第19話 帰る場所

 青人が地上の門を出た途端、みどりが頭を下げてきた。

「ごめんなさい」

 青人は首を横に振った。

「地上の人は家族と繋がる名前を持ってるって、聞いたことがある。おれだったら、絶対教えられないよ」

 みどりはキッと顔を上げた。

「あと1つ聞けば分かったのよ」


 灰谷さんが誰と天上に来たのか、確かにその答えを求め、ここに来た。だけど、そのためにみどりと家族が危険な目に遭ってはならない。

「灰谷さんの書き残したことが本当だって分かっただけで全然違うよ。それに、あの人が教えてくれないなら、日暗さんに聞けば良い」

「でも意識不明でしょ?」

 灰谷と会った管理人は、黒い空に巻き込まれ、研究層の病院で眠っている。

「行ってみなきゃ分からないさ。この間に、意識が戻ってるかもしれない」

 みどりは、自分を納得させるように、そうね、と何度もつぶやいた。


 暗い杉林を出てしばらく歩くと、久しぶりに街灯の光が溢れた。みどりの表情もようやく和らいだ。日常に少しでも近付き、ホッとしたんだろう。

「みどり」

 呼びかけると、数秒遅れてこちらを見る。あの人との対話で力を使い果たしたんだ。

「親御さんの話はみどり1人で聞いてくれるか? おれも自分の家に帰ることにするよ」

 みどりはゆっくりと頷いた。地上のことを何から何まで聞く必要はない。後でみどりが話したいことだけ、話してくれれば良い。

 みどりは自分と相手の情報を探るやり取りに、しっかりと立ち向かっていた。1年生の青人にはできなかっただろう。この天上に存在することと闘ってきた強さなのか。この子が宿命と向き合わなくてはならない時、力になってやりたい。


 真北地区は、道も家も土色のレンガで作られた、温かみのある街だった。みどりの家の前まで来ると、中から女性が飛び出してきた。

「みどり!」

 その人はみどりに駆け寄り、抱き締めた。

「お母さん」

 みどりは驚いて、母親を受け止めた。少し照れくさそうに、心から安心したように笑った。真っ暗な空の下での家族との再会がどれだけ切実なものか。青人はちょっと泣きそうになった。


 みどりの母親が側にいた青人に気付いた。

「まあ、ごめんなさい。あなたは?」

 その目はみどりと、それから黒服の女性と同じ色の目だった。青人は頭を下げて挨拶をする。

「空色職人学校3年の青人と言います」

「ありがとう。みどりをここまで送り届けてくれて」

 青人はこの時、分かった。みどりはこのまま家にいたら良い。だけど、この子は意地でも一緒に行くと言いそうだな。それとも一晩家族と過ごしたら気が変わるだろうか。


 明日また来ると言い残し、青人はみどりと別れた。真っ黒な空に相変わらず星は見えない。だけど、あの暗闇の奥に必ず星はある。

 どうか、空を取り戻せますように。

 見えない星に願いを託し、自分の家のある北北東へと歩き出した。

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