第26話 白い煙

 みどりは父を見送ると、青人とともに病院の中へ入った。院内は思った以上に落ち着いていて、ほっとした。黒い空の被害者がたくさんいるんじゃないかと心配だった。

 受付で日暗の面会を申し出たが、まだ目覚めていないと断られた。病室の場所だけは教わり、部屋の前まで行ってみることにした。


「青人」

 廊下を歩いていると、長身の男性に呼び止められた。振り返った青人はその人に駆け寄った。

「紺藤さん! もう動けるんですね」

「いつまでも寝ていられないからね」

 みどりは紺藤と目が合った。会釈をすると、相手はさわやかに微笑んだ。

「青人、2人目の彼女か?」

「な、何言ってんですか! 紅は違いますって」

「ってことはこの子は彼女なのか?」

「ええっ! そう言う意味じゃないです」

 紺藤は置いてけぼりのみどりに笑いかけた。

「ごめんごめん。失礼なことを言ってしまったね。僕は空の階段警備員の紺藤です」

「えっと、わたしは空色職人学校1年生のみどりです」


 紺藤はところで、と青人に投げかけた。

「葵さんが意識を取り戻したらしい。今はまた眠っているそうだけど」

 紺藤は心からほっとした顔をしていた。葵さんという人も警備員なのだろうか? 

「待ってるんですね」

 と青人が問いかけると、紺藤さんはああ、と頷いた。

「大事に思っている人は大事にしなきゃね。今回のことでよく分かった」

 大事な人を大事にする......みどりも切実に感じていた。今は無事な人たちも、黒い空が長く続いたら身体も心もバランスを崩すだろう。


「今日は地上の門の管理人の方に会いに来たんです」

 青人の言葉に紺藤は顔を曇らせた。

「あの人はまだ起きていない」

「日暗さんを知っているんですか?」

 青人が尋ねると、紺藤は神妙な顔をした。

「地上の門も警備団の管轄だからね。警察の話によると、事件後いち早く駆けつけて、警察と救急に通報したのは日暗さんだそうだ。仲間を救助しているうち、階段の入り口で倒れてしまったらしい」

 黒服の女性から同じ話を聞いた。日暗さんが犯人を追いかけて倒れたというのは本当なんだ。

「日暗さんは他人を放っておけない人だから。ただ、ご本人が無事に意識を取り戻せるか心配だ」


 みどりたちは紺藤と別れ、日暗の病室へと向かった。話はできないとしても、ここで帰る訳には行かない。起きるのを待つまでだ。日暗の病室の前まで行くと、思わぬ人が出てきた。

「白先生?」

 青人の声に気付き、白陽は目を細め、後ろ手に扉を閉めた。

「みどりさんと青人くん、ですか」


 やばい。みどりは冷や汗をかいた。白先生に秘密にしろと言われた学校の黒い絵の具のことを、青人に話してしまったのを思い出した。青人は白陽に歩み寄った。

「どうして白先生が?」

「日暗は職人学校時代からの友人です。見舞いに来たのですよ。残念ながら、眠っていますが」

 白陽はちらりと背後に目をやった。

「君たちはなぜここに?」

 みどりたちは顔を見合わせた。白先生を怒らせたくはない。どこから話せばいいか。


 その時だ。

 窓の外がカッと白く光った。次の瞬間、轟音が響き渡り、激しく揺れた。森の木がざらざらと音を立てて揺れている。

 白陽は真っ先に窓に張り付いた。

「何てことだ」

 講師は階段を駆け下りていった。みどりが窓の外を見ると、遠くから白い煙の柱が立ち上っていた。青人が白陽を追いかけると、慌てて後に続いた。


 病院の外に飛び出すと、人々が空に伸びた白煙を見上げ、どよめいていた。その向こうに走空車に乗り込む白陽が見えた。

「白先生」

 青人が近くで声を掛けたが、白陽は構わず走り出そうとした。

「待って!」

 みどりはとっさに車の前に出て、両手を広げた。白陽は鋭い目でにらみ、青人は目を見開いた。

「一緒に行きます」

 みどりは一歩も引かなかった。説得する時間を惜しんだのか、白陽はため息をついた。

「良いでしょう。ただし、行くのは青人くんだけだ。みどりさんはここに残ってください」

「な......」

 なぜですか? と言う間もなく、白陽が答えた。

「非常時に冷静に行動できないようでは危険だ。あなたはここで日暗が起きるのを待ちなさい」

 みどりは何も言い返せなかった。その通りだ。無防備な行動をする者は邪魔になる。


 青人がみどりに声を掛けた。

「こっちは任せた」

 みどりは立ち尽くし、2人を見送った。天高く昇る白い煙がみどりを見下ろしていた。

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