第34話 私の操艦で、魚雷は当たらないよ


 海面に向けバクの鼻のように湾曲わんきょくした赤城の煙突が、海水を吐いて即席の滝を作った。

 水で煤煙ばいえんを吸収し、着艦機の視界を確保するためだ。

 それを合図に上空で待機していた零戦が続々と艦尾へ回り込み、着艦ちゃっかん誘導灯ゆうどうとうで進入角度を確認する。

 洋上で揺れている上、短い空母の飛行甲板に降りるのは、地上の滑走路への着陸とは比較にならない難しさだという。着艦ちゃっかんは三点姿勢といって降下時も機体を水平にし、尾部のフックを甲板上約30センチの高さに張られた制動索ワイヤーに引っ掛けなければ止まり切れない。

 機体を水平にすると操縦席からは機首が邪魔になって飛行甲板が見え難くなるのだが、零戦のパイロット達は慣れたもので前部の滑走かっそう防止柵ぎりぎりのところから狭い間隔で着艦していく。そこへ整備員が駆け寄り、弾薬と燃料の補給が始まる。


「……さっきのはったりは、見事」


 羅針艦橋の後ろに張り出したウイングで、洋平と亀子は慌ただしい光景を眺めていた。

 誘ったのは洋平だったが、先に口を開いたのは亀子の方だった。


「あなたが未来人という話が事実かもしれないと彼女達が思い始めた頃合いを的確に捉え、敵襲による心理的動揺も利用。しらふで聞けば一笑に付される予言を浸透させ、あの2人を狙い通りに操った。参謀を辞めて、本当に占い師に転職したら?」


 全ての零戦が着艦を終えた。

 後部エレベーターから九七式艦攻が上がってくる。その胴体下には、洋平の介入によって兵装転換を免れた魚雷が装着されている。


「人聞きが悪いな。あれは確かに未来の情報だ、僕のいた世界で実際に起こった出来事だよ」


 洋平がポケットから取り出してみせた紙片、スマフォの電源が切れる前に書き写した「提督たちの決断」攻略wiki史実欄のメモを、亀子は一瞥しただけで興味なさそうに首を振った。


「それでも、はったり。忘れた? こちらの布陣を変えれば、結果は変わってくる」


「……ああ、そうだね」


 洋平は苦笑して肩をすくめた。既に用済みになっていた紙片は風にさらわれて、海へ消えていく。黒島亀子の発言は遠慮という物が一切無いが、それ故的外れだったこともまた一度たりとも無い。


「確かに陣形を変えたから、僕の知っている通りの赤城・加賀・蒼龍の同時炎上は起こらないだろう。でも、あのまま利根4号機の続報を待ってたら、遅かれ早かれ南雲機動部隊は壊滅していたよ」


 史実通りなら利根4号機はこの後0820時に『敵ハ巡洋艦5、駆逐艦5』と、敵艦隊に空母がいないかのような報告を送ってくることになっている。

 これを聞けば草鹿達は、先の軍令部情報と合わせてやはり敵空母はいないと判断してしまうだろう。

 だが利根4号機はその僅か10分後、『敵ハソノ後方ニ空母ヲ伴ウ』と訂正してくるのだ。そこまで待っていたのでは遅過ぎる。だから。


「どうしてもあそこで、第二次攻撃隊の発艦を決めさせる必要があったんだ」


「……あなたが彼女達を騙したのは、それだけじゃないはず」


 洋平は黙って、亀子の辛辣な言葉の続きを促す。


「十字輪形陣が、リスク回避の陣形なんて嘘。この距離、この配置……恐らく今、ヴィンランド軍はこちらの空母を、赤城1隻のみだと誤認している。そしてそれこそが、あなたの本当の狙い」


 普段は眠たそうな亀子の声が、今はひどく鋭利だった。

 洋平は頷く。

 赤城に乗り込まれてしまった時点で、彼女にはばれると覚悟していた。


「……僕は最初から、赤城を被害担当艦にするつもりだった」


「被害担当艦?」


 亀子が訝しげに目を細める。そうか、この言葉は今はまだ無いのか。レイテ沖海戦での戦艦武蔵のことをそう呼ぶようになったのが、確か語源だった。

 もっともあれは結果的にそうなっただけで、作為があったわけじゃないが。


「十字輪形陣の外郭を構成する4空母の中で、ミッドウェーに向けて突出した格好の赤城だけが敵に発見されるのも、敵の攻撃が赤城に集中するのも、僕がそう仕向けた結果だ。最後尾を飛龍にしたのも偶然じゃない。赤城がやられた時に多恵さんに艦隊の指揮権を確実に移譲できるよう、飛龍を安全な場所に置いた。そうなる前に自発的に譲ってくれたのは予想外だったけどね」


 自分でも驚くほどすらすらと、最低な言葉が出てくる。

 草鹿と南雲に信じて貰う資格なんて、そもそも無かった。

 未来人であるかどうか以前に、2人が大切にするこの艦を、自分は初めから裏切っていたのだから。


「第二次攻撃隊! 全機発艦、始めーっ!」


 眼下では、整備員達の懸命な作業の甲斐あって、戦闘機隊と艦攻隊の発艦準備が完了していた。

 風向指標から噴き上がる蒸気を越えて、弾薬と燃料の補給を終えたばかりの零戦が発艦する。

 その後ろから重たげな魚雷を抱えた九七式艦攻が、飛行甲板をいっぱいに使って飛び立っていく。


「東方より敵雷撃隊12機! 本艦に向かってきます!」


 防空指揮所の見張員が叫んだのは、最後の艦攻が飛行甲板から車輪を浮かせた直後だった。

 水平線を越えて現れた敵機の群れは、それまでの敵の直線的な攻撃とは異なる動きを見せた。

 左右に分かれ、赤城を包囲するように散開する。

 素人目に見ても練度の違いがわかる。

 機種は同じ雷撃機でも、ミッドウェー基地航空隊に配備されたTBFアベンジャーより一回り小さいTBDデヴァステイター。

 現れた方角も、ミッドウェーから外れている。

 ……空母艦載機のお出ましか。

 ミッドウェー北北東沖で待ち伏せていた空母3隻を擁する敵機動部隊の攻撃が、ついに始まったのだ。

 ヴィンランド人の雷撃機乗りが決して侮れないことは、基地航空隊の第一波で既に証明されている。しかも今度は練度の高い空母の攻撃隊。

 対するこちらは今、最大の武器である直掩の零戦を欠いた、裸の空母だ。

 しかし。


「これで良い」


 洋平はそう呟いていた。


「今から敵空母3隻分の攻撃が、赤城に集中する。他の空母は暫くは安全だ。第一次攻撃隊は瑞鶴に向かい、第二次攻撃隊の発艦も間に合った。敵空母に辿り着けるかはわからないけど、飛び立ってくれただけで十分成功だ」


「……? 第二次攻撃隊には、敵空母を確実に仕留めて貰わないと困る」


 亀子が不満そうに言う。

 第一次攻撃隊は瑞鶴に収容できたとしても、相当な混乱が予想される。迅速な再発艦は難しいだろう。もう後が無いと思うのも無理は無い。だが、それでは分が悪過ぎる。

 洋平は、もう一つの告白をする。


「……第二次攻撃隊が敵空母を仕留めきれなくても、北方から来る第四艦隊が止めを刺してくれる。それまでの時間が稼げれば良いんだ」


「第四艦隊……?」


「そう、アリューシャンに向かった第四艦隊だよ。角田少将の四航戦には龍驤(りゅうじょう)に37機、隼(じゅん)鷹(よう)に48機。計85機の航空戦力があるじゃないか」


「今からアリューシャン攻略を止めて南下させても、間に合わないはず。まさか……いつの間に、第四艦隊に連絡をとったの?」


「出発前さ」


 さすがの亀子の顔にも、驚愕が広がった。


「第四艦隊司令長官の成実さんに、僕がお願いした。アリューシャンへ行く途中で、南に転進してくれってね。成実さんがアリューシャン作戦の指揮権を譲って欲しいと言い出したのも、そうするように僕が頼んだからだ」


 本来であれば、アリューシャン作戦は北方海域を縄張りとする第五艦隊が担当し、四航戦の2隻の空母もその指揮下に入るはずだった。


「……そんなに前から、私達を騙していたの」


 亀子がきつく睨んでくる。


「ごめん。でも……敵が連合艦隊の暗号電文を読んでいることをこちらが知っていると絶対に気取られないためには、亀子さん達にも黙っている方が良いと思ったんだ」


「暗号電文を、ヴィンランドが?」


「うん、解読されてた。作戦は全て筒抜けで、敵の機動部隊はハワイにいるんじゃなく、最初からミッドウェー近海で待ち伏せしている。だから……アリューシャンを陽動で攻めるのは、無意味なんだよ」


 しかしそのことを亀子達に伝え、連合艦隊司令部として正規の作戦変更の手続きをすれば、各部隊への伝達の過程で情報が漏れてしまう可能性が高い。

 ただでさえ海軍の情報管理が緩み切っているのを、洋平は目の当たりにしてきた。

 だから瑞鶴、金剛、比叡の3隻を一航艦に加える時も、洋平は正規の手続きを踏まずにドサクサ紛れでやった。暗号電文は使っていない。

 亀子が何か言おうとするのを制して、でも、と洋平は続ける。


「僕は亀子さんの作戦を否定したくなかった。敵に暗号を読まれてさえいなければ、素晴らしい作戦だったから。だから、亀子さんの作戦の要となる部分は、僕なりに残したつもりだ」


 目の前の寝癖頭が、微かに揺れる。


「亀子さんの作戦は、アリューシャンに向かった部隊を囮に、おびき出した敵を南雲機動部隊で叩く、だろう? 僕は作戦領域をミッドウェーに限定して……そして囮を、この赤城に変えた」


 もしタイムスリップしたのが筋金入りの戦史マニアだったら、未来人のアドバンテージをフルに活かしたチート作戦で敵を圧倒できたかもしれない。

 でも洋平には、これが限界だった。

 これでもここから先の展開は、洋平の知るミッドウェー海戦とは全く違ったものになるだろう。

 先任参謀は、暫く一言も発しなかった。

 空中で、赤城を無事に発艦した第二次攻撃隊と、赤城に迫る敵の雷撃隊とがすれ違う。こちらの零戦は一発も撃たない。九七式艦攻を護衛する以外の目的で一発たりとも機銃弾を消費しないよう、草鹿が厳命したからだ。


「……あなたの小細工が通用するのは、この一度きり」


 空を見上げたまま、やがて亀子はそんなことを言った。


「あなたの知識をMO作戦に使わずミッドウェーまで温存したのは、結果的に正解だった」

 

 ミッドウェー海戦における両軍の陣容は、珊瑚海海戦に影響されている。

 もし珊瑚海海戦の結果を変えれば、バタフライエフェクトなんて可愛いらしい物じゃ済まない。続くミッドウェー海戦は始まる前から様変わりし、洋平にとって未知の戦いとなっていただろう。


「……そうかもしれない」


 少なくとも戦術レベルでは、洋平の知識をそのまま活かせるのは、一戦限りなのだ。

 戦争全体の流れを知っているから大まかな助言はできるかもしれないが、今回何度もやってみせたような正確な予言は、もう二度と出来なくなる。


「一度きりのカードを使うのが、このミッドウェーをおいて他にないと思うならね。……けどね、亀子さん」


 その当然の理屈がわかった後でも、洋平は亀子と同じ考え方はできなかった。


「だからといって、僕がMO作戦に関わらなくて正解だったとは思わない。そういう考え方ができるのが亀子さんの長所だってことはわかってるけど」


「優先順位がわからないの? 可哀想」


「可哀想で良いよ」


 単独で護衛任務につかされ、囮にさえなれず、戦局に全く寄与しないまま敵機の大群に沈められた小型空母。

 空で、海で命を散らした少女達。

 月光に照らされ、骨のような色をした壁に貼られる無数の紙片。

 五十子の涙。

 変えられたはずなのだ。洋平がドーリットル空襲の後、塞ぎ込んだりせず、もっと早く珊瑚海海戦の結果を皆に伝えてさえいれば。

 もし珊瑚海海戦前の時点に戻れるのなら、何度だって干渉する。


「亀子さんに話があるって言ったの、ここからが本題なんだけど」


「……?」


 亀子の視線が、空から洋平に戻される。洋平は努めて微笑んだ。


「今飛び立って行った第二次攻撃隊含め、一航艦の艦載機搭乗員はね、調べたら全部で461人なんだって。ミッドウェー作戦に投入される兵員総数が10万人いて、本国に1億人の国民がいても、勝敗を決する矢面に立てる人間はたったの461人しかいない」


「……何が言いたいの」


「みんなの命を大切にして欲しい。亀子さんは参謀として凄い才能を持ってるとは思うけど、人命を簡単に軽んじる発言が多いから、それだけが心配だ。その時は合理的な判断のつもりでも決して戦争のためにならないし……五十子さんも喜ばない」


 亀子は暫し唖然とした後、目を真っ赤にした。


「あなたには言われたくない! あなただって第一次攻撃隊を着水させた。それに赤城を囮に使った!」


 口から泡を飛ばさんばかりに怒る亀子に、いきなり過ぎたかなと洋平は少し後悔した。

 でも、今はわかってくれなくてもいい。いつか先で、思い出して貰えたら。


「僕が元の世界で連合艦隊のプラモデルを親に捨てられて、悲しみの末にモデラーからゲーマーに転向した話はしたっけ?」

「してない!」

「僕は艦が大好きなんだ。だから、こんな策を使っておいてあれだけど、赤城を簡単に沈めるつもりはないよ」


 洋平は背後にある羅針艦橋の扉に向き直り、これから起こるかもしれないこと、洋平がやろうとしていることを亀子に告げる。


「……万一のために、僕はここに詰める。亀子さんは防空指揮所に戻って、南雲さん達に助言をして欲しい。直上からの急降下爆撃に注意してくれって」


 そのまま羅針艦橋に入ろうとする。

 だが扉のハンドルにかけた手は、横から小さな手に掴まれた。


「嫌」


 亀子が洋平を押しのけて、代わりに扉を開ける。


「屋内にいるのは私の仕事。屋外はあなた」

「節分かよ!」


 いくら自分が引きこもりだからって、そんな。


「それに。根拠の無い助言をするのは、参謀ではなく占い師の仕事」


「……。どうせまた、中で寝るんじゃないの」


 返事は力いっぱい扉が閉められる音だった。と思ったら開いて、寝癖頭がにゅっと突き出す。


「……注意すれば良い」


「え?」


 まだ怒っているのか、亀子の顔は少し赤かった。


「私がっ……私が人命を軽視し過ぎていたら、その時はあなたが注意すれば良い。どうせこの作戦が終わったら、他に役に立たなくなるんだから。さっきのは何? 気に入らない」


 再び扉が乱暴に閉められ、洋平は1人残される。

 仕方が無い。その時が来れば、また来よう。

 首を振って溜め息をひとつつくと、ラッタルを上がり防空指揮所に戻った。


「遅いぞ!」


 振り返った草鹿に怒鳴られる。

 草鹿は亀子がいないことに眉をひそめたが、それ以上は興味を失った様子で視線を前に戻した。

 他の士官達は洋平が戻ってきたことにさえ気付いていない。

 左右からTBDデヴァステイターの群れが、機首を真っ直ぐに向けてぐんぐん迫ってくる。風防ガラスが陽光を弾く。


「撃ち墜とせえっ!」


 両舷の高角砲・対空機銃が火を噴いた。それぞれ先頭の敵機を狙うが、じれったいほど当たらない。しかも何故か、対空砲火に前回ほど勢いが無い。


「弾幕薄いぞ、何やってるんだ!」


 草鹿に苛立ちをぶつけられた艦長の青木大佐は、相変わらず書店の従業員さんのような態度で、


「申し訳ありません……砲弾も機銃弾も、最小限の量しか積んでいないもので」


「え? そんな、どうして!」


「草鹿参謀長が防火のために、余分な弾薬は全て下ろすようおっしゃったので」


「あ、あれは、ボクが言ったのは艦尾の対艦砲のことだ! 高角砲と対空機銃は別だ! そんなの当たり前じゃないか!」


「はあ。いつも無敵の零戦が直掩にいれば鎧袖一触だとおっしゃっているので、てっきり対空砲は不要になったのかと……」


 言い合っているうちに、本当に対空砲火が止んでしまう。草鹿は地団太を踏んで洋平に指を突きつける。


「どうしてくれるんだ占い師君、キミのせいでこうなったんだぞ!」


 組織にありがちな伝言ゲームの弊害を目の当たりにしてしまったが、青木大佐の言ったことはあながち間違ってない。秒速160mで突っ込んでくる敵機相手に、電探もVT信管も無い対空砲火なんて正直なところ気休めの牽制にしかならない。


「怒らないで峰ちゃん。私の操艦で、魚雷は当たらないよ」


 草鹿がはっとして黙った。

 全員が声の主に注目する。

 本来なら艦長が立つ、航海長と繋がる伝声管の前で操艦指揮を執る少女。

 南雲汐里。


「左舷の敵、さらに接近……魚雷を投下!」


 ついにTBDの1機が、反転して舞い上がり様、胴体から魚雷を産み落とした。

 水飛沫が上がる。


「左舷10時より雷跡っ!」


「舵そのままですぅ」


 恐ろしく場違いな緩い声で出された南雲の指示に、一同は耳を疑った。回避しないのか?

 対艦攻撃の理想はやはり雷撃だ。爆撃と比べ、魚雷攻撃は艦の喫水線下に穴を開けられる。そこから先は火薬ではなく、水圧が傷口を広げていく。大量の水が艦内に流れ込めば、どんな艦でも沈没は免れない。

 それなのに、南雲はこれまでに見たことがないほど落ち着いている。


「良い子、良い子、そのままおいで……」


「右舷、魚雷落とされました!」


 反対側の見張員が引き攣った声で報告した。こちらも魚雷を放たれたのだ。

 黒々とした魚雷は一度海面にジャンプしてから、水中を一直線に赤城の横腹目掛けて突進してくる。白い雷跡が、海を引き裂く。


「右舷後方、5時より雷跡!」


 その瞬間、南雲はいっぱいに息を吸い込んで、伝声管に声を張り上げた。


「今ですぅ! 取り舵いっぱい!」


 赤城は船体をきしませ、左へ回頭した。

 見張員達が、固唾を飲んで海面を凝視する。前方と後方からそれぞれ接近する魚雷が、艦と並行になって左右を抜けていく。


「凄い……後方からも雷撃があると、どうして予測できたんですか?」


 青木大佐が、感嘆の声を漏らした。振り返った南雲は真顔で、


「雷撃は、標的の速度と針路から未来位置を予測して必中の突入角を割り出し、その位置につけるかどうかの勝負なんですぅ。飛行機を使おうと、高度を落として射点に到達しないと魚雷は撃てないから、こちらは射点を先読みすればいいだけなんですぅ」


「……え?」


 青木大佐の顔が固まった。他の士官達も。

 この人が本当に、あの泣いてばかりいた上官なのか。みんなの目がそう言っている。


「……あの頃と同じだ」


 草鹿だけが驚いた様子も無く、声に懐かしさを滲ませた。


「ボクが初めて会った時、汐里さんは軽巡那珂の艦長をしていてね。演習で駆逐艦6隻が放った36発の模擬魚雷を全弾回避したんだよ、神業だった。元気いっぱいで、水しぶきを浴びてきらきら輝いてた。ボクは一目で汐里さんのことが……」


 草鹿はそこで口ごもって下を向いてしまう。わかり易すぎる。

 その後も南雲は、大胆かつ冷静な操艦指揮で魚雷を次々と回避した。


「新たな敵雷撃隊、14機を確認!」


 東から、またもTBDの編隊。蜂の羽音のようなプロペラ音が、防弾板を叩く。先に現れた12機も、まだ半分近くが魚雷を吊り下げている。


「さすがにこの数は……」


 士官の誰かが呻いた、次の瞬間。

 先頭を切って雷撃しようとしていた敵機が、急に何かに気付き、慌てて針路を変えた。

 直後、上方からの機銃掃射がその胴体と翼を断ち切る。


「瑞鶴戦闘機隊!」


 赤城艦橋の上を、降下してきた15機の零戦がバンクを振って続々と擦過し、敵雷撃隊に斬り込んだ。

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