第3話 ただひとつ

父は日記にこう書いていた。 

 翁は、秘密の通路を作って、温室から『大魔王』を盗み出した。

 

秘密の通路は、どこにあるんだろう?屋敷から研究所に行く近道がある、という話も聞いたことがある。だが、私はそんな通路や近道がどこにあるのか、知らない。と言うことは、見えるところにはない、ということだ。

 では、どこにある?


 研究所の休息室には、ピザの空箱が置いてある。だが、ここには冷蔵庫はない。おそらく、このピザは、誰かが屋敷の台所にある、冷蔵庫の中から出して、ここまで持ってきたのだろう。

 そんなことができるのは、母しかいない。

 では、母はどこにいる?

 秘密の通路だ。彼女は秘密の通路を使って、屋敷と研究所を行き来し、時には通路の中に身を潜めているに違いない。

 その通路はどこにある? 

通路への扉は、何で隠されている?


私は休息室にある、曽祖父の肖像画の前に進んだ。額の左側に、こすれた跡がある。私はそこを押した。


キイ、と音を立てて、肖像画が動いた。絵はゆっくりと後ろに動いて、人が一人、通れるだけの細い隙間ができた。その隙間の向こうに、地下に下りていく螺旋階段が現れた。

「これ、隠し扉だったのか。」

近藤と三瓶が驚いた。

 「おそらく、この螺旋階段の先には、屋敷に繋がっている地下通路があるはずです。きっとこれが、屋敷から研究所に行く近道なんです。」

 私が言った。

 「ただの近道とは、思えませんね。」

 階段を下りながら、近藤が言った。

 「何か、途方もない野望のために作ったとしか、考えられない。」

 三瓶も言った。

 野望。

 そう、これは翁が自らの野望を遂げるために作った、秘密の通路だ。完全犯罪で人を殺すために。温室から『大魔王』の花粉を盗み出すために。

 思った通り階段を下りたところには、土穴のような通路があった。通路は屋敷に向かって伸びていた。

 きっと翁は、笑いながらここを通って、温室に行き、『大魔王』の花粉を盗んで、この通路を戻ったのだろう。そして、森の奥に自生しているトリカブトに、『大魔王』の花粉を受粉させたのだ。

 許せない。本当に、許せない

 私はこみ上げてくる怒りを堪えながら、一歩一歩、通路を進んだ。通路の中は湿気があり、空気がひんやりと冷たかった。

 そして真っ暗だった。明かりと言えば、近藤がたまたま持っていた、100均の小さなライトだけだった。私たちは手探りで土壁を伝いながら、歩いた。狭くて、人がひとり通るのがやっとだった。

やがて二股が現れた。細い通路が右と左に伸びていた。

「どちらも屋敷につながっているはずです。一本は地下室に、もう一本の道は、母の寝室に。」

「そうか。どちらにも、肖像画がありましたね。あの肖像画が、隠し扉になっているんですね。」

三瓶が言った。

「ええ、間違いないと思います。」

私が言った。

「近藤さん、どうしますか。二手に分かれますか。」

三瓶がそう言った時だった。

左側の通路から、かすかに物音が聞こえてきた。

「誰かいる!」

思わず私が言うと、二人の刑事に緊張が走った。

「行くぞ。」

近藤が先頭に立った。

「僕のあとについてきてください。」

小さな声で三瓶が私に言った。

私たちは二股を左に曲がった。だが、そこは行き止まりになっていた。

「あれ、おかしいな。確かにこちらから、物音が聞こえてきたのに。」

近藤が言った。

そう、物音も人の気配も、確かにあった。そもそも、ここが行き止まりになっているなんて、おかしい。ここに、必ず、主寝室につながる通路があるはずだ。

私は行き止まりになっている壁を押した。

びくともしない。

近藤も、三瓶も、壁のあちこちを押した。

「ええい、ちくしょう、一体、どうなっているんだ!」

近藤が壁を蹴とばした。

すると、足元に、小さな四角い穴が開いた。

「あった。ここだ。」

近藤が叫んだ。

「忍者屋敷みたいだな。」

三瓶が言った。

「しかも、にじり口みたいに、小さいぞ。」

近藤が腰をかがめて、くぐりながら、そう言った。

三瓶も私も近藤の後に続いた。

そこをくぐり抜けると、目の前に、螺旋階段があった。長い螺旋階段だった。上の方は暗くて見えなかった。

「これを上って行くと、あの、2階にある寝室に出るんだな。」

近藤が言った。

その時だった。階段の上の方から、微かな足音が聞こえてきた。

「おい、誰だ。止まれ!」

近藤が叫んだ。だが、足音は止まらなかった。

「警察だ!止まれ!」

近藤はなおも叫びながら、階段を上り始めた。三瓶と私もそのあとに続いた。

すると、上の方から明かりが漏れてきた。ドアが開いたのだ。そして、誰かがそのドアを通り抜けた。それから音がして、再び、階段は暗くなった。

ドアが閉まったのだ。

近藤は階段を駆け上った。そして、階段を上ったところにある、ドアの取手を力いっぱい引いた。

ドアは開かなかった。

近藤は、今度は取手を引いた。それでもドアは開かない。取手をゆすると、ガチャガチャという音がした。

「しまった。鍵をかけられた。」

近藤が怒鳴った。

三瓶はポケットから素早くスマホを取り出した。だが、

「ちくしょう、また繋がらない!」

と、スマホに向かって叫んだ。

「しかたがない。戻ろう。」

近藤が言った。

「あの二股まで戻って、反対の右の道に行こう。」

今度は三瓶が先頭に立って歩き出した。

二股に辿り着き、私たちは右に進んだ。

通路の先に、木で作られた、四角い扉があった。三瓶はその取手を引いた。

 だが、扉は開かなかった。押しても、引いても、ゆすっても、扉は開かない。

「先回りして、鍵をかけられたのかな。」

近藤が言った。

「どうしますか。」

三瓶がそう言いながら、ドアに体当たりした。だが、ドアはびくともしない。

「よせ。怪我をするぞ。」

焦る三瓶を近藤が制した。

「しかたがない。研究所に戻ろう。」

近藤の言葉に従って、私たちは通路を引き返した。湿っぽく、土くさい空気が鼻につく。

だいぶ暗闇に目が慣れてきたけれど、歩きづらさに変わりはなかった。

 私たちはようやく研究所に続くドアの前に来た。

「やれやれ。」

近藤がそう言って、ドアの取手に手をかけた。

ドアは開かなかった。

「まさか。」

「そんなばかな。」

「えっ。もしかして、閉じ込められたのかしら。」

私が言うと、

「冗談じゃない。」

三瓶が言った。

近藤はなおも強くドアを引っ張った。

やはり、開かない。

「いったい、どうなっているんだ、ここのドアは。」

いつも冷静な近藤も、腹を立てていた。

「ちっ、やっぱり、まだ繋がらない!」

三瓶がまたスマホに当たっていた。

「おかしいぞ。今、研究所には、警察しかいないはずなんだ。犯人が俺たちを閉じ込めるはずがない。」

近藤が言った。

「そうですよね。」

二人は大声を上げたり、ドアを足で蹴っ飛ばしたりしていた。

「おい、二人で体当たりするぞ。」

近藤の掛け声で、二人でドアに激突した。

だが、ドアはびくともしなかった。

「ちくしょう!こんなことをしている間に、あいつは逃げてしまうぞ!」

「くそっ、なんてことだ!」

二人は激しく憤っていた。無理もない。

私は考えていた。桃山家。歪んだ水槽。秘密の通路。それを作った曽祖父の翁。

彼は異常な人間だった。だとすれば、この通路が普通の通路のはずはない。考えろ、考えろ。私は自分にそう言い聞かせた。冷静に、考えろ、この通路もまた、歪んでいるはずなのだ。

歪んでいる?

そう、もし、通路が真っ直ぐでないとしたら?

ドアも普通のドアではないとしたら?

例えば、出ることはできても、入ることはできないドアとか、あるいは開かずの扉だとか。

歪んだ頭脳なら、なんでもありなのだ。

そう、この歪んだ通路は、翁の歪んだ頭脳の中と同じなのだ。

私は土壁を両手で触りながら、歩いた。私たちは、来た道を戻ったつもりだった。初めて通る暗い道を急いで引き返した。あの二股までは、一本道だと思い込んでいた。でも、そうでなかったとしたら?屋敷に向かう通路に二股があったように、研究所に向かう通路にも、二股があるのかもしれない。私は手で土壁を探り続けた。

 「何をしているんですか。」

三瓶が私に尋ねた。

 「もしかしたら、どこかに研究所に続く二股があるのではないか、と思って、探しているんです。」

 私は答えた。

 「おそらく、この通路に行き来できる両開きのドアは、母の寝室のドアだけで、あとは片開きのドアなのかもしれません。もし、研究所の休息室にあったドアが、この通路に入るためだけの、片開きのドアだとしたら、どこかに別のドア、つまり、この通路から出るためのドアがあるはずなんです。」

 「なるほど。」

と、近藤が言った。

 「えっと、わかったような、わからないような。」

三瓶が言った。

 「なんで、片開きのドアにする必要があったんですかね。」

私はうなずいた。そして、こう言った。

 「翁はそういう人だったんです。ここは、そういう歪んだ屋敷なんです。何もかもが歪んでいる。」

 そんな歪んだ桃山家と対決するためには、常識を捨てなければいけない。そうしなければ、相手の歪みに絡み取られてしまう。私は再び、拳を握りしめた。

 その拳でトン、と土壁を叩いた。音が違っていた。

「あれ。」

 私はもう一度、そこを叩いた。

「音が違いますね。」

三瓶も言った。

私はその壁を押した。ギイ、という音がして、土の壁が動いた。壁の隙間から、明かりが射し込んできた。重たい壁がゆっくりと動いた。

「動いた!」

三瓶が叫んだ。すると、

「動くな!」

壁の向こうから、怒鳴り声が聞こえてきた。

私はびっくりして、壁を押すのを止めた。次の瞬間、ものすごい力で壁が引っ張られた。その勢いで、私は前に引っ張られた。

 そこは研究室の本棚の真中だった。私はつんのめって、床に倒れた。本棚の隠し扉が強い

力で引っ張り開けられていた。その棚を引っ張っていたのは、大柄な警官だった。

 目の前には大勢の警官がいた。彼らは銃を構えていた。銃口は私に向いていた。

「おい、違う!」

近藤がそう言いながら、両手を上げて、通路から出てきた。

「俺たちも刑事です。」

三瓶が言った。彼も両手を上げていた。 

「なんだ。近藤さんと、三瓶さんか。どうしたんですか。どうして、本棚の中から、出てきたんですか。」

警官の一人が言った。

「通路があったんだよ。屋敷につながっている、隠し通路が。」

近藤が言った。

「誰かがこの通路に潜んでいた。そして、屋敷に逃げ込んだ。」

三瓶が言った。

「おい、屋敷の見張りはどうなっている。」

近藤が尋ねると、

「見張りは立っています。玄関付近には村人たちが集まっているみたいですか、誰も屋敷の中に入れていません。」

「ところが居るんだよ。屋敷の中に。早速、何人かで屋敷の中を捜索してくれ。」

近藤が言うと、すぐに陣頭指揮を執っている香川刑事が携帯で連絡を取っていた。

「私たちも屋敷に向かいましょう。」

三瓶が言った。

「おい、この本棚は、このままにしておいてくれ。開いた状態にしておけば、出入りが可能だからな。」

 近藤が言った。


私たちは森の中を屋敷に向かって歩いた。風雨はかなり治まってきていた。もうすぐ、春の嵐が森の中を過ぎ去っていくのだ。風で散った花びらは、意外に少なかった。咲き初めた桜の花は、たとえ嵐の中でも散ることはない。花は嵐に負けて散るのではない。自ら散る時に散るのだ。

物置小屋を過ぎ、鳥居を過ぎた。この光景を、私は子どもの時に見ていた。その前に見たのは、あの、穴の底に倒れている父の姿だった。

待って。

まだ、何か、私は見ている。

父の姿とともに、別の記憶がつながって出てきそうな、嫌な感覚がしていた。

「どうかしましたか。」

近藤が尋ねた。

「いえ。」

私は首を振った。

「ところで、あの、通路に居た人物は?」

三瓶が尋ねた。

 「母です。」

と、私は答えた。

 「屋敷と研究所をつなぐ、秘密の通路を知っているのは、母だけです。私も知らなかったわ。」

 「では、お母さんは、生きているんですね。」

近藤が言った。

 「そうです。そして、母はずっと、通路に隠れていた。」

私が言った。

 「なぜですか。どうして、そんなことをしていたのですか。」

三瓶が尋ねた。

 「さあ。わかりません。」

そんなことを話しているうちに、私たちは屋敷に到着した。玄関の前には警官が立っていた。門のところには、村人たちが十数人、立っていた。その中に、また、黒い合羽を着た三十代の男の姿があった。


 私たちは屋敷の中に入った。屋敷の中には大勢の警官がいて、くまなく捜索していた。

 私たちは二階にある母の寝室に入ると、曽祖父の肖像画の前に立った。私はその絵を押した。絵はびくともしなかった。今度は引いてみた。いろいろ試したが、ドアは開かなかった。

 「また、鍵がかかっているのかしら。」

  私が言った。

 「つまり、あなたのお母さんは、あの時、この部屋に入って、鍵をかけて、私たちを通路の中に閉じ込めた。そして、今度は、私たちから逃げるために、通路の中に入って、鍵をかけた、そういうことですか。」

 「ええ。」

 「じゃあ、今、あなたのおかあさんは、通路の中にいるんですね。」

 「そうだと思います。」

 「厄介だな。」

 近藤が言った。

 「しかし、もう、袋のネズミですよ。人海戦術で捕まえることができます。」

 三瓶が言った。


 大勢の警官が、屋敷と研究所を徹底的に捜索した。

 「どちらにも、不審人物はいませんでした。」

 三瓶が近藤に言った。

 「ということは、奴は確実に通路にいる、ということだな。よし、通路に突入だ。」

近藤が言った。

 警察が地下通路に突入する準備をしている間、私は母の寝室の鏡台やクローゼットを見て回った。巨大なクローゼットには、たくさんのドレスがかかっていた。多すぎて、何枚あるのか、見当もつかない。折戸の一枚を開けただけでは、クローゼットの端から端までを見渡すことはできなかった。

 ふと、クローゼットの床に、フックの引っ張り棒が転がっているのが見えた。

 私はクローゼットの折戸を閉めると、今度は飾り棚やドロワーを見た。

年代物のマホガニーのドロワーの一番上の引き出しに、乱雑に放り込まれた書類があった。それらは、固定資産税の支払いの督促状や催告書だった。それらは何枚もあった。差押予告書もあった。赤い印刷文字が並んでいた。


未納になっている固定資産税について再三催告してきましたが、いまだに納付されていません。以下の最終指定期限までに必ず納入してください。期限までに納められない場合は、勤務先への給料の照会、預貯金、不動産、年金、生命保険等の財産の調査後、それらを差押えます。 最終指定期限 2015年3月1日  


これか。これを受け取ってから、母は姿を消したという。

私は掃き出し窓の外に広がる、一面の桜の森を見つめた。この森も、桃山家も、母のすべてだった。それを全部失うということが、母にとってどんなにつらいことか、想像に難くない。クローゼットを開けた時から、私はそんな母の怨念を感じとっていた。

そんなことを思っていたら、三瓶の声が聞こえてきた。

「突入の準備が整いました。」

「おお、そうか。いよいよ始まるんだな。」

スマホを耳に当てながら、三瓶はうなずいた。それから、

 「今、研究室と休息室にある、二つのドアから、同時に、警官が地下通路に突入しました。」

と、言った。

「よし、もうすぐだ。」

近藤が言った。

「あなたの推理が正しければ、通路の中にいるあなたのおかあさんは、研究所から突入した警官たちから逃れて、この部屋に戻って来るはずですね。」

「ええ。」

そう答えながら、私には一抹の不安があった。あの人のことだ。尋常ではない思考回路で、何か奇策を練っているかもしれない。

するとその時、主寝室の肖像画がガタガタと揺れた。

「今、ドアの前にいます。ここに来るまで、誰もいませんでした。」

警官の大きな声が聞こえてきた。

間もなく、一階から警官が走ってきて、報告した。

「地下倉庫突き当りにあるドア前から報告します。突入隊は地下のドアの前まで行きましたが、誰もいませんでした。」

それを聞いた近藤が言った。

「おかしいな。」

「つまり、地下通路の中には、誰もいない、ということですか。」

三瓶が言った。

「ということは、この屋敷の中にいる、ということになるのか。」

近藤が言った。

 「いや、それはありえません。地下通路突入の前に、どちらも徹底的に捜索して、不審者はいないことを確認しています。つまり、誰かがいるとしたら、通路の中だけなんです。」

 どちらにも、いない。そんなはずはない。私は考えた。

つい先ほど、この母の寝室に誰かが駆け込んだことは事実なのだ。それは母に違いない。そんなことができるのは、地下通路も、この屋敷も熟知している、母だけだ。

 母はどこにいる?

 私が考えている時だった。

 「壁という壁を叩け!」

近藤が怒鳴った。

 「通路も研究所も、屋敷も、全部だ!必ずどこかに隠し部屋があるはずだ!」

大勢の警官が一斉に壁を叩き始めた。家中がドンドンという音に包まれた。

 私はクローゼットの折戸を全部開けた。そしてドレスをかき分けて、クローゼットの壁を叩いた。音の違う場所はなかった。だが、私はなんとなく、母の気配を感じていた。

 クローゼットの壁の向こうから、壁を叩く音が聞こえてきた。下からも、横からも、ドンドンという音が響いて来る。聞こえてこないのは、天井からだけだ。

 私はクローゼットの天井を見上げた。それからクローゼットを出て、母の寝室に戻った。

 天井を見ながら、ゆっくりと部屋の中を歩いた。

 ここの天井は格子模様の格(ごう)縁(ぶち)天井になっている。格子の間に張られた飴色の板が美しい。

だが、よく見ると、シャンデリアの付近の格子模様が狂っている。

 私は祖父の形見の双眼鏡を手にとった。

 祖父はこの双眼鏡でおぞましい光景を見て、笑っていた。それを思い出した私は、思わず双眼鏡を引っぱたいた。それからその双眼鏡で、シャンデリア付近の天井を見た。

 シャンデリアを吊り下げている、アームのそばに、丸いフックが見えた。

 私はクローゼットの中にあった、引っ張り棒を思い出した。それを取ってくるとフックの丸い部分に、棒の先の鈎を引っかけた。それから思いっきり、天井を引っ張った。

 ガタン、という音がして、天井が動いた。

 シャンデリアが揺れた。

 シャンデリアのすぐ横に、収納式の階段が下りてきた。

 「これは!」

 近藤が叫んだ。

 「隠し部屋は天井にあったのか!」

 三瓶も叫んだ。

 私が階段を上ろうとすると、

 「来ないで」

 上から母の叫び声が聞こえてきた。クローゼットの真上あたりだ。間違いない。あれは母の声だ。十年ぶりでもすぐにわかった。

 「来るんじゃない!」

 母は叫んでいたが、近藤が、

 「警察です。下りてください。」

 と言うと、母は黙った。

 「下りてくださらないと、昇って行って、逮捕します。」

 三瓶も言った。すると、

「わかりました。今、下ります。」

 そう言って、母は階段を下りてきた。

 こんな折り畳み式の階段でさえ、母は優雅に下りてきた。古いワインレッドのビロードのドレスを着ていて、その裾から、サラサラという衣擦れの音が聞こえてきた。昔から体のサイズが変わっていないのが、母の自慢だった。ゆるやかなウエーブのかかった、黒髪が揺れていた。母は寝室に下り立つと、口元に笑みをたたえた。そして、集まってきた大勢の警官たちを、一人一人、ゆっくりと眺め回した。

 「あなたは桃山勝子さんですか。」

 近藤が尋ねた。

「はい。そうです。私が桃山勝子です。この家の当主です。」

そう言って、胸を張った。それから母は、私にこう言った。

「この親不孝者。警察に連れられて戻ってくるなんて。何て恥知らず。」

変わらない。母は十年前と、ちっとも変っていない。私がこの家を出ていった時と同じ母が、今、目の前にいた。

感動の対面など、あるはずもなかった。母は私を愛していないし、私も母を愛していない。人生のすべてを桃山家に捧げてきた母と、それを否定し拒否した娘。お互いが最大の敵なのだ。

それでも、罪悪感はあった。母を愛せない罪悪感。それは私にとって、とても大きな感情だった。自分は親も兄弟も愛せない、ダメな人間なのだと、いつも思っていた。母や弟への無関心に、自分で傷ついていた。痛みはいつもあった。

こんなこと、誰にも言えない。知られたくない。

そもそも、どんなに説明しても、わかってはもらえない。

私は一人ぼっちだ。

今までも、これからも、ずっと、一生ひとりぼっちだ。

そう思っていた。

だから私はこの痛みをひっそりと抱えて生きていくつもりだった。

なのに、それもできなくなった。

私は今、ここで、母と対峙しなければいけなくなった。大勢の警官のいる前で。辛い、苦しい時間になりそうだった。私は覚悟を決めた。


「私は恥知らずなことは、何もしていないわ。私がここに来ることになったのは、あなたが警察に電話をかけたからだわ。」

私が言った。

「電話? 私が警察に電話をかけた? いったい、何を言っているの。」

母が言った。

「とぼけないで。『青子がおかあさんと弟を殺して、青い森に埋めた』という電話をかけたのは、あなたでしょう。」

「私がそんなことをするものか。ばかものめ。」

母が言った。

「しらばっくれてもだめよ。あの便箋の置手紙を書いたのも、あなたでしょう。」

すると母は黙った。

「私があなたや弟を殺しただなんて。どうしてあんなひどいことが書けたの。」

「書いたから、何だと言うのさ。」

と、母は言った

「私は書いただけさ。」

「書いただけ? そんなに軽いことですかね。」

近藤が言った。すると、母は

 「自分の家で、便箋に何を書こうが、私の自由だ。そうだろう。私はその置手紙を投函したわけでも、どこかに貼り付けたわけでもない。ただ、書いて、自分の家のテーブルの上に置いた。それのどこが悪いんだ。悪いのは、勝手に人の家に入り込んで、人の書いた便箋を読んで、大騒ぎする方だろうが。」 

 と、言った。

 「確かに、犯罪ではありません。」

 三瓶が言った。

「しかし、あなたの安否が確認できない状況が続いていました。あなたは一か月間、人が尋ねてきても、居留守を使って、出ようとはしなかった。したがって、私たちには、あなたの家に入り、あなたの安否を確認する必要がありました。そして私たちは、あの便箋を発見した。つまり、そう仕向けたのは、あなたですよね?」

 近藤が言った。

「なぜ、あなたは居留守を使ったのですか。」

三瓶が尋ねた。

「私には時間が必要だったんだ。」

と、母が言った。

「どうしても、あとひと月、時間が欲しかったんだ。」

握りしめた母の拳が震えていた。

「そのために、あなたは弟を見殺しにしたの?」

私が言うと、

「何だって!」

母が怒鳴った。

「あなたは知っていたはずだわ。弟があの穴に落ちたことを。そして亡くなったことを。だからあなたは『青子が勝太郎を殺した』と書いた。弟の死の責任と、自分のストレスを、私に擦り付けるためにね。」

 私が言うと、

「だって、そうじゃないか。おまえが弟を守ってやらないから、勝太郎ちゃんが死んじゃったんだ。おまえが殺したも同然なんだ!」

そう言って、母が怒鳴った。母の顔から、妖艶さと品の良さが消えていた。

「どうして弟は亡くなったの。」

「死んじゃった、死んじゃった、大事な勝太郎ちゃんが死んじゃった。」

そう言うと、母は顔を歪めて泣き出した。

「お前が死ねばよかったのに! 勝太郎ちゃんの代わりに、お前があそこに行けばよかったんだ! だからお前が悪いんだ!」

「あそこ? あそこって、あの、穴のところね。つまり、弟は自分からあそこに行ったのね。そして穴に落ちて亡くなった。弟は何をしにあそこに行ったの。」

 「お前になんか、教えてやるか。」

 「そう、私には知られたくないことなのね。」

 「ああ。おまえなんかには、どうせ、言ってもわからない。」

 「そう、私には理解できないことね。」

それはつまり、桃山家のことだ。母にとって、とても大切なことだ。弟の命よりも大事なもの。それは……。

「もしかして、青い桜が咲いたの?」

私が尋ねると、母の嗚咽が止まった。再び、母の形相が変わった。母の目にはギラギラとした光が宿り、怒りと欲望が滲んでいた。

「あれは私のものだ。」

母が怒鳴った。

「あの青い桜は私のものだ。今、桃山家はどん底にある。貯えはなくなり、収奪できる人間もいなくなった。それどころか、財産の差し押さえが迫っている。」

母のことばで、私はあの引き出しにあった封筒を思い出した。

差押予告書。

最終期限3月1日。一か月前に切れている。

桃山家の桜の森は、いつ、差し押さえられるか、わからない状況にあったのだ。

「だが、青い桜が咲けば、この苦境を逆転することができる。桃山家は世界で唯一の、選ばれた一族になれる。」

そう叫ぶ母の目には狂気が満ちていた。私は思わず母から目を逸らせた。母と同じ血が、私の体にも流れていると思うと、ぞっとする。

「ほら、その目。」

母の目がさらに光った。

「お前のその目。おまえはいつだってそうだ。桃山家を軽蔑している。この家に生まれたくせに、この家の血を恥じている。おまえには絶対に、この家も、青い桜も渡さない。」

母の激しい憎しみが私にぶつかってきた。

こうなることはわかっていた。会えば、お互いの憎しみは増幅する。理解しあうことはできない。

だから私はこの家を逃げ出したのに。

もう二度と、こんな喧嘩はしたくない。

そう思っていたのに。

「いらないわよ、この家のものなんか、何もいらない。」

と、私は言った。

 「ふん。どんなに儲けても、おまえにはやらないからな。覚えておけ。」

 母が言った。

 「儲ける? 青い桜で? だって、たとえ青い桜が咲いたとしても、桜の森は差し押さえられて、あなたの所有物ではなくなるのでしょう?」

 私が言うと、母はせせら笑った。

 「だからおまえは馬鹿なんだ。何も知らないんだな。」

 「それ、どういうこと?」

「馬鹿なお前に教えてやろう。この森の桜が普通の桜だと、この山も桜も差し押さえられてしまう。だが、青い花が咲けば差し押さえられないのだ。ずっと私のものなのだ。」

笑いながら、母が言った。

 私には、母の言っていることが、わからなかった。

 母は笑い続けた。私も、警官たちも、誰もがそんな母をじっと見つめていた。

すると、三瓶が突然、

「そうか、『差押禁止動産』か。民事執行法 第一三一条 (一二)だ。」

と、言った。母がうなずいた。

 「何だ、それ。」

 近藤が三瓶に尋ねた。

 三瓶は説明を始めた。

 「一般に、税金などを滞納すると、動産や不動産を差し押さえられます。でも、生活必需品など、差し押さえられると生活に困るものは差し押さえられません。それが『差押禁止動産』です。その禁止動産の中に、『発明または著作に係る物で、まだ公表していないもの』があります。つまり、もし、青い桜が咲いたとしたら、その木は桃山家のまだ公表していない品種改良品なので、差し押さえの対象外になるんです。」

 「その通りだ。」

母が言った。

 「おまえ、詳しいな。」

近藤が感心して、言った。

 「俺は、刑事は知っているが、民事までは知らん。おまえ、まさか、転職を考えているんじゃないだろうな。」

それを聞いた三瓶は苦笑した。それからこう言った。

「確かに、青い桜の花が咲けば、その桜の木は差し押さえられません。でも、咲いているのは、ピンクの桜ばかりですよね?」

するとそれを聞いた母は、再び、怒鳴り出した。

「咲いたんだ! 咲いたんだ! 見えたんだよ、ベランダから。」

「それは、いつだったの。」

私が尋ねた。

「2月の27日さ。」

「2月? 2月に、桜の花が咲いたの?」

私が問い直すと、

「奥の森に植えてあるのは、寒桜だ。2月に花が咲いても不思議はない。」

と、母が言った。

「咲いたんだ、本当に咲いたんだ。だからこの森も、桜も、屋敷も、永遠に桃山家のものだ。青い桜は金のなる木だ。滞納した税金なんか、あっという間に返すことができる。桃山家は世界一の名家になれる。ついに悲願が叶うんだ!」

 母は絶叫していた。

 「とうとう、桃山家が復活する時が来たんだ。」

 そう言って、母は、これまでの経緯を語り始めた。


 青子が家出をした時、勝太郎は18歳だった。

 「おまえだけだよ。おまえだけが、この桃山家の希望の星なんだ。」

 勝子は勝太郎にそう言った。勝太郎はうなずいた。

「ねえ、勝太郎。青い桜の研究は、お前が継いでおくれ。」

勝子はそう懇願した。

「どうか農学部に進んで、最先端の理論と技術を身につけて、青い桜の花を完成させておくれ。そして、この桃山家に、栄誉と金をもたらしておくれ。」

 母親にそう言われて、勝太郎は迷うことなく、新城大学の農学部に進んだ。当時はバイオテクノロジーが脚光を浴び始めていた頃で、彼は大学でそれを学んだ。卒業後は、青い桜の研究に邁進するために、就職せず、桜の森の中にある研究所で、一人研究に没頭した。

 佐々木博士の研究の足跡を辿った勝太郎は、父親と同じ結論に達した。

 青い桜の花の研究は、ほぼ完成している。

 あとは突然変異を待つだけだったが、それはいつ起こっても、おかしくなかった。

 この研究所に多額の投資をして、最先端のバイオテクノロジー研究所にするまでもなく、

青い桜の研究は、陽の目を見るだろう。そう思った。

 そこで勝太郎は待つことにした。

毎年、青い桜の花が咲くのを。

 時折、桜の森を見回って、様子を観察していればいい。

 日がな一日、ソファの上に寝そべって、勝太郎は待っていた。


 勝子も待っていた。爪の手入れをし、髪を梳かしながら、青い桜の花が咲き、勝太郎がスポットライトを浴びて絶賛される日を夢見ていた。

 貯蓄残高が少なくなってくると、勝子は不動産を売った。当時、桃山家は新城市内に土地や賃貸物件をたくさん所有していた。それらを売り飛ばした金で、青い桜が咲くのを待って暮らしていた。

 「絶対に、咲くはずなんだ。」

 勝太郎が、お取り寄せのステーキを食べながら言った。

 「咲きますとも。」

 シャンベルタンを飲みながら、母が言った。

 二人は優雅に生活しながら、青い桜の花が咲くのを待っていた。

 お金がなくなれば、不動産を売ればいい。まだ、たくさんあるのだから。私が一生遊んで暮らしていけるだけの財産はあるだろう。勝子はそう考えていた。

 だが、それは間違いだった。もう、勝子の手元に残っているのは、売れない不動産ばかりだった。古くなり、誰も借り手のいない賃貸マンション。シャッター街にある賃貸ビル。

売れないのに、所有しているだけで、税金を納めなければならない。

 勝子の父親である、正勝が亡くなった時も、桃山家は多額の相続税を納めていた。そして、ずっと、あちこちにある不良不動産の固定資産税も支払い続けていた。とうとう、固定資産税が支払えなくなった。

 「ああ、早く、青い桜の花よ、咲いておくれ。」

 ベランダに出て、勝子は祈った。

 「今年こそ、咲きますように。」

 勝太郎も祈った。

 二人は毎日、ベランダに出て、桜の森を見渡して、祈った。

 2015年、2月27日。その日は朝から強い風の吹く、寒い日だった。

 朝、ベランダに立った勝子は目を見張った。奥の森にある、桜の木の枝に、青いものが見えた。勝子は双眼鏡を覗きこんだ。桜の古木の枝の先に、確かに青い花のようなものがある。

 勝子は大声で勝太郎を呼んだ。

 「勝太郎ちゃん! 勝太郎ちゃん! 来ておくれ!」

急いで駆けつけた勝太郎も叫んだ。

 「青い! あの桜の枝の花は、青いよ!」

 「やった! とうとう、咲いた!」

 勝子は涙ぐみながら、叫んだ。

 「これで、この森は差押えを逃れることができる。」

 「僕、写真を撮ってくるよ。」

 勝太郎が言った。

 「写真?」

 「そうだよ。証拠写真だよ。桜の花は、すぐに散ってしまうからね。」

 「ああ、頼むわ。」

 「もし、何輪も咲いていたら、一輪は採取して、標本にする。」

 そう言うと、勝太郎はマスクをはめ、植物用のストックパックや携帯、自撮り棒などを持って、地下通路に入った。

 研究所に着く頃には、吹雪になっていた。

 「うわあ、すごい日になったな。」

 勝太郎はそう言いながら、研究所を出ると、森の奥に向かった。

 ここら一帯に植えられているのは寒桜だったので、花は満開に近かった。だが、花はどれもピンク色で、青い花はどこにもない。勝太郎はゆっくりと、枝の一本一本を見て回った。

 降り積もる雪の中で、どんなに探しても、青い花はどこにもなかった。

 勝太郎は焦った。

 「そんなばかな。確かに、見えたんだ。」

 足元には四季咲きの『大魔王』が咲いていた。風が吹くと、人形の帽子のような花びらが、ちぎれて空に舞い上がった。

「くそう、もう少し上の方を見ることができたら。」

梢近くは、枝が重なっているし、雪が落ちてくるので、よく見えないのだ。

だが、微かに、梢の先に、青いものが見える気がした。

何とか、あの写真を撮りたい。

勝太郎はふと、古木の横に掘っ立て小屋があることに気が付いた。あの小屋の屋根に上って、自撮り棒で携帯を掲げれば、梢の写真が撮れるかもしれない。

勝太郎は、小屋の粗末なドアを開けた。

六畳一間程の広さの、小さな小屋だった。まだ生活感が残っていた。ふと、ここの住人が戻って来て、再び暮らし始めてもおかしくない、そんな空間だった。鍋や釜、包丁や笊が、奥の棚の上に並んでいた。その下には大きな甕があり、その横には、古ぼけた衣類が畳んでおいてあった。

かつて、ここには翁の妻とその両親が住んでいたという。翁にすべてを奪われて、ここを終の棲み家としていた彼らは、貧しくても、きちんと暮らしていたらしい。

勝太郎は、大きな甕を持ち出した。陶器のこの甕は、ひっくり返せば、踏み台として使えそうだった。

勝太郎は、甕を小屋の壁に立てかけると、甕の上に乗った。それから、小屋の屋根の上に乗り移った。

 屋根に伸びている桜の枝につかまって、立ち上がった。

 下が見えた。

 勝太郎は、ぎょっとした。

 すぐそばに、巨大な穴が開いていた。あれが、翁の妻と彼女の両親が落ちて亡くなっていたという陥没穴なのか。穴の底にはガスが溜まっていて、落ちたら助からないという。

怖いな、と思って、ポケットから携帯を取り出した時だった。

何かが見えた気がして、ふと、もう一度、穴を覗きこんだ。

穴の底に、人の形が浮かんでいた。褐色の細かな粒子の土の下に、人が埋もれているのがわかった。恐らく、穴に落ちた時の、そのままの恰好で、浅く埋まっているのだろう。

じっと見つめていると、今にも土を破って、動きだしそうな気がしてきた。勝太郎はぎょっとした。命は途絶えても、怨念はそのまま残っていそうだった。引きずり込まれそうな恐さがあった。

勝太郎はそれを振り切るように、頭を振った。

今は、青い桜の撮影に集中しよう。そう思って、携帯に自撮り棒を取り付けて、高く掲げた。携帯を360度回転させて、梢の先を確認しながら、小刻みに写真を撮り続けた。携帯に合わせて、自分も細かく回転していた。

 ミシッという音がした。足元がふわりと揺れた。足が朽ちた屋根板を踏み抜いた。

次の瞬間、勝太郎の体は屋根を突き抜け、小屋の中に落ちた。崩れてきた屋根材が勝太郎の体に突き刺さった。小屋の壁も傾いて、彼の体を跳ね飛ばした。その勢いで、勝太郎の体はボールのように跳ねて、穴の中に転がり落ちた。

勝子はそれを双眼鏡で見ていた。彼女は悲鳴を上げた。地下通路を通って、研究所から勝太郎の元に駆けつけた。

穴の底に、勝太郎が横たわっていた。彼の首は不自然に折れ曲がり、彼の体を、太い廃材が貫いていた。あたりは血の海だった。素人目にも、即死だとわかった。

勝子は愕然とした。そして、穴の淵にくずおれた。

もう、おしまいだ。

と、勝子は思った。

勝太郎が死んでしまった。もう、私も生きていてもしかたがない。

勝子は泣いた。号泣した。つらくてたまらなかった。

自分もこの穴に、飛び込もうか。

そう思った時だった。

勝子の足元に、勝太郎の携帯が落ちていた。

勝子はその携帯を手に取ると、彼が今、撮ったばかりの写真を見た。たくさんの梢の写真があった。その中に、一枚だけ、梢に青いものが写っていた。これはどこの写真だろう。勝子は桜の古木の梢を見上げた。

何も見えない。

だが、写真には、確かに、青いものが写っている。

もしかしたら、青い花が咲いていたのかもしれない。

だとしたら、この桜は私が守らなくては。

勝太郎が、命を懸けて撮った写真。命を懸けた青い桜の花。

誰にも渡すものか。

そのために、私は生きよう。

青い桜の花が咲けば、桃山家は復活する。そうしたら、勝太郎はその桜の発明家として、世界に名を轟かす英雄になれるかもしれない。

そう思って、勇気を出して、もう一度、勝太郎のなきがらを見た時だった。

勝太郎の体の脇に向かって、白骨の右手が土の中から伸びていた。まるで、勝太郎を抱こうとして、土の中から出てきたように、勝太郎に向かって曲がっていた。

それが誰の手か、勝子にはわかった。

おそらく、勝太郎の体が落ちた振動で、浅く埋まっていた白骨遺体の一部が地表に出てきたのだろう。

救急車を呼ぶことはできない。誰にもここを知らせることはできない。勝太郎を、この穴から出してやることはできない。

勝子はそう思った。

もう、私には、桃山家しか、残っていない。

青い桜の花しか、ない。

そう思いながら、勝子は勝太郎の携帯を握りしめた。そして屋敷に戻った。

二日後。3月1日。最終期限が過ぎた。

差押が目の前に迫っていた。

あとひと月。あとひと月あれば、桜の森の、すべての桜が開花する。

千本ある桜のどれかが、必ず、青い花を咲かす。

それまで、差し押さえを引き延ばさなければいけない。何としても。


そうだ。この森で、殺人事件が起こったことにしよう。そうすれば、この森は、当分の間、買い手がつかないに違いない。

そう思った勝子は、便箋にこう書いた。


 青子が勝太郎を殺して

 青い森に埋めた。

 私も青子に殺される。

   満月の夜、青い桜の木の下で。


 これでひと月は、差し押さえを逃れることができるだろう。

 勝子はそう考えた。


 それから一か月、勝子は毎日、泣きながらベランダから桜の森を見ていた。森を見ると、勝太郎を思い出した。穴の底に横たわっている彼を偲んで泣いた。泣きながら、毎日、双眼鏡で、桜の木の一本一本を、一枝一枝を、一輪一輪を、監察していた。

千本の桜のうち、一本でもいい、一輪でもいい、青い花が咲けば、桃山家は復活する。差し押さえになれば、青い花の夢は潰える。それどころか、勝太郎の下に埋もれている、死体のことがばれたら、桃山家は本当に終わってしまう。そんなことはできない。

人が訪ねて来れば、地下通路に隠れ、何時間も、じっと息を潜めていた。

勝子は生き地獄の毎日を送っていた。


「つまり、あなたは勝太郎さんの携帯を持って来たのですね。」

近藤が母に尋ねた。

「ええ。」

「それを預かります。」

そう言って、近藤は母に手を差し出した。

母は躊躇していたが、ベッドのサイドテーブルの中から、黒い携帯を取り出すと、近藤に渡した。

「鑑識に回してくれ。」

 近藤はそう言うと、香川に弟の携帯を預けた。それから彼は私にこう言った。

 「今のおかあさんの話が事実だとすると、弟さんの携帯には、弟さんが事故に会う直前の映像が写っているはずです。それを分析すれば、弟さんが、事故に会い、亡くなったということが証明できます。つまりそれは、あなたの無実の証明にもなるんですよ。」

 「それはどうも。」

と、私は言った。


あなたの無実が証明できます。


と、近藤は言った。

きっと近藤は親切心からそう言ってくれたのだろう。

でも、もう私には、自分の無実を晴らすことなど、どうでもよくなっていた。

今さら、そんなことをして、何になるというのだろう。

私は十年かけて築いた生活のすべてを失った挙句、自分の親族の忌まわしい過去を知ってしまった。曽祖父は人殺しだった。そして恐らく、祖父も、母も。

それはもう、自分の力では、どうすることもできない。

私には、もう、何もできない。何もない。


 「さっき、やっと、弟はあの穴から出されたのよ。」

 私は母に言った。

 「知っている。」

 と、母は言った。

 「ひと月の間、弟はあの穴の中に、倒れたままだった。ひどいわ。」

 「仕方がないだろう、私一人では、あの子を出してやれなかった。」

 「どうして、救急車を呼ばなかったの。」

 私は怒鳴った。

 「一目見て、死んでいると思ったですって。それでも、万が一ということがあるわ。どうして救急車を呼ばなかったのよ。」

 私は母を責め、母は私を睨み付けた。

 「弟の下にあった、白骨死体は、誰なの。」

 私はさらに母を問い詰めた。

 「そうよね。救急車なんて、呼べないわよね。だって、救急車を呼んだら、あなたの犯罪がばれてしまう。あなたが26年前に、自分の夫を、私の父を殺してあの穴に落としたことが、わかってしまうのだから。」

 私は叫んでいた。

「弟が倒れた真下には、あなたが殺して埋めた、父親の亡骸が眠っていた。だからあなたは救急車を呼べなかった。あなたは自分がかわいかった。ただそれだけ。だから、弟を見殺しにしたのよ。」

 すると母が叫び出した。

「私は悪くない! すべてはこの家を逃げ出そうとしていた、あいつのせいだ! あいつが悪いんだ!」


 26年前の 6月26日 午前9時。 

 父は研究所の裏にある資材置き場から、大量のアトラジンを取り出した。これは佐々木博士が発注したまま、使用されることなく、長い間倉庫の中に眠っていたものだ。父はそれをバケット一輪車に積み込んで、森の奥に運んだ。

父は、佐々木博士の遺志を継いで、野生の『大魔王』を除草しようと決意していたのだ。

 今日も、『大魔王』は、冷たい、青々とした大輪の花をたくさん咲かせていた。風は吹いていなかったが、父はマスクをはめた。それから軍手をして、アトラジンの袋に手をかけた。

 その時だった。

 父の前に、正勝氏が回り込んで立っていた。そしてこう言った。

 「君はいったい、何をするつもりなのだね。」

 父はぎょっとした。佐々木博士の最期を語っていた、庭師のことを思い出した。父は正勝氏の両手をみた。彼は手ぶらだった。父は少しほっとした。

 「最近の君は、何を考えているのだね。」

 正勝は娘婿を問いただした。

 「私の考えは、今までずっとお伝えしてきました。」

 そう言うと、父はアトラジンの袋を開けた。

 「それをどうするつもりだ。」

 正勝氏は声を荒げたが、父は答えなかった。

 「おい、この『大魔王』は、翁の化身なんだぞ。それをわかっているのか。」

 父は構わずに、アトラジンを『大魔王』の根元に振りかけていった。

 「やめろ。」

 正勝氏が叫んだ。

 その時だった。

 背後から、誰かが父のマスクを外し、父の口に何かを押し付けた。

「うっ。」

父は呻いた。父はもがき、口を覆っている何者かの手を振り払おうとした。その父の手を、正勝が押さえつけた。

 父の口元を押さえつけている指に、結婚指輪が光っていた。青い花弁も見えた。甘く、吐き気を催す匂い。何かが急速に体の中に入っていく。意識が遠のいていく。父の体は痙攣し、呼吸が止まった。

 

 「ばかやろう。よくもお父さんを殺したわね!」

 私は母に向かって叫んだ。涙が止まらなかった。

 「悪いのは、あいつよ。」

 母が言った。

 「あなたのお父さんは、この家を逃げ出そうとしていたの。桃山家の金も、私の子供も、持っていこうとしていた。それだけではないわ。あの人は、野生の『大魔王』を根絶やしにしようとしていたの。だから許せなかった。あの野生の『大魔王』は翁の化身なの。村人に復讐を果たし、青い桜の花を咲かせる、この森の守護神なのよ。」

「くっだらない。あれはただの毒花よ。」

私が言った。すると、

 「本当に、憎らしい娘だよ。」

 吐き捨てるように、母が言った。その目は私に対する憎しみであふれていた。

 「私は、あの人が父に気をとられているうちに、そっと、あの人の後ろに近づいて、あの人の口を、『大魔王』で塞いだだけよ。」

 「塞いだだけ?」

 「そうよ。ただ、それだけ。あの人を殺したのは、『大魔王』だ。私じゃない。」

 その母のことばは、私に突き刺さった。

 「なんですって。それ、本気で言っているの。」

 「当たり前だろう。私はあの人に、きれいな花を差し出しただけだ。」

 母は平然としていた。この人はいつも、周囲が凍り付くことを、平気で言うのだ。

 母には、自分が父を殺したという自覚がなかった。父を殺したのは『大魔王』であって、自分ではないと本気で信じているのだ。

私は自分の心がカラカラに乾いていくのを感じていた。

「それから、ご主人の遺体を、あの穴まで運んで、落としたのですね。」

近藤が尋ねた。

「それをしたのは、私の父です。私の父が、バケットにあの人を乗せて、運びました。そして、あの穴の中に、落としたんです。私ではありません。」

 母が答えた。

 「それから、遺体の上に、土をかけた。」

 「それも、父がしました。倉庫から、赤い柄のスコップを持って来て、」

 「赤いスコップですって。」

と、私が言った。


思い出した。

 ちらちらと動く、赤い色。

  あれは、スコップの柄だったんだ。

 

「スコップを持って来たのは、あなたでしょう。」

 私が言った。

 「祖父ではなく、あなたよ。」

 「おまえ。」

 憎々しげに、母が言った。

 「お前、覚えていたのか。まだ、四歳だったのに。」

 

 私は父を探して森の中に入った。

 歩いているうちに、研究所を通り過ぎて、森の奥までやってきた。

 そして、あの穴の中に、倒れている、父の姿を見たのだ。

 祖父は上から落とすための土をバケットに積んでいた。

 私はそれを木陰から見ていた。

 私は怖くなり、走って森を抜けようとした。

 誰かの足音が聞こえてきた。

 私は大きな桜の幹に隠れた。

赤い柄のスコップが揺れていた。

スコップを持っていたのは、母だった。

母はあの穴に向かって歩いて行った。

母の姿が見えなくなると、私は震えながら、家に駆け戻った。


 「ほんとに、ろくなことをしない子どもだよ。」

 母が言った。

 「ばか、きちがい!」

 母を罵りながら、私は涙が止まらなかった。

 母は、父に対して、ひとかけらの愛情さえ、持ってはいなかった。

「私を捨てて、この家を出るなんて、許せない。」とか、「あなたを失いたくない、誰にも渡したくない。」という、そんな狂った愛情さえ、母にはなかった。

「青い桜の花なんて、なかったわ。」

 私が言った。

 「私は今日、ずっと、桜の森を歩いた。奥の森にも行った。でも、青い桜の花は、見なかったわ。」

 「ふん。おまえに見えなくても、咲いたんだ。」

 母が言った。

 「私も、勝太郎も、あの古木の梢に、青い桜の花が咲いたのを、確かに見たんだ。」

 「それはきっと、風で飛ばされた『大魔王』の花弁が、枝に引っかかっていたんだわ。」

 私が言った。

 「もし、その時に、本当に、青い桜が咲いたのなら、きっと次々と開花したはず。でも、あなたはそれを見ていないのでしょう。」

 母は黙っていた。

 「地面の上に落ちていた花びらも、青いものはなかったわ。」

 私が言うと、今日、森に入った警官たちもみな、うなずいていた。

 「そんなはずはない。そんなはずはない。咲く。青い桜の花は、絶対に、咲く。桃山家は復活する。青い桜の花が咲けば、勝太郎も復活する。」

 母はぶつぶつと、念仏を唱えるように、言い続けた。

 「何を言っているの。現実を見てよ。夢に逃避しないでよ。自分のしたことを、全部、すべて認めてよ。あなたは狂っているわ。」 

 私が言うと、

「狂っているのは、お前だ。警察なんか連れてきやがって。すべてをぶち壊しにしやがって!」

 母が怒鳴った。

「警察に電話をかけたのは、あなたでしょう。」

「私じゃない。」

「嘘。あなたしかいないわ。」

「私じゃない!」

「あのね、電話の主はこう言ったの。『青子がおかあさんと弟を殺して、青い森に埋めた』と。この森を『青い森』と呼ぶのは、桃山家の人間だけなの。村の人はみんな、桜の森と呼んでいる。だって、青い森じゃないから。つまり、あなたしか、いないの。」

「私じゃない。私が警察に電話をかけるわけがない。だって、警察が来たら、困るじゃないか! 救急車も呼べないのに、警察なんか呼べるはずないだろう。おまえのせいで、すべてが水の泡だ。勝太郎ちゃんを犠牲にしてまで、この家を守ろうとした、私の計画を台無しにしやがって!」

母は絶叫していた。

そうだ、母が警察に電話をするはずがない。

「では誰?」

私はつぶやいた。

もう、桃山家の人間は、私と母しか残っていない。

「おい、あの電話は、確か」

近藤が三瓶に言った。

「名古屋市内の公衆電話からかかっていました。匿名でした。」

「ふむ。誰がかけたのか、特定する必要があるな。」

「そうですね。」

三瓶が言った。


「ところで、勝子さん。あの穴の中には、まだ三遺体が眠っているのですか。」

近藤が勝子に尋ねた。

「三遺体? ああ、翁の妻だった女と、その両親のことか。」

勝子が言った。

「そうです。」

「ああ、そうだよ。翁が笑いながら言っていた。あの3人は、自らあの穴に飛び込んだとね。」

それを聞いていた三瓶が、

「どうしますか。それも、掘り起こしますか。」

近藤に尋ねた。

「ああ。おそらく、あの白骨遺体のさらに下の方で、眠っているのだろう。明日にでも、重機を入れて、掘り起こすことになるな。」

近藤が言った。

「待ってください。」

私が言った。

「その前に、『大魔王』を処分してください。除草剤を撒いて、根こそぎ枯らしてください。そうしないと、危険だわ。さっき、私たちが無事だったのは、多分、運が良かったから。雨が降っていたので、花粉があまり飛ばずに地面に落ちていた。だから偶然、死ななかっただけ。もう、誰も、あの森で死んでほしくありません。だから、まず、」

すると母が叫び出した。

「それはだめ! それはだめ!」

「まだ、そんなことを言っているの。」

私が言った。

「『大魔王』は翁なの。桃山家の宝なの。勝太郎が復活するために、必要なの!」

母はそう言うと、私に飛びかかってきた。

近藤と三瓶が母を抑えた。母は錯乱していた。近藤や三瓶を振りほどこうと、母は暴れ続けていた。

「とりあえず、公務執行妨害で、逮捕します。」

近藤と三瓶はそう言うと、母を拘束して、寝室から連れ出した。


近藤は寝室に戻ってくると、こう言った。

「あなたのおかあさんは、今、三瓶が付き添って、病院に行きました。」

「ご迷惑をおかけしています。」

 私はそう言うと、頭を下げた。

 「もう遅い時間なので、私たちは、これで引き揚げます。」

 「そうですか。ご苦労さまでした。」

 「今日は、新城市内にホテルを押さえることができました。」

 「それはよかったです。」

「明日、朝から、『大魔王』に除草剤を撒きます。立会をお願いします。」

 「ありがとうごさいます。私も手伝います。」

 「ところで、青子さん。」

 「はい。」

 「あなたも私たちと一緒に、ホテルに行きませんか。」

 「えっ。」

 「今日、一人でここに泊まらない方がいい。幸い、あなたの部屋も押さえることができました。」

 近藤にそこまで言われて、やっと、私は我に返った。

 私は自分のことを、何も考えていなかった。もう夜だし、疲れているし、お腹も減っているはずだった。だが、私は空っぽだった。自分のことなど、どうでもよくなっていた。

 私はうなずいた。近藤に付き添われて、私は実家の玄関を出た。

もう、外は真っ暗になっていた。ふと見ると、大理石の門の影に、フードを目深にかぶった人影が見えた。その人はじっと私を見ていた。

 私は彼をどこかで見たことがある気がした。

 「さあ、行きましょう。」

 近藤に促されて、私はまたパトカーに乗った。パトカーが動き出すと、大理石の人影も動いた。その人は、じっと私を見送っていた。が、やがて、見えなくなった。

 

 次の日は晴天だった。風のない、穏やかな日だった。私は市内にある園芸店で除草剤を買うと、パトカーに積んでもらった。マスクをはめ、軍手をして、森の奥に入り、除草剤を撒いた。三遺体の発掘は、『大魔王』が枯れる一か月後に決まった。


検死の結果、弟は屋根から転落した際に、朽ちた木材が心臓に突き刺さり、ほぼ即死だったことがわかった。穴の中に転げ落ちた時には、弟はもう亡くなっていた。弟の苦しむ時間が短かったことは、せめてもの慰めになった。

弟の携帯には、弟が最後に撮った写真が残っていた。日付けも時間も入っていた。2月27日、午前8時23分。動画モードになっていたために、弟が落ちていく瞬間の、映像が下に流れる瞬間も写っていた。

これによって、私の無実は完全に証明された。

動画を検証した結果、青い桜の花は確認できなかったという。

梢に青いものが引っかかっている映像はあったが、解析した結果、桜の花である可能性は殆どないと判断された。

また、弟の体の下にあった白骨死体は、DNA鑑定の結果、父と断定された。

母は現在、精神病院に収容されている。


三瓶は大吉スーパー上田店を訪れると、店長に、

「この声に聞き覚えはありませんか。」

と、言って、

「青子がおかあさんと弟を殺して、青い森に埋めた。」

という匿名の電話のテープを聞かせた。それを聞いた店長は、苦虫をかみつぶしたような顔で、こう言った。

「この声は、当店に勤務しているパートの門田智子に間違いありません。」

「彼女を呼んでください。」

「はい。」

程なくして、店長室に門田智子が呼ばれた。小柄で、切れ長の目が印象的な美人だった。

「あなたが門田智子さんですね。」

「はい。」

「四十歳、独身。ここに勤めて十年ですか。青子さんと同期なんですね。」

店長が差し出した履歴書を見ながら、三瓶が言った。

「そうです。」

門田は神妙な面持ちで言った。

三瓶は彼女に録音テープを聞かせた。すると、彼女は真青になった。

「録音していたんですか。」

「ええ、警察にかかってきた電話は、すべて録音されます。」

三瓶が答えた。

「知らなかったわ。」

「門田智子さん。どうして、こんな電話をかけたのですか。」

「憎らしかったのよ。彼女だけが正社員になるなんて、許せない。だから、ちょっと意地悪してみただけなの。ただそれだけよ。」

と彼女は答えた。

「どうして、青い森と言ったんですか。」

三瓶が尋ねると、彼女はこう答えた。

「だって、彼女の名前が青い子だから。それで、青い森と言ってみたの。ほんの思いつき。ことばで遊んでみただけ。ほら、青々とした若葉とか、言うじゃない。そんな感じでね。」

「お母さんと弟を殺した、と言ったのは、なぜですか。」

「彼女に、お母さんと弟がいることは聞いていたわ。地元出身でないことも、すぐにわかったわ。でも、帰省している様子がなかった。あのきついシフトをこなしていたら、どこにも行けないわ。しかも、おかあさんや弟が、彼女に会いに来ることもなかった。それで、きっと、仲が悪いんだろうな、と、思っていたの。」

「お母さんや、弟さんが、彼女に会いに来ていないと、どうしてわかったのですか。」

「だって、お土産を持ってこないんだもの。」

「お土産?」

「そう。もし、彼女のお母さんが、田舎から彼女に会いに出て来たら、手ぶらでは来ないわよね。『ほら、あなたがいつもお世話になっている職場の皆さんのお茶うけに、これを持って行きなさい』と言って、菓子折りの一つや二つは差し入れするでしょう。そうすれば、彼女はそれを職場に持ってくる。でも、彼女には、そういうことが全くなかった。だから、彼女はきっと、おかあさんや弟と仲が悪いんだろうな、と、思っていたのよ。」

門田は自分の爪を見ながら、話し続けた。

「聞いたわ。彼女、家出していたんですってね。おおかた、そんなことだろうと思っていたのよ。彼女、自分のことは何もしゃべらなかったからね。まあ、青子さんと私は、シフトが真逆だから、そもそも滅多に顔を合せなかった。だけど、なんとなく、訳ありな人なんだろうな、と思っていたの。理由があって、絶対に、家には帰れない。親も頼れない。だから、あんなきつい仕事も我慢してこなすしか、なかったのよね。」

「それにしても、『殺した』はないでしょう。酷い濡れ衣だとは思いませんか。」

三瓶が言うと、

「ひどいですって?」

門田が問い返した。

「そんなの、普通はすぐに嘘だとばれるでしょう?電話一本かければ、わかることだわ。まさか、本当に殺人事件が起こっているなんて、思わないでしょう。とてもシンプルないたずらだったのよ。」

 「シンプルないたずら?」

今度は三瓶が問い直した。

「そうよ。私なんて、職場でどんなひどいデマを言いふらされたと思う? 私、『太田主任と浮気している』と言われたのよ。ねえ、そんなデマ、どうやったら、嘘だと証明できるの?私には、何もできなかった。私はあのデマのせいで、正社員になれなかったのよ。」

そう言って、門田は机に突っ伏して泣いた。

 

 4月7日。私は父と弟の火葬を済ませ、彼らの遺骨を持って実家に戻った。

長い一週間だった。突然、私は容疑者になり、父と弟を失った。

そして無実が確定した。

 でも、もう、そんなこと、何の意味もない。

私の曽祖父は殺人犯だ。曽祖父だけではない。祖父も、母も、殺人犯だった。

桃山家は殺人鬼の館だったのだ。私はその血を引いている、桃山家最後の人間だった。

 そう、私が死ねば、桃山家の血筋は途絶える。

歪んだ水槽もなくなるのだ。

 私は父と弟の遺骨を持って、森の奥に向かった。

 「おとうさん。見て。」

 私は父の遺骨に向かって話しかけた。除草剤を撒いて一週間。早くも『大魔王』は枯れ始めていた。葉の先が黄色く変色していた。茎はしなだれ、咲いている花はなかった。

 「安心してちょうだい。お父さんがやろうとして、できなかったこと、『大魔王』を枯らすこと、実現したわ。」

 それから、弟の遺骨には、

「もう、青い桜の花の幻想からは、解放されて、安らかに眠ってね。」

と、声をかけた。

 私は二人の遺骨を桜の古木の根元に散骨した。

 

 それから私はあの穴の淵に立った。

穴の底にはガスが溜まっている。

穴の底に倒れていた、弟と父の姿が目に浮かんだ。

私も行く。

桃山家の恐ろしい物語は、それで幕を閉じるのだ。

私は目を閉じた。

 あの世で父に会えたら、どんな話を聞くことができるのだろうか。ふと、そう思った。

 ずっと憧れていた、父との時間を持つことができる。

 そう考えると、死ぬのも楽になる。

 この恐ろしい森も、あの忌まわしい家も、私の体に流れている罪人の血も、もう私はいらない。

ただひとつ、心残りがあるとすれば。

 できることならもう一度、悟君に会いたかった。会って「ごめんなさい」と言いたかった。「いいよ」という、悟君の声が聞きたかった。もう一度、手をつないで歩きたかった。

 でも、もうそれも叶わない。

私は少し穴から遠ざかり、助走をつけると、穴の底に向かって飛び込んだ。

次の瞬間、右腕に強い衝撃が走り、体の降下が止まった。

私の腕を、誰かが掴んでいた。

「放して。」

私は叫んだ。

「くっ。」

男の呻き声がした。

「誰!」

私は叫んだ。すると、

「早くしろ。早く上がって来い。」

男の声が聞こえてきた。

あ、その声は。

「悟君!あなた、悟君ね!」

私は叫んだ。

「上がって来い!」

悟も叫んだ。

「このままじゃ、俺まで穴に落ちてしまう。俺を殺したくなかったら、上がって来い。」

私は体の向きを変えると、土壁に爪を立てた。つま先で穴の窪みを探した。悟を道連れにするわけにはいかない。つま先を入れた穴から、土がこぼれ落ちた。足が滑る前に、少し上の小さな穴に、つま先を入れる。

「早くしろ。」

再び、悟が言った。

ああ、あの頃の悟君と変わらない。彼はせっかちで、いつも貧乏ゆすりをしていた。いつも約束の時間に私より早く来て、私を待っていた。私の姿が見えるとすぐに、「早く来い」と言った。手を伸ばして、私の腕をぐいと掴んだ。彼はいつもそうだった。

彼が左腕を伸ばして、私の右腕を掴んで引っ張った。私の体は一気に穴の淵に引き挙げられた。私も悟君もしばらく地面に這いつくばって、荒い息をしていた。それから私たちはようやく立ち上がった。

「ああ、重たかった。」

そう言って、悟君は笑った。

「悟君、この村に戻っていたの。」

「ああ。」

「あなたと会うのは、中学卒業以来ね。でも、すぐに悟君だとわかったわ。」

「嘘つけ。さっき、やっと気が付いたくせに。俺はずっと、おまえを見守っていたんだぞ。」

「ずっと?」

「ああ。一週間前、君がパトカーに乗せられて、この村に戻って来た時から、ずっとね。」

「もしかして、悟君、あの家の中から、私を見ていたの?」

「ああ。パトカーが来たと思ったら、中に君が乗っていた。びっくりしたよ。警察に連れられてこの村に戻って来たから、すごく心配だったんだ。」

「そうだったの。」

「心配だから、君の実家のダイニングも覗きに行った。君が森に入って行く時も、戻って来た時も、村人に紛れて、君を見ていた。ずっと、俺は君を見ていた。」

私は思い出した。あの、フードを目深にかぶった男は、彼だったのだ。

それから彼は私を睨みつけて、こう言った。

「死ぬなよ。」

「だって」

「自殺なんて、やめろ。」

「でもね、悟君。悟君も知っているでしょう。この森で起こったこと、すべて。いったい、どれだけの人が殺されたか。それを抱えて生きていくなんて、私には、無理。」

「実は俺も、死のうと思って、この村に帰って来たんだ。」

「えっ。」

「俺、今、無職なんだ。」

悟が言った。


悟は中学を卒業した日に、銀狐村を去った。岐阜にある、遠縁の老舗和菓子屋の跡取りとして、養子に入ったのだ。その親戚の家は築百年の木造建築で、一階が店舗、二階が住居になっていた。岐阜市の市街地にあり、苗字は恵庭、屋号は鳩屋だった。

「遠縁といっても、顔を合わせたことは、殆どないよねえ。」

義母はそう言って、悟に微笑みかけた。

「遠いからな。まあ、殆ど他人みたいなもんだし。」

義父も言った。

「だが、縁あって、うちの子になってくれたんだ。これから家族として、仲良く暮らしていこうな。」

そう言って、その日、義両親は寿司を取って、悟に存分に食べさせた。

初めての土地、慣れない言葉。知らない人たちばかりの中で、悟の新しい生活が始まった。

そんな新生活が、つらくなかったといったら、嘘になる。悟は何度も布団の中で、亡くなった本当の両親や、銀狐村を思い出して、涙した。

養い親はいい人だった。義母は長い間、不妊に苦しんできた人で、悟を自分が生んだ子どものように、慈しんだ。義父は、悟の学校の成績がいいことを知ると、大学に行け、と言い出した。

「でも、俺、この和菓子屋を継ぐんですよね。」

悟が言うと、

「ああ。だがな、勉強ができるのなら、若いうちにしておけ。教養は邪魔になるものじゃない。どんな職業にも必要だ。おまえは英語ができるのだから、英文科に行け。そしていつか、ニューヨークに鳩屋和菓子店を開いてくれ。」

そう言って、悟を英文科に進学させてくれた。

悟は英語が好きだったので、うれしかった。勉強に励む傍ら、和菓子の技術習得にも力を入れた。

遠慮がないといえば嘘だった。お互いに、越えられない溝は感じていた。が、悟も養い親も賢かった。両者は知恵と思いやりで溝を埋めていった。

悟は大学を卒業する頃には、和菓子作りの技術を一通り会得していた。

店の経営が傾き始めたのは、大型店舗が近所に出店してきた時からだった。買い物客の流れが変わり、客足が遠のいた。困っている時に、その大型店舗から店内に出店しないかという誘いがあった。鳩屋は大きな転換期を迎えた。

ここで義父と悟の経営方針が対立した。義父は「大型店に店を出すべきだ」と主張した。悟は「二店同時に経営するだけの体力はない」と主張した。

義父は悟の言い分を認めて、出店を思いとどまった。出店せずに売上を増やすために、菓子作りを見直し、営業努力を始めた。

すると出店を拒否した大型店が、鳩屋に圧力をかけてきた。仕入先に手を回し、得意先を奪っていった。鳩屋は材料を仕入れることができなくなった。出入りしていた葬儀社や結婚式場から縁を切られた。

鳩屋はあっという間に経営難に陥った。

1年前の4月15日、悟は義父から、

「おい。少し遠いが、名古屋の仲買が、いい小豆を卸してくれると言っている。おまえ、仕入れに行って来てくれないか。」

と、言われた。悟は言われた店に小豆を買いに出かけた。

帰ってくると、店は閉まっていた。

おかしいな、と思って、裏口から二階の住居に入ると、養い親二人が首をつっていた。

悟はその場にへたり込んだ。震える指で119番通報をした。救急隊員は駆けつけると、二人を下して、病院に搬送した。間もなく警察がやってきた。

いろいろ事情を聞かれているうちに、悟が養子であることがわかると、警察の態度が一変した。アリバイをきかれ、確認された。悟のアリバイは立証されたが、それでも警察は、彼を疑った。

「本当に、仲はうまくいっていたのか。」

「そもそも、なぜ、養子に入ろうと思ったのか。」

「店の経営悪化が原因で、対立が悪化していたのではないか。」

 「義両親の保険金の額を知っているのか。」

 悟は憤りを感じながら、警察の尋問に耐えていた。

程なくして、一人の警官が、テーブルの下にあった封筒に気が付いた。どうやら悟が慌てふためいた時に、テーブルの上から落としたらしかった。封筒には、『遺書』と書いてあった。

そこには、これは覚悟の自殺であり、現在ある多額の借金は、生命保険で返してほしいと書いてあった。封筒の中には、悟あての手紙も入っていて、悟への感謝が綴られていた。悟を養子に迎えることができて嬉しかった。今まで本当にありがとう。自分たちは幸せだった。悟はこれからの人生を幸せに生きてほしい。そう書いてあった。

悟は泣いた。身をよじって泣いた。

悟は養い親の葬式を出し、保険会社に保険金を請求し、借金を清算し、店を片付けて不動産屋に渡した。

残ったものは、わずかな現金と、ぼろぼろになった気持ちだけだった。

仕方がないので、再就職先を探した。

だが、悟は就職できなかった。面接ではねられてしまうのだ。菓子を作る以外、他の仕事をしたことがない。未経験者であり、30歳。独身で、保証人がいない。

そして、悟にはやる気がなかった。

悟自身は気が付いていなかったが、面接者には伝わっていた。

家業が倒産したから、しかたがない。どんな仕事でも、諦めて就くしかない。それでも、頑張ろうとは思うけれど、頭はどうしても、新しい和菓子の創作のことを考えてしまう。手はあんこを練りたがるし、足は材料の仕入れに向かいたがる。そんな悟の心境は、人事担当者にすぐに見透かされてしまうのだった。

今まで、必死になって菓子を作り、店を営み、それを一生の仕事にしようと邁進してきただけに、悟はその挫折から立ち直れないでいた。悟はにっちもさっちもいかなくなった。

貯えは底をついた。そしてもう、生きる気力を使い果たしていた。

とうとう住む所もなくなって、銀狐村にある実家に戻って来た。もう、どうにでもなれ、という気持ちだった。

15年ぶりに訪れた生家は、出ていった時のままだった。

小さな門、小さな玄関。狭い部屋二つに、台所。悟は部屋の真ん中に座り込んだ。

十五歳の時にこの家を出て、15年後、すべてを失って、戻って来た。

自分も、この家と同じくらい、空っぽだった。

もう、死んでしまおうと思った。

幸い、独り身で、扶養家族がいないので、誰にも迷惑をかけることはない。

店の経営が苦しくて、結婚する余裕がなかったことが、今となっては幸いだった。

そういえば、子供の頃に、聞いたことがある。

  風が吹くと、桜の森で人が死ぬ

 風の強い日に、あの森に入れば、死ぬことができるかもしれない。

  よおし、行ってみよう、

 そんなことを考えていたら、窓の外をパトカーがゆっくり通り過ぎていった。

その車の中に、青子が乗っていた。


 「そう、悟君も大変だったのね。」

 青子が言うと、悟はうなずいた。

 「俺、もう、何もない。」

 そう言って、悟は涙を流した。

 「でも、それでも、」

 そう言うと、悟は顔を上げて、青子を見つめた。

 「君の方が、ずっと大変だよね。」

 青子は黙っていた。

「いつもそうだ。子どもの頃からずっと、いつも僕よりも君の方が大変だった。」

彼はそう言った。

「僕は気が付いていたよ。君が子どもの頃から、苦しんでいるということにね。」

 「悟君。」

「僕はいつも君を見ていた。君は、本当はお姫様のはずなんだ。村一番のお屋敷に生まれた、村一番のお姫さま。俺なんかより、ずっと幸せなはずだった。ところが、そうじゃなかった。貧乏な俺の方が、いつも君よりずっと幸せだった。俺の家庭の方が、ずっと楽しかった。俺はいつも思っていた。『こっちへ来い』って。『早く俺のところに来い』って。俺は君を救う白馬の王子様になりたかったんだ。ところが、俺の方が君を置いて、この村を出て行ってしまった。」

彼の肩に、桜の花びらが落ちた。気が付くと、私の肩にも、桜の花びらが落ちていた。

風ははらはらと、私たちに花びらを落としていた。

「この村を出ていく前に、僕は君に振られていた。だから、君に連絡することができなかった。住所も、電話番号も、知らせることができなかった。」

「違う。それは違うわ。私、あなたを振ったわけじゃない。あなたを嫌いになったことは、一度もないわ。」

私は言った。

「私、私、つらかったの。だって、私、」

「言わなくていいよ。」

悟が言った。

「わかっている。今はね。」

「今は? じゃあ、あの頃は……」

「わからなかった。」

きっぱりと、悟が言った。

 「俺はすごく傷ついた。」

 「ごめんなさい。」

 あの時の痛みは、今も、私の中に残っている。

「いいって。」

そう言うと、彼は私の隣にやってきた。そして、私の肩を抱いた。

「もう、いいって。」

彼は私の肩に頭をもたれさせた。ずっしりと重い彼の頭が心地よかった。

「君の姿を見たとたん、ああ、また、君は大変な目にあっているんだとわかった。

君を助けるまでは、死ねないと思った。」

今度は私が彼の肩にもたれた。彼はそっと、私の髪をなでてくれた。

「でも、なかなか声をかけられなかった。俺は颯爽と君の前に姿を現すことができなかった。だって、15年ぶりに君の前に現れた俺は、白馬の王子様ならぬ、無職のおじさんだったから。俺には空っぽの俺しかない。」

「そんなこと、」

「それでもよかったら、俺のところに来い。俺のために生きてくれ。」

「えっ。」

彼は私の顔を覗きこんで言った。私はびっくりして、言葉が出なかった。

「聞いていた?」

「聞いていたわ。」

「俺のために、生きてくれ。そうしたら、俺も生きられる。君のために、生きられる。」

「悟君。」

「俺の作った大福を食べてくれ。」

「大福?」

「草餅も。花見団子も。もちろん、桜餅も。」

「あ、ああ、わかったわ。」

「俺、もう一度、頑張るよ。死ぬ気で頑張る。だから、君もがんばれ。」

気が付くと、私はうなずいていた。

「そうか、よかった。」

「うん。私、悟君の作ったお菓子が食べたい。」

 私が言うと、悟が笑った。

彼の力が緩んだ隙に、私は彼の腕を振りほどいた。そして彼にしがみついた。両腕に力を込めて、彼を抱きしめた。

「ああ、ずっと、こうしたかった。」

私は腕にさらに力を込めて、彼を強く抱きしめた。

「ずっと思っていたの。もう一度、あなたと手をつなぎたいって。あの時から、ずっと、あなたに謝りたかったの。あの日、楠の影であなたを見送った時、本当は、あなたについていきたかった。お願い、もう一度、私と手をつないで歩いて。」

「わかった。」

「でも、でも、私は空っぽよりも、ずっとひどいの。私の家は、私の血は、私は、私は」

そこまで言って、私は言葉に詰まった。私は泣き出した。すると今度は彼が私を抱きしめてくれた。

「君は君だよ。だた、それだけだ。それだけで、十分だ。」

そう言って、彼は私の頭をなでてくれた。


私は彼と手をつないで歩き出した。

研究所の前を通り、小屋を過ぎた。今、私は彼と二人でこの森を抜ける。

満開を過ぎた桜の花は、風が吹くたびに、はらはらと散っていく。花びらが、春の陽射しを受けて、光りながら落ちていく。踏み分け道に落ちた花びらは、土の上を、さらさらと流れていく。森は美しかった。

桜は桜なのだ。ただ、それだけ。

森は森であり、家は家であり、血は血でしかない。

彼は彼であり、私は私。

ただ、それだけ。

私は彼のために生き、彼は私のために生きる。繋がり、寄り添い、与えあって。大地が、獣が、植物がそうであるように。不要な生き物など、存在しないのだ。すべての生き物が、たった一つの命を輝かせて生きている。

そう、たったひとつ。

彼は私にとって、千にひとつでも、万にひとつでもない、唯一人の人なのだ。


                            完


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