「雷坊やと大男 」

昔々のお話です。

雲の上には雷様の一族がおりました。

その中でも一番の暴れん坊、雷坊やは今日も悪戯にせいを出します。

あっちでゴロゴロ、こっちでピシャリ!

それはもう手がつけられないほどでした。


そんな雷坊やの楽しみは地上の世界を眺める事でした。

坊やが雷を落とす度にみんな慌てて逃げ出します。

そんな光景を面白おかしく眺めるのが坊やの日課でした。


そんなある日、雷を落とそうとして坊やは誤って雲の上から地上へ落っこちてしまいました。


初めて眺める地上の風景に坊やはしばし感動していました。

雲の上はただ平坦な世界で廻りは真っ青な空ばかり。

でも地上は海があり、山があり、川が流れ、家からは煙が野には花、蝶や鳥が舞い、それはもう賑やかで華やかに坊やの目に映りました。


坊やは珍しそうに地上世界を歩いて行きました。

見る物すべてが新鮮で雲の上で手当たり次第に雷を落とすより何倍も楽しい時間を過ごしていました。


しばらく道を歩いていると小さな村が見えてきました。

坊やはまだ子供とはいえ雷様です、その姿を見た村人達は皆怯えたように家に閉じこもってしまいました。


坊やを歓迎してくれる者はこの村には誰一人としていなかったのです。

坊やは家々を廻って声を掛けてみました。


「おぅい、おぅい!」


堅く閉ざされた扉は一向に開く気配がありませんでした。


「俺は雷さまだゾ!雷の恵みを授けてやってるんだゾ!」


坊やはそう言って強がってみましたが、扉の中からの反応は全く変わりがありませんでした。


坊やは何だかつまらなくなってその村を後にしました。


そうして村外れの道を歩いていると一人の男が目に止まりました。

坊やはまた声を掛けると逃げ出してしまうと思って、そっと後をつけて行きました。


男はかなりの大男でした。

そして山に入って山菜を採っていました。

険しい山の中をただ一人黙々と山菜を採る大男。


坊やは少し疑問に思いました。

何故この男は一人でこんな事をしているのだろうかと。


さっき坊やが寄った村の人達は皆何人かで連れ立って作業をしていました。

一人だけで作業をしている人は見当たらなかったのです。

そして、大男と出会ったのは村外れ。

だから、この男も多分この村の住人のはずなのです。

なのに何故この男には連れがいないのだろう。


坊やはまだ子供なのでアレコレ考えるのは苦手です。

そこで黙ってついて行こうと思っていたのを忘れて、つい大男に声を掛けてしまいました。


「おい!なんでお前は一人なのだ?」


いきなり声を掛けられた男はビックリしましたが、坊やの姿を見ても逃げ出す風でもなくただ一言、言いました。


「俺は嫌われ者だからな」


「何故じゃ?」


「聞きたいか?」


大男は雷坊やを側に寄せて語り始めました。


大男はかなりの力持ちで喧嘩も強く、近くで戦があった時に喜び勇んでその戦に参加しました。

そして何人もの侍を殺して武勇伝をあげたのですが、ある策略にはまり裏切り者としてこの村に落ち延びてきたのです。


裏切り者とされた大男を村人は受け入れませんでした。

しかたなく村外れに住む事を許された大男はそこで誰にも会わないようにただひっそりと暮らしていたのでした。


「そうか、お前には友達がおらんのか…」


坊やはポツリと言いました。


「人間はいつ裏切るか分からん、友達なんていらん」


大男はそっけなくそう答えるのでした。


「そうだ!ならばわしがお前の友達になってやる!」


坊やは男の腕を掴みながら言いました。

でも男はその腕を振り払って言うのです。


「友達なんていらん!ほっといてくれ!」


大男は坊やを置いて山の更に奥へと歩いて行きました。

しかし、坊やも男の後をついて行きます。

その気配に気付いた大男は更にペースを上げて歩いて行きます。

坊やも見失わないように追いかけます。

二人の滑稽にも見える追いかけっこはしばらく続いて行きました。


どのくらい山の奥へと来た事でしょう、密生する木々のせいで昼間なのにかなり薄暗い場所に来てしまいました。

もう村へ帰る道筋もよく分からなくなって来ていました。


「おのれ、待たぬかー!」


坊やは大声で男に向かって叫びました。


「ついてくるなー!」


男も負けずにそう答えました。


と、その時です、ガサガサッと滑る音が聞こえたかと思うと坊やの視界から大男の姿が消えてしまったのです。

坊やは急いでその場所まで駆けつけました。


案の定、大男は足を滑らしていました。

後少しで崖に落ちる所を間一髪、坊やの手が男の腕を掴みました。


「さぁ、もう少しの辛抱だ、今助けるからな!」


坊やはそう言うと雷様パワーで男を引き上げました。


「なんで助けたんだ、俺は別に死んでも良かったんだ」


助けてもらった坊やに向かって男はそんな事を言いました。


「だってお前は俺の友達だ、友達に死なれては困る」


坊やは男にそう答えました。


「俺なんか友達にして何が楽しい?」


男は少し困った風な顔で坊やに質問しました。


「追いかけっこ、楽しかったぞ!」


坊やはそう答えると笑いました。

その笑顔を見て男もつられて笑い出しました。


「お前、変なヤツだなぁ」


「お前こそな!」


結局その一件で二人はとても仲良くなりました。


夕焼け空の下、山を降りて来た二人はまた会う事を約束して別れました。

いつもの夕焼けが一味違って見える二人でした。


それから坊やは無闇に雷を落とす事がなくなりました。

そして退屈になったら男の元に遊びに行くようになりました。


男も坊やのお陰で明るくなり、次第に村の人々とも打ち解けられるようになって、それからは平和に暮らす事が出来るようになりましたとさ。


(おしまい)

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