです」

「通報したのはこの人たちではないんですか?」

 警官は眉をひそめた。

「ええ......まだ不明です」

「通報者はあなた方が灰谷を捜していると知っていたのですね」

「広く捜査をしていましたので、誰かしらが知っていて当然です」


 警官たちは白先生を面倒に思ったのか、さっさと引き上げていった。その背中を見送ると、白陽は梨木に尋ねた。

「結晶は無事ですか?」

 梨木が頷く。結晶って、白色結晶のことか。それで白先生はここに駆けつけたんだ。白陽は話を続けた。

「灰谷が来た時の様子を教えてください」

「3度目の爆発の後、棟全体の灯りが落ちたんです。おれがブレーカーを見にいき、山吹を部屋で待たせました」

「木先生が離れてすぐ、闇に紛れて誰かが部屋に入ってきて、足を払われました。それが灰谷さんでした」


 白陽が頭を下げた。

「申し訳ありません。君を危険な目に遭わせてしまいました」

「いえ、大したことないんで」

 山吹が恐縮して手を振る。梨木が割り込む。

「後で罪になると困るんで、山吹には悪いが、警察には話していません」

「おれもその方が嬉しいです」

 灰谷さんにしては手荒なやり方だ。あの人は無為に人を傷つけたりしない。


 白陽は目を細めた。

「山吹くんも外に誘導するか、内鍵を掛けて梨木さんを閉め出すかすれば良いのに、あえて捕まりやすい手を取っているように思えますね」

 梨木が、それに、と付け加える。

「気になるのが、灰谷が部屋の奥へ迷わず走っていったことです。なぜこの部屋に来たのか問いただしても、何も答えませんでした。それから、3度目の爆発後に即、灰谷が来ました。まるで打ち合わせたかのように。爆破は別の人間の仕業ですよ」

 その2、3度目の爆破もほとんど同時だった。犯人は複数いるんだろうか。

「しかも警察がやって来たのはおれが灰谷を捕まえたすぐ後です。あんまりにもタイミングが良過ぎる」

 つまり通報は灰谷が白い部屋に入るの前だ。


「それから、灰谷はこれを持っていました」

 梨木はポケットから鍵を出し、白陽に渡した。

「黒い絵の具の部屋の鍵です。警察に見つかると面倒なんで回収しました」

 みどりの話だと、黒い部屋から黒色絵の具が盗まれたはずだ。まさか、絵の具を盗んだのは灰谷さんなのか? 様々な疑問が青人の頭の中に渦巻いた。パンクしそうだ。


 話を聞いていた白陽が青人と山吹に振り向いた。

「君たちに協力してもらうのはここまでです。ありがとうございました。後はわたしたちに任せてください」

 さっさと部屋に入ろうとした白陽を、山吹が呼び止めた。

「黒い空の犯人は、白先生が疑っている人なんじゃないですか?」

 白陽は背を向けたまま、何も答えない。


「犯人は前もって白色絵の具のタンクを傷付けたり、白色結晶を続けて爆破したり、すごく計画的です。だけど、ここでの灰谷さんの行動はずさん過ぎる。灰谷さんは犯人じゃない」

 そうだ。その通りだ。さっきから、白先生と木先生もそう言っている。青人は山吹の言葉で混乱した頭がはっきりした。


「何とか灰谷さんの疑いを晴らしたいんです。何かできることはありませんか?」

 白陽が振り返った。その目は鋭かった。

「これから行動するのは、今まで以上に危険ですよ?」

「分かっています」

 白陽はじっと山吹を見つめ、梨木はにやりと笑った。

「根性あるじゃねえか」

 梨木の言葉に、白陽も薄く笑った。

「わたしもまだ調べていないところがあります」

 白先生は簡単な地図を描き、山吹に渡した。

「くれぐれも気を付けて。繰り返しますが、身の安全を第一にしてください」


 2人で実習棟を出ると、山吹は青人を振り向いた。

「青人は灰谷さんのところに行け」

「山吹、1人で行くのか?」

 山吹は神妙な顔で頷く。

「灰谷さんは一言も話さなかった。おれも全然、何て言ったら良いのか、分からなかった。だけど、青人には何か話してくれるかもしれない」

 青人にはよく分からなかった。灰谷にとって、山吹も同じ後輩だ。

「次から次へと訳の分からないことが起きた。これからもそうなんじゃないか? 早く解決しなくちゃいけない。だから青人は、灰谷さんに直接聞いたら良い」

 青人は親友の言葉に頷いた。

「分かった。山吹、気を付けろよ」


 山吹がお前もな、と行こうとした背中に、青人は呼びかけた。

「紅のところに寄ってけよ」

「えっ?」

 振り向いた山吹は、目を見開いていた。

 もうお見通しだぜ。

 青人は山吹に親指を立て見せ、行くべき道へ急いだ。

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