第27話 霧絵の具製作所

 青人と白陽は走空車で、白い煙の上がる西の森へと向かった。白い煙は上空の黒色にいくつも筋を伸ばし、じわりと滲んでいた。森の上へ出ると、煙の元は霧絵の具製作所だと分かった。


 青人は病院に置いてきたみどりが気掛かりだった。白陽が言うように、走空車の前に飛び出したのは危険な行為だ。あの時、残れと言われたみどりの手は震えていた。大人しく病院にいてくれれば良いけど.....離れたのが良い判断だったか、分からない。みどりのお父さんによろしくと言われたばっかりなのに。やっぱり一緒に行動するべきだったか。


 白陽は煙を見据えながら尋ねた。

「君はみどりさんから実習棟の黒色絵の具のことを聞いたのでしょう?」

 ごまかしてもしかたない。素直に認めた。

「代わりに知っていることを全て教えてください」

 みどりの親が地上出身だということ以外、今まであったことを白先生に話すことにした。警察が灰谷を疑っていること。灰谷が地上から誰かを連れてきたというメッセージを残したこと。そして地上の門に行ったこと。


 青人が続きを話そうとすると、白陽が止めた。

「おかしいですね」

「何がですか?」

「格子の中がカラだったという点です。本来そこに、地上行きの高空機があるのではないでしょうか」

 あれは高空機を停めるための空間だったのか。

「じゃあ、高空機がどこかに出ていた、ということですか」

「そうでしょうね。また、パイロットはどこへ行ったのか」

「日暗さんじゃないんですか?」

「彼は免許を持っていません。それに管理人は門を離れはしないでしょう。地上への送り迎えは別の人間の仕事です」


 パイロットがいるなんて。あの時、黒服の女性以外に誰かいる気配はなかった。

「その女性も違うでしょう。顔半分に火傷を負っては、視力に支障があるでしょう」

「そう言えば、灰谷さんが帰ってきた時の記録に『徒歩で』と書かれていました。普段、高空機で行き来するからあえて追記されていたんですね」

「天地を繋ぐ階段は相当な距離だと聞いています。階段で来たなら、よほどの理由があったのでしょう」

「地上の人を連れてきたことじゃないですか? あの女の人は、灰谷さんはひとりではなかったと言っていました。ただ、誰と来たのかは教えてくれませんでした。誰かが来たこと自体、記録にも残されていませんでしたし、警察にも隠していました」

「彼女自身だったのではありませんか?」

「え?」

「いえ、憶測です。忘れてください」

 灰谷さんがあの人を連れてきた? それなら、あの人が地上の門にいることも説明できる。


「他に知っていることはありますか?」

 青人はみどりから聞いた白爆の話をした。触れたもの全てを灰に変えてしまう、地上の戦争の兵器のことを。地上のことをなぜ知っているのか、聞かれたらどうしようかと思ったが、白陽は何か考え込んだ。

 製作所の上空は、白い煙のおかげで修復の成果より、遥かに白くなっている。


「あの白い煙は、もしかして白爆なんでしょうか?」

 眩しい閃光と激しい揺れは爆発で起きたんじゃないだろうか?

「君の話より爆発の規模は小さいようだ。だがもしかすると......白色結晶は白爆の原料なのかもしれない」 

「白色結晶?」

「白い霧絵の具を凝縮した結晶です。色結晶は霧絵の具製作所で製造されています。さっきの爆発は結晶で間違いないでしょう。白色結晶は常温で飛散し、触れたものを白い灰に変えるのです。つまり、白爆の性質とよく似ています」


 空色の結晶が白爆の原料? 

 それが本当なら、天上で造られた結晶が地上の戦争に使われているということになる。

 前方に見える霧絵の具製作所は、一部が白くなり、破壊されている。

「彼らが地上で見たのは白爆の惨状でしょう」

「彼らって......」

 その答えを聞く前に、走空車は目的地に着いた。

「行きましょう」

 青人は颯爽と降りた白陽を追いかけた。


 爆発した建物にはすでに警察がいて、立ち入り禁止の帯で囲われていた。危険を知らせる赤いランプが辺りの森を怪しく照らしている。詰めかける製作所の作業員たちを、警官が制止している。

 囲われた建物は天井も壁も穴だらけで、危うげに建っている。露になった室内は石灰のように真っ白だ。周囲の木々も地面も白く削れていた。


 白陽が中へ入ろうとすると、若い警官が止めた。警官は青人と目が合うと、君は、と声を漏らした。灰谷を捜査している警官だった。

「知り合いですか」

 白先生は目を細めた。

「わたしは空色職人学校の講師です。白色のことについてあなた方より知っています。中の様子を拝見すれば、お役に立てるでしょう。それから、彼がまだ話していないことも聞いて頂きたい」

 白陽は肩越しに青人を見た。


「少々お待ちください」

 警官は中に入っていった。しばらくして戻ってくると、青人たちを通した。室内では7、8人の警官があちこちを探っていた。出迎えた年配の警官に白陽が問う。

「何があったのですか?」

「製作所で保管していた白色結晶が爆発しました。原因はまだ調査中です」

 白陽は破壊された室内を観察し、白く変色した柱に触れたりと、様子を窺った。青人も怖々、地面に積もった白い灰に触ってみた。元が何だったか分からないほど細かな粒子だ。

「これほどで済んだのは、ケース内で爆発したためでしょう」

 白先生の言葉に、警察は眉を上げた。

「あなたが白色結晶について知っていることを教えてください」


「白色結晶は万が一の、黒い空の修復のために研究が進められています。常温で爆発するという取り扱いの難しさから、残念ながら実用されていませんが。白色結晶は常温以下に保つケースに収め、保管されています」

「ケースの中で勝手に爆発することはあるんですかね?」

「いえ、ありません。誰かが拳銃で撃ち抜いたりしない限りは」

 その場にいた警官たちが注目した。誰かが、事故ではないということか、とつぶやいた。

「ケースは結晶が持ち運びできるよう、温度変化や落下などの衝撃にも耐えられる作りになっています。安置された結晶が勝手に爆発することなど、あり得ません」

 誰かの手で破壊されたのだとしても、証拠も何も、灰になって消えてしまっただろう。


「ところで、残りの結晶はいくつあるのでしょうか?」

 メモを取っていた若い警官が答えた。

「製作所であと2つ保管しているそうです」

「現在の白色絵の具の在庫状況をご存知ですか?」

 白陽の質問に青人は息を飲む。

「研究者の話では、今ある分でギリギリか、それ以下だという話です」

 やっと修復の兆しが見えてきたっていうのに。黒い空の犯人が空の修復を阻止しようとしているのか? 光の失われた空の下、吹雪の吹き付ける光景が頭によぎった。


 青人は年長の警官と目が合った。

「青人くん、君の話を聞かせてほしい」

 ポケットから紙片を取り出し、警官に手渡した。

「これは?」

「森にある僕のアトリエに残されていました。これは灰谷さんの字に間違いありません」

「天上に連れてきた、とは地上から誰かが来たということか?」

「そうです。地上の門にいた黒服の女性もそう言っていました。誰が来たかは教えてくれませんでした」

 青人は2人の警官も地上の門へ行ったと知った上で、あえて強調した。


「佳宮がそう言ったのか?」

「カミヤ?」

 あの黒服の女性は、カミヤという名前なのか。

「カミヤさんは何者なんですか?」

「佳宮は日暗と同じく、地上の門の管理人だ。2年前、日暗が管理人になった時から、自主的に手伝い始めたそうだ。兄の佳也が地上の門のパイロットになったことがきっかけだと言っていた」


 白陽が話に割り込んだ。

「そのパイロットは今どこにいるのですか? 彼の話だと、高空機もなかったそうです」

「佳也は日暗と共に、灰谷を捜しに研究層まで飛んできたんです。彼は現在、白色の輸送作業に当たっています。腕を負傷したため、高空機は別の人間が使っています」

 若い警官が手帳を読み返し、発言した。

「青人くんの話だと、佳宮と佳也は、灰谷と一緒に来た人物のことを我々に隠したことになります」

 そして兄妹なら、2人は地上の人なのだ。青人は言うべきか迷った。だけど、どうして分かるのか、追求されたら困る。うぐいす色の目の人が地上の人だと言ってしまえば、みどりの素性も知れてしまう。


「他には?」

「え?」

 警察の2人が青人をじっと観察している。心のうちを読まれたか?

「他に知っていることはあるか?」

「白爆の話をしてください」

 白陽の助けで、何とか話を繋げた。

「地上には白爆という、白色結晶に似た兵器が戦争で使われているそうです」

 だけど答えてから、しまった、と思った。その話は誰から聞いたんだ?


 警官が口を開きかけた時。

 轟音と激しい揺れが襲った。さっきと同じだ。ばらばらと頭の上から白い破片が落ちてきた。

「逃げろ!」

 白陽の叫びを合図に、全員が外に飛び出した。爆発で脆くなっていた建物は、白い粉塵を撒き散し、崩れ落ちた。呆気にとられている間に、別の方角から新たな爆発が襲った。


 見上げた空に、3本の白い煙が上がっている。

「まさか」

 残りの白色結晶はあと2つ。結晶は全てなくなった? 

 白陽が再び走空車に向かって走っていった。青人もその後に続く。

 こんなんで、空を取り戻せるのかよ!

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