第21話 白爆

 みどりは青人と別れ、母親とともに家に入った。1週間ぶりに帰った家はひっそりとした灯りで照らされていた。廊下には細いろうそくが2本、居間ではペンダントライトが1つ灯っていた。

「お父さんは?」

「職場の人たちと街の見回りをしてる。そろそろ帰ってくるはずよ」

 父親は高空機の操縦士だ。見回りは空を飛び回っているのだろう。


 壁に掛かったカレンダーでは写真の中で薄紅色の花が咲き乱れていた。職人学校へ出発した日と変わらない。こんなに早く帰ってくるなんて。変わったのは秋のように涼しくなってしまったことだ。

「みどりが帰ってきて安心したわ」

 母はほっと息をついて、ペンダントライトの下のソファに座った。突然、黒く染まった空の下、独りでいたのは心細かっただろう。聞きたいことはいっぱいあるけど、穏やかな顔を曇らせたくない。みどりはひとまず、隣りに腰を下ろした。


 父は間もなく帰ってきた。疲れていたようだったが、みどりの顔を見て微笑んだ。

「おかえり」

 みどりも、おかえりと返した。ありふれた言葉を特別に感じた。母が食事を温めに、父が着替えに行った間、ソファに深く身を預ける。このまま家にいたら、親も落ち着くだろう。

 だけど、わたしは、わたしにしかできないことがある。


 食事が終わると、みどりはすぐに切り出した。

「聞きたいことがあって帰ってきたの。明日また、研究層に戻るわ」

 母は顔をしかめた。

「どうして戻らなくちゃいけないの?」

 何から話そうか迷っているうちに、父が口を開いた。

「聞きたいことは何だ?」

「黒い空と地上は、何か関係があるの?」


 母は父の顔を伺い、父はみどりをじっと見つめた。何も知らないならそれでいい。だけど、2人の反応から何かあるのは明らかだ。

「地上の門に行って、同じ目の色の人と出会ったの。うぐいす色の目の人は地上の人間なんでしょ?」

 2人とも無言だった。やっぱり。

「その人が『黒も本当の空だ』って言ってた」


 それから、容疑者の灰谷が地上から誰かを連れてきたこと、その誰かを確かめるために天上の街に戻ってきたこと。地上の門の管理人に話を聞くため、研究層に戻るつもりだとも話した。みどりの話を最後まで聞くと、父が話し始めた。

「白爆のせいだろう」

「ハクバク?」

「白い爆弾だ」

 白? 黒と真逆の色の登場に困惑する。


「待って」

 話を続けようとする父を、母が遮った。

「天上の人たちに知られたら、わたしたちはみんな、疑われることになるわ。みどり、覚悟はできてる?」

 みどりは深く頷いた。家族が隠してきた地上の秘密を、今やっと聞くのだ。母がため息をつくと、父は続きを話した。


「白爆は街も人も何もかも、白い灰にしてしまう恐ろしい兵器だ」 

 白爆は落とされた瞬間、網膜を焼き尽くすほど眩しい光を発し、高温の熱風を巻き起こす。そして触れたものを白い灰と化し、命を奪う。

「被害に遭った人たちは白色を怖れる。反対に黒に安らぎを求める。夜の間だけ活動したり、森や洞窟に隠れて住んだり、黒い服を身にまとったりするんだ」


 寒気に身体が震えた。黒が安らぎの色......。

「じゃあ、黒い空を喜んでいる人もいるってこと?」

 父は無言で頷いた。黒い空を元に戻そうと地上の門まで行ったのに、この闇を歓迎する人たちもいるのか。それも、自分と同じ地上の人たちが。白爆のことを聞いたら、誰もが黒い空にしたのは地上の人間だと思うだろう。きっと、そうなんだ。


「わたしたちは白爆から航空機で逃げていた途中、爆風で天上に飛ばされたのよ」

 母は真っ直ぐみどりを見た。

「あの時、助かったから、あなたがいるの」

 みどりは母から目を離せなかった。

「せっかく帰ってきた娘を行かせるなんて、絶対に嫌」


 分かったと言いたかった。母親の愛情に甘えたかった。だけど、それじゃだめだ。心を鋭くし、揺るぎない眼差しに立ち向かう。

「お母さんはこのままで良いの? 黒い空は修復で元に戻るかもしれない。でも、犯人を見逃したくないのよ。わたしと同じ地上の人が関わっているなら、なおさら黙って見ていられない」

 覚悟はとっくにできている。


「行け、みどり」

 父親の静かな声が部屋に響いた。母が目を剥いて抗議する。

「娘が可愛くないの?」

 父は食卓をダンッと叩いた。皿たちがチリリと身を震わせた。みどりも母も息を飲んだ。

「これがみどりにとって、職人として空を守る最初の仕事なんだ」


 胸が熱くなった。職人として空を守る。まだ学校に入ったばかりで何の技術も無い。でも、心は使命感に満ちた。両手を握り締め、母を見る。母は娘の心を見定めると、深くため息をついた。

「あなたが後悔しないなら、行きなさい。だけど、いつでも引き返して来なさい」

 2人の娘で良かった。みどりは笑ったつもりが、いつの間にか涙が溢れていた。 

 この闇を暴く。黒を怖れる人、白を怖れる人、どちらの心にも光を灯そう。

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