第十九話 眩しい光


「こっちの方じゃないかもしれないな」


 捜索隊は周囲を確認しつつ、確実に山の奥まで進んでいた。しかし視界が悪いせいもあり、一向にラン達の姿は見つからない。もしかしたら進む方向が違うのかもしれない。


「子供の足でそこまで遠くに行けるとは考えにくいし、ランさんも流石に無闇に奥へは行かないだろう」

「そうだな。なら今度はあちらの方を探してみるとするか。崖が多くて危険だが……万が一ということもある」


 山に詳しい三人が話し合い、来た道を少し戻り違う方向を探ってみることにする。

 フラマとイリスは大人しくそれに付き従う。地の理がない自分たちが考えてわかることではないのだから。

 ふと、イリスがフラマを見るとその表情は険しかった。


「……どうしたの?」

「いや、なんか嫌な予感がしてな」

「……フラマも……」


 黙々と山の中を歩いてはいるが、先ほどから嫌な感じがしてならない。

 言い知れぬ焦燥感にその表情は険しくなる。

 フラマと同じ感覚がイリスにもあり、自分のその手を強く握りしめた。


「大丈夫、何事もなければいいんだけど……」


 自分自身にそっと言い聞かせるようにイリスは呟き、それにフラマは目を伏せる。考えるよりも探すことに集中するよう軽く頭を振った。

 暫く歩くと、崖がよく目につくようになった。足元が悪いため、慎重に進まなければ滑り落ちかねない。

 山慣れしている村人や普段から鍛えているフラマとは違い、途中何度か転びそうになっているイリスを見兼ねて、フラマをその手を取ってやった。


「ありがと……」


 小さく礼をいいながらもなぜか目を見開いて驚く彼女に首を傾げる。だが訝しがるフラマに気付いてか、すぐに曖昧に笑った。


「……ここでイリスが落ちたら二度手間どころじゃないからな」

「……そうだね」


 それが言い訳のように聞こえてしまうことに気がついてフラマはそっぽを向く。だから手を引かれながら、すぐ後ろでイリスが嬉しそうに小さく笑っていることには気づかなかった。


「なんだ、あれ……?」

「なんか光っとるぞ!」


 前方にいる二人が足を止めて驚きの声を上げる。それに後方の三人も同じように足を止め、指された方角を見た。

 するとここから少し離れた場所の崖下に白く淡い大きな光があった。崖はまだ下まで続いているように見て取れるので、光は真ん中辺りになるのだろうか。

 雨で見通しも悪い為、光の正体が何かはここからでは判断できない。

 確かめる為に足元に気をつけながらも光の方へと歩みを進める。

 ただイリスだけはその光に心たりがあるのか、表情を硬くしていた。


「あれは……人がいるな。ランさんに……ヴァン!」

「……やっぱり」


 人よりもいい視力を持つフラマはその姿を捉え、叫んだ。

 他も同じように目を凝らすと、ぼやけてはいるがそこには確かにランと女の子、そして崖から落ちそうになっているヴァンがいた。

 それは緊迫した状態で、なんとかランが落ちかけているヴァンの手を掴んではいるが、その場もとても不安定な小さなくぼみである。彼女がヴァンを引き上げる前に共に落ちてしまいかねない状況だった。

 助けなければ、と周囲が騒めく中、イリスだけが違うものを探した。

 あの光は間違いなく魔法によるもので、今まさに魔法が発動しようとしているもので、それを扱うものがいるはずなのだ。イリスが知る限り、それができる可能性があるのはこの村ではただ一人。


「……だめっ! シランちゃん……!」


 見つけた瞬間叫ぶ。隣から聞こえる叫び声にフラマは驚き、彼女が見つめる先を見た。

 それはヴァン達がいる場所から、こことは反対側の離れた場所。

 同じように淡い光に包まれたシランの姿があった。

 イリスの叫び声はきっとシランにも聞こえたのであろう。

 ヴァン達を見つめていた瞳が一瞬こちらを捉えた直後、淡い光は眩しい光へと膨れ上がり周囲を包み込んだ。

 その時、フラマは確かに見たのだ。溢れる光の中にある姿を。

 幼い少女が全てを受け入れて、全てを包み込むように優しく、優しく、だけど力強く、だけど少しだけ寂しさを瞳に滲ませて、微笑んでいた。


◇◆◇


 探していた人物を見つけて、でもその姿に安堵と心配の念が起こり、普段なら気を付けているはずの足元を疎かに駆け寄ろうとした瞬間、崖から滑り落ちてしまった。

 悲鳴を上げる間もなく崖を転がっていると、ふいに優しくて力強い手に自分の手が掴まれるのが分かった。

 転がる動きが止まり、恐々と顔を上げるとランが必死にその手を繋ぎ止めていることがわかる。

 それが一瞬、ヴァンの記憶する過去と重なった。


「ラ、ン……さん……」


 必死にその名前を紡ごうとするが、声が掠れて思うように出なかった。それでもランには確かに届いたのだろう、苦痛の中に優しい笑みを見せる。その姿がシランと重なる。

 こんな状況なのに、ヴァンは二人がやはり母娘なのだとしみじみと感じていた。


「ヴァン……大丈夫よ、すぐに助けるわ……」


 そう言って引き上げようとする。ヴァンは年齢のわりに小柄な為、ランの力でも引き上げることが可能なはずだった。だが場所が悪い。彼女自身も崖から落ち、運よく途中の小さな窪みにいるに過ぎない。力を入れるとぬかるんだその場からラン自身も落ちそうになってしまう。

 そんな様子に彼女の背後にすがるようについていた女の子が泣きながら小さく悲鳴を上げていた。


「ラン、さん。だめだよ、一緒に、落ちちゃうから……」


 手を離して、と言おうとするのを遮るようにランは首を振る。そして意思表示とばかりに、さらに握る手を強めるのだ。

 それにまたシランの姿を思い出す。思い出して、泣きそうになって、我慢をする。

 しかし泣きそうになった時、その場にいる三人の身体が淡い光に包まれ始める。三人が三人とも驚きに目を見開くと同時に、どこか遠くでイリスがその名を叫ぶ声が聞こえた。

 次の瞬間、本当にヴァンは泣きたくなった。

 記憶が重なってしまい、どうしようもなかった。我慢が出来ず、涙がこぼれた。


 そして眩しい光に包まれて、目を閉じた――

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