第二十話 最期の願い


 静かな空間に雨音だけが耳元に残る。

 ランがいなくなった。ヴァンもいなくなった。そしてみんな行ってしまった。

 一人家に残されたシランは、仕方がないとわかっていても、言い知れぬ不安に苦しむ。

 そして昔を思い出す。あの時はぎりぎり間に合った。結果としてシランの寿命が縮まったかもしれないが、それでも間に合ったのだ。

 悲しみで未来が見えなくなってしまっていたが、ヴァンは未来を生きることが出来るのだ。だから生きて欲しいと心から願った。

 しかし今回はどうだろうか。何もできずにただ待つしかないのだろうか。待った結果、どうなるのだろうか。この不安はなくなるのだろうか。

 ヴァンもランも生きてくれるのだろうか。元々少ない自分の時間以上に、生きて欲しいのだ。その時間が消えてはしまわないだろうか。

 残された自分の僅かな時間が、後悔に染まることはないだろうか。

 そうなってしまうのだけは、絶対に嫌だった。


「……ッ」


 唇を噛みしめて、己の手を強く握りしめる。そして顔を上げる。

 シランは自分で決めていることがあるのだ。

 ヴァンはシランに生きて欲しいと願っているが、どうしようもならないことが世の中にはあることをシランは理解している。

 だからシランは安穏と少しでも長く生きるよりも、自分の大切な人たちが自分の分まで生きてくれるほうがずっと嬉しくて、そうあってほしいと願っている。


 ――たとえ、それが私の我儘であっても


 自分勝手な願いだと分かっているつもりだ。

 それはたぶん、ただの自己満足に過ぎなくて、他の意志を無視することになるかもしれないが、それの何がいけないのだろうか。

 押し付けるつもりはないが、だからといって自分の意志を曲げるつもりも、思いをなかったことにするつもりもない。

 他のみんなにもそれぞれの願いや思いがあることも分かっている。

 それでもシランは自分の生き方は自分で決めて、貫こうと決めている。

 イリスには魔法を教えてもらうときに再三、大きな力を使っては駄目だと言われた。それは己の生命を削ることになるからと。次同じように大きな力を使ってしまえばその生命は力尽きてもおかしくないはずだからと。

 だから大きく魔力を使ってしまわない為に、魔法のコントロールを覚えなければいけないとも言われた。

 その時は頷いたが、それでも誰になんと言われても、きっと必要とあれば、それが大切な人達を救うことになるのなら、自分の生命の限りを尽くして魔法を使うだろう。

 だから雨の中家を飛び出し、弱まった体力で必死に走った。すぐに苦しくなるが、それ以上に気持ちが高まる。山に入り迷うことなく真っ直ぐ進む。昔、ヴァンを探していた時も迷うことなどなかった。

 なぜか進むべき方向が分かった。呼ばれている気がした、とも言える。

 理由などわからないが、今回も進むべき方向がなんとなくわかってしまう。ランやヴァンの姿を見つけた瞬間、シランは自分が今この時まで生きている意味が唐突に分かった気がした。

 きっと今、大切な人達を救う為に、自分は生きていたのだと思った。それが正解じゃなくても、シランはそう思うことにしたのだ。

 だから躊躇うことなく自分にできる最大限の力を振り絞った。

 一つだけ後ろ暗くなることがあるとすれば、結果的にイリスに嘘をついてしまったことだろうか。

 この可能性だってわかっていたはずなのに、それでも彼女は少しでもシランが生きられる方に望みをかけて魔法の使い方を教えてくれたのだから。


 ――ごめんなさい、イリスさん


 心の中で謝りながらも、後悔することはない。

 イリスから魔法の話を聞いたとき、魔法が使えて心から良かったと思えた。そして、今この時も心から思う。

 魔法を使った結果がどうなっても、心から思うのだ。


 魔法が使えて良かったと。


 シランにとって大切な人達の時間を守ることが出来るなら、それだけで幸せなのだ。

 この満ち足りた気持ちをどうか大切な人達にも伝わってほしいと願う。

 言葉にしなくても、この思いを伝えられる魔法があるならよかったのに。いや、あるのかもしれないがそれをシランは知らない。あるのならイリスに教えてもらえればよかったかな、と頭の隅で考える。


 ――でも大丈夫かな


 言い聞かせるように、そっと心中で呟いた。

 ランも祖父も悲しむだろうがきっと理解してくれるだろう。だってずっと優しい眼差しでシランを見守ってくれていたことを知っているから。


 ――ヴァンも、大丈夫


 心配だった、ヴァンが。自分自身を責めていることを知っていたから。

 だけど彼にとって素敵な出会いがあった。

 きっとフラマとイリスはヴァンを導いてくれる。シランが伝えたかったことを、伝えきれなかったことを、諭してくれるに違いない。

 人任せで申し訳なく思わなくもないが、最期の我儘ということで承知してもらおう。

 あとは魔法がなくても伝わることを願うのみだ。


 ――大好きな人たち、どうか


 シランを包む、ヴァン達を包む、その眩い光がきっと未来を輝かせてくれると信じている。

 だからシランは、ヴァンとランの姿を見て、そして遠くから悲痛の声で叫ぶイリスの姿を見て、その横にいるフラマに小さく微笑んだのだ。

 それで全てが伝わると、思えたから。


 ――明日も生きてください

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