第13話 友を送る

 みどりがけやき寮に帰ると、お帰り、と桃枝が出迎えた。

「デートはいかがでしたの?」

 出た、冷やかしマダム! みどりは昨日まで呆れていたものの、今となっては桃枝の明るさが愛おしかった。


 と、桃枝からハイ、と水色の切符を差し出された。研究層と天上の街を行き来する上空電鉄の切符だ。

「学校から配られたんだって。親元に帰りなさいってことらしいわ」

 今日、みどりたちが出かけている間、みんなに渡されたのだという。地上の門に行くつもりのみどりにとっては、かなりタイムリーだ。ほかの女の子たちも帰る準備をしているらしい。


「みどりは帰るの?」

「うん。実は明日帰ろうと思ってたのよ。モモは?」

「あれ、言わなかったっけ? わたしは帰れないよ」

「え?」

 何のことか、ちっとも思い当たらない。

「わたしね、親の反対を押し切って職人学校に入ったの。今帰ったら、危ないとか理由を付けられて、辞めさせられちゃうもの。絶対帰らないわ」

 そうだ、桃枝は実家の果樹園を継がないと言って出てきたんだ。

「桃枝はそこまでして、なんで空色職人になりたいの?」

「ん〜、なんでだろ?」


 とぼけた返事にみどりが突っ込む前に、桃枝は思い出したように言った。

「お父さんもお母さんも、娘に桃枝って名前を付けるくらい、果物が好きなのよ。食べるのはもちろん、カッコ良く言うと、生きている植物として。弟と4人でよく、りんごとかぶどうの木の間で話したり、お昼を食べたりしたなあ。赤いつやつやのりんごも、紫と黄緑のぶどうも、とってもきれいなのよね」

 桃枝は遠い目をして、記憶の中の木々を見つめていた。

「そうそう、木を見ていてね、気付いたの! 果物たちがきれいなのは、木々の背景になっている空のおかげだって。見た目だけじゃないわ。晴れたり、雨を降らせたりする空は、植物を育ててくれているんだって」

 桃枝の目は、よく晴れた空のように輝いていた。

「いつの間にか空に夢中になってた。親は即反対したけど、わたしが描いた空を果樹園で見たら、きっと分かってくれると思うの。だから帰らないわ!」


 知らなかった。こんなに素敵な子だなんて。暗闇の世界に沈んだ気持ちが洗われた。

「みどりは青人さんと天上の街に戻って、黒い空の犯人を暴くんでしょ?」

 みどりは驚いた。まだ何も話ていないのに、何で分かったんだろ。桃枝はふっふ、と笑った。

「だってみどりは怖がって逃げる子じゃないもの。白先生にも、黒い空のことを探りたいってはっきり言っちゃうんだから」


 桃枝はこの春に出会ったばっかりなのにな。何だか嬉しかった。自分ことを分かってくれる友人がいるのは心強い。

「頑張ってね。でも、気を付けて」

 桃枝はみどりの両手を握った。その手は温かかった。

「ありがとう。桃枝も元気で」

 人が人を勇気づけるって、とっても優しくて素敵なことね。

 みどりは、この子と再会するために空を取り戻すと、心に誓った。

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