第4話 最上層の入り口

 誰もが寝静まる群青色の夜。警備員の紺藤は最上層へ続く空の階段を見回りしていた。彼の制服は空と同じ群青に染まっている。


 天上は多層構造になっている。高い層から、最上層、上層、中層、下層、研究層、そして最下層である。層を繋ぐ階段と入り口である門に、警備員がそれぞれ1人ずつ就いている。3年前から、最下層にある地上へ続く門も警備団が管理するようになった。


 天上全体は空に浮かぶ島であり、角膜と呼ばれる透明な壁が覆っている。濃い霧に包まれているため、地上からは不可視である。

 最下層は天上の人々が暮らす街だ。研究層は空色職人学校など空の職業学校や研究所が配置されたり、天走車などの技術開発の現場になったりする。名前の通り、空の研究をする層だ。それより上の層には観測や空を描く設備がある。便宜上、研究層に住む人も多い。


 空は高いほど地上から広く見渡せ、世界に影響を与える。だから、研究層より高い層を出入りできる人間は限られている。

 とは言え……。

 紺藤はここの警備の甘さ......いや柔軟さに驚きを通り過ぎて半ば呆れていた。この春から最上層の警備を命ぜられ、張り切っていたのだが。実際、最上層はわずかな地位の人しか行き来しないため、かなり融通が利く、穏やかな通路だった。研究者が夜中に出入りしたり、客人や親戚を同伴したりといったことはよくある。


 紺藤は知っている顔を、指折り数えてみる。風読み師、虹予報師、雷雲観測師、恒星鑑定師、高空写真家…。職業柄、または個人の権威で出入りが許されている人たちばかりだ。同伴者の立ち入りを許可するかどうかは、こちらの裁量次第である。

 紺藤としては、この辺りに甘さがあるように思え、若干の不満を持っていた。

 こんなにのんびりしたとこだったとは。


「こらっ、紺藤! また余計なこと考えてるだろ」

 門番の葵が仁王立ちで待ち構えている。いつの間にか、最上層の門の前まで来ていた。ちなみに葵は口は男前だが、5つ年上の女性である。

「今は平和だけど、おまえもあの時代のことを知っているだろ? 最も重要な最上層を守るわたしたちまで、平和ぼけしてちゃいけないんだよ」

「は、はい」

 そう、葵が言う通り、この最上層で何か起これば、影響は1番大きい。

「それに、ここが平和なのは何故だ?」

「はっ、各層を守る諸先輩方のおかげです」

 怪しい人物は、キャリアを積んだ上司たちが下の層で捕まえてしまうのだ。


「分かってんじゃないか。ここを任されたとは言え、わたしらはまだ経験が浅い。1番危険なのは油断だよ」

 葵と紺藤の2人は、今年から最上層の警備を任されることになった。

「分かったら警備に戻りな」

 葵は紺藤の肩に手を掛け、彼の体をさっと反転させた。

「はい! 葵さん」


 紺藤は誠意を示すため、ダーッと階段を駆け下りた。その姿を見て、葵は声を立てて笑った。

「分かったから。転ぶなよー」

 この職場にもう1つ不満があるとすれば、美人な上司とまともに話す時間がないことだ。

 紺藤は広いひろい夜空に、小さなちいさな溜め息をついた。見上げた空には、鋭く細い三日月が浮かんでいる。夜はまだ明けそうもない。

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