夏夜行
母に手を引かれお祭りに行く。悠はカラコロと下駄を鳴らしてあるく。
土がむき出しの道は暗く、母が手にした提灯の明かりだけがぼぅっと辺りを照らしている。道の先は暗闇で、はたして道がどれだけ先へ続いているのかもわからない。
道の脇には夏草がぼうぼうと長く延び、悠の腕を引っ掻く。草むらはやはり黒々として、何かが潜んでいるように思われた。悠は必死に母の手にすがり付いた。ひやりとした細く白い手。それだけが悠の味方だった。
ふと、思う。
これは本当に母の手だろうか。
いつもよりずっと冷たい。
母の顔を見上げてみると、提灯の灯りに下から照らされ、表情が読みとれない。ただ、きろりと悠を見下ろした目が、常と違っていやに細かった。
きつねが母に化けているのかもしれない。悠はそっと手を外そうとしたが、母は悠の手をぎゅっと握って離さない。そうして前だけを見て歩き続ける。
悠は母からできるだけ遠ざかろうと腕を目一杯伸ばした。腕はにゅうっと伸び、ぐんぐん伸び、とうとう提灯の灯りが見えないところまで伸びた。悠はそのまま腕を伸ばしながら母とは反対の方、もと来た方へ走り出した。
カラコロカラコロカラコロと下駄が鳴る。どんどん走るとどんどん暗くなって、道がどこか、自分がどこかわからなくなる。それでも悠は走り続けた。
行く先に、ぽうっと黄色い灯りが見えた。悠はまっすぐに、灯り目指して走った。
近づくにつれ、その灯りは、女性が提灯を提げて歩いてきているのだと気づいた。悠は足を止め、その人をじっと見つめた。
その人は片手に提灯を、もう片手に白い手拭いをぶら下げていた。手拭いがひらひらと泳いでいる。
その人が近づいてくる。
提灯の灯りはもう悠の爪先を照らしている。女性が持っている手拭いは、長くて長くて風に揺れ、どこまでも続いている。
女の人が、悠の前に立った。その顔は白い狐で、狐が手にしていたものは手拭いではなく、悠の手だった。どこまでも伸びた悠の手の先を握っていたのだ。
悠は狐の手から自分の手先を奪い取ると、来た道を走って戻った。自分の長く伸びた腕を拾い上げながら走った。
道の先に、ぽうっと黄色い灯りが見えた。悠は立ち止まる。地面に落ちた悠の手を、その提灯は照らしていた。提灯を持ったものがしゃがみ、悠の腕を拾い上げた。
腕にピリッとした痛みがあった。目を凝らしてみると、提灯をもったものが、悠の腕を握り、ズルズルと引きずっていこうとしている。地面の小石が腕にあたり、ピリピリ痛い。
悠は急いでそのものを追った。カラコロカラコロカラコロと。
追い付いて腕をもぎはなそうとしたけれど、そのものはぎゅうっと握って離さない。
そのものを見上げると、母だった。
狐のように細い目で悠を見下ろす母を見て、悠は声をあげて泣き出した。その泣き声に引かれたように四方から提灯の灯りがたくさん近づいてきた。
狐がいた。狢がいた。蛇がいた。鬼がいた。そうしてたくさんの母がいた。
母たちは悠の腕を奪い合う。悠は痛みにまた泣き叫ぶ。
狐が狢が蛇が鬼が笑う。悠の泣き声にあわせて踊り出す。
終わらない夏祭りが始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます