第二十二話 旅立ちの日
昨日とは打って変わって今日は気持ちいいぐらいの快晴である。空は青く、高く、雲は一つもない。時折吹く風は穏やかで、昼寝をするには最適な環境だろう。
しかしここは村の端にある墓地である。昼寝をするには余りいい場所とは言えない。
墓地と言っても薄暗い雰囲気ではなく、公園のように緑の草と小さな花が広がり、太陽の光に照らされて、どちらかといえば綺麗な場所である。
ここの一角に、シランは今日眠るのだ。
それぞれが悲しみの他に思うことがあるのだろう。神妙な顔をしている者が多い。
関わりがあったといえど、余所者にすぎないフラマとイリスは他が落ち着くまでその場を離れる。
フラマは遠目に様子を眺めているみたいだが、イリスは一人になりたくて、そっとその場を離れた。
そして少し考える。
あの雨の中、シランは微笑んでいた。なぜ、と問いかけたかったがその微笑みを見て出来なくなった。
そうしているうちに、彼女はその生命を静かに終えてしまった。
ランは静かに涙を流し、幼いころからシランを知っていた村人達も悲しみに暮れる。ヴァンは嗚咽を上げながら、ずっと泣いていた。
フラマも涙こそ流しはしなかったが、その表情を歪めて悲しみの色を滲ませていた。
しかしイリスだけは違った。
確かに悲しくて泣いてしまいたいとも思っていた。だが涙を流すことは出来ず、それよりも急速に頭が冷えていくのがわかった。
シランの微笑みを見たとき、一瞬何かを問いかけられている気がした。そしてシランの思いが伝わってくる気がした。
きっとヴァンのことを指しているのだろうとその時は思い頷いた。フラマも同じだろう。しかしそれ以外に、こう聞こえた気がした。
――貴女ならどうするの?
そんな言葉が頭を過り離れない。
しかしその考えを打ち消すように頭を振る。黄金色の髪が動きに合わせて揺れていた。
言葉にせず思いを誰かに伝える魔法は、現在では存在しないはずなのに。
大昔、今よりもずっと魔法が栄えていた頃はその種の魔法も存在していたと記されている。現世では使用できる者はほとんどいない古代魔法だ。
少なくとも他の国と比べて魔法を使用する者が少ないこの国では、辺鄙な村でその存在自体を知る機会など皆無のはずだ。
「わたしの、気のせいなのかなぁ……」
一人呟く言葉は空気に溶けるように消えていく。
心にひっかかりがあるが、考えても答は出ないのだ。
諦めてため息をつくと、すぐ後ろに人の気配があった。ゆっくりと振り返るとフラマとヴァンの姿がある。
昨日涙が枯れるのではないかというぐらい泣いていたヴァンは、もう泣いていなかった。
「お待たせしました」
「ヴァン……もう、いいの?」
「はい。ちゃんとシランに、さよならと行ってきますって言いましたから」
シランとのお別れが済んだら一緒に旅に出たいと、ヴァンは今朝早くに言ってきた。
元々一緒に行くかどうかの話だったとはいえ、まだ誰も落ち着かない時に急いで決める必要はないと思うのだが、決意は固まっていたようだ。
ランも村長も落ち着いているように見えるが心中は穏やかではないはずなのに、その決意に黙って頷いた。
悲しみと寂しさを混ぜた二人の表情が忘れられない。
「じゃあランさんと村長に挨拶したら、村を出ようか」
「はい……あの、無理言ってごめんなさい。ありがとうございます!」
深々と頭を下げるヴァンをみて二人は顔を見合わせる。
少年が決めたことに誰も異を唱えなかった。本人が決めたことならもう何も言う必要はないだろと思う。
シランの存在が全ての機会となったのは言うまでもないが、ヴァンなりに考えた結果だ。
今はまだ言葉にするのは難しいかもしれないが、いつの日か少年の想いの内を聞いてみたいとも思う。
「行こう、ヴァン。決めたんなら進むだけだ」
フラマはその小さな頭に手をやり、笑いながらかき回した。それにイリスも笑いゆっくりと歩みだす。
二人の歩みにヴァンも顔を上げて続いた。
ランも村長も旅立ちを優しく見送ってくれる。
いつでも戻ってきていいとも言ってくれ、シランにも会いに来て欲しいと言葉を添えられた。
天気は良くて優しい風が吹く。
旅立ちには最適の日。
ヴァンは一度だけ立ち止まり振り返る。そしてシランが眠る方角を眺めた。
――ヴァンの為に、奇跡の花、見つけてね
最期のシランの囁きをヴァンは胸に秘め、誰にも話していない。
断言はできないが何かを託された気がする。
その答えもいつの日か見つけることが出来るだろう。
そして彼女の囁きの意味を理解する日はそう遠くない未来のことだった。
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