第十八話 伸ばしたその手は
議論している時間も惜しく、フラマのフォローもありイリスは捜索隊へと加わった。村人三人とフラマ、イリスの計五名の構成である。
先頭をフラマよりも少し年上と見て取れる男性とその父親、そしてフラマ、イリスを間に挟み最後尾に中年の男性という並びで周囲を確認しながら行動する。
元から歩きにくい山道は雨が降っているせいでぬかるみ歩きにくかった。
しかし山になれた村人三人も旅をして歩き慣れしている二人もさして苦にはならない。
雨足は弱まるどころか一層強くなっているため視界が悪いことこの上なかった。
その為、前方はよく見えず、ヴァン達の姿を探すどころか行く手を阻むように繁る草木にも気づきにくく、道を進む度にぶつかり邪魔をする。
怪我がするほどではないが、先頭の二人はより鬱陶しいと感じていた。
「……ちょっといいですか」
先頭の二人を押し退け、イリスは最前列へと進み出る。もちろんそれに二人は顔を顰めるのだが、それを気にすることなく彼女は真っすぐ見据えて前方へと手を伸ばした。
『風よ、我が道に吹き抜け給え』
そう小さく呟いた瞬間、一陣の風が吹き抜けた。
その風はとても強く一瞬であったが、気づいたときには彼らが進もうとしていた前方の道には人が通りやすいように開かれていた。
「へえ、それも魔法?」
ある程度魔法のことを事前に聞いていたフラマは感心したように何気なくイリスに確認をする。
しかし初めて見たであろう少し不思議な現象に他の三人は唖然としていた。
「そうだよ。風の基礎魔法を少しだけ応用したの」
風の基礎魔法は周囲に風を吹かせる程度のものだが、イリスはそれをコントロールし一筋だけの強風に変えたのだ。基礎魔法を少し応用したにすぎないので使用する魔力も少なくて済む。これを長時間、もしくは範囲を広げてしまうとそれだけの魔力が必要となってしまう。
「はあ、これが魔法かあ。話には聞いたことあったけど……初めて見たよ」
一番若い村人が呆けたまま言った。他の村人二人も同様で何度か頷いている。
やはりこの地域では魔法に接する機会がほとんどないのだろう。魔法が盛んな地域と比べると凄い差である。
「あ! もしかして最初俺に追いついたのもこれか?」
「せいかーい! よくわかったね。ちょこっと抜け道を作らせてもらいました!」
「どーりで……」
初めてイリスと出会ったとき、彼女から逃げ出したいが為に先に森の中へ入ったはずなのだが、なぜかフラマの前から現れた。その時は原理が全くわからなかったのだが、この魔法を目の当たりにしてようやく理解する。
あの時もフラマは森の中にあるかろうじて人が通れるくらいの隙間を道なりに進んでいたのだが、イリスは自分の進む道を勝手に作って真っ直線に進んできたのだ。
「ね? わたしがいたら役に立つって言ったでしょ」
いくら基礎魔法程度しか使えないといっても使いようによっては様々なことに役立つのだ。それには柔軟な考えが必要なのだが、幸い、イリスはそういう点には長けている方だと自分で思っている。
「さて、道も開けたことだし……無駄話はこの辺にしてさくっと探しに行きましょう!」
村人達は初めて見る魔法に好奇心を覚えなくもないが、悠長にしている場合でもない。
イリスの言葉とともに切り替えて、再び周囲を確認しながら山の中を進むのであった。
◇◆◇
山に入って暫く経つと雨がだいぶ激しくなってきた。この辺の天気は変わりやすい。何気ない雨が嵐になることだってある。
そんなことは長年この村で生活していたランにとって十二分に理解していたことなのだが、行商人の連れ子が山に入ってしまったと聞き、居ても立っても居られなかった。
その子が十歳ぐらいの愛らしい笑みをランに見せていた女の子なら、尚更どうしても自分の娘と被ってしまう。
だから雨が降るとわかっていても、危険だとわかっていても、女の子を探しに行かずにはいられなかった。
山に入って程なくして、半泣きになっている女の子を見つけることができた。
「大丈夫、大丈夫だから。……泣かないで。みんなのところへ帰りましょう?」
雨で周囲が暗くなり、帰り道もわからなくなってしまい、不安になっていたところにランが現れたので、女の子は安心して泣き出してしまった。
本当は泣き止むまで慰めてあげたかったが、すぐに雨が降り出してきたので、その小さな手を引いて急いで村に戻ろうとする。しかし急ぎすぎたのだろうか。
ランは普段あまり村から出ることはないので、山の中には詳しくなかった。気を抜いた瞬間に足を滑らして女の子と共に崖から落ちてしまう。
幸いにも、崖の途中の窪みはまり余り落ちることはなかった。土と木がクッションとなり泥だらけにはなったが、擦り傷程度で済んだのだ。
しかし中途半端なこの場所はランの力では女の子を連れて崖を登ることも降りることもできそうになかった。
仕方なく村人の誰かが救助にくることを願ってその場で待機することに決めたのだ。
「ごめんね、痛かったよね。大丈夫よ、大丈夫。すぐに助けが来るからね」
それはラン自身に言い聞かせるように、しかし女の子を安心させる為に優しく何度も呟く。
すると女の子を宥めながら待機することを決めてからそれほど時間が経つ前に聞きなれた声が聞こえた。周囲を見回すとそこには娘と同じ年頃の、息子とも思える子どもがランの名前を呼んでいる。
「ランさーん!」
「……ヴァン!」
降り出した雨の中、必死になって駆けてくるヴァンにランは思わず込み上げてくるものがあった。雨の日に山に入ることが危険だと知っているはずなのに、昔、身をもって体験しているはずなのに、それでもヴァンはランを探しに来たのだ。
昔、ヴァンは父親を亡くしたショックで一人山を彷徨っていた。あの日も静かな雨が激しい雨へと突然変わったのだ。
落ち込んでいることは知っていたのに、ラン自身も動揺してしまい大した言葉もかけられず、幼いヴァンをしっかりと見ていることが出来なかった。
だから気が付いたときには、どこにもヴァンの姿はなかった。
そのことに先に気付いたのは同じく幼く、しかし聡い自分の娘だった。
病弱ではあったが今よりも元気で、すぐにヴァンを探しに飛び出したのだ。
そして山の中でヴァンが危険な状態に陥っているのを助けた。
ランにはどういう原理かわからない。しかし確かにシランはヴァンを救った。
遠目に見たのだ。娘から溢れだす眩しくも優しい光が二人を包んだのを。
ランはその光を見たとき、なぜか泣きそうになったのを今でも覚えている。駆け寄って、二人を抱きしめたとき、ヴァンが泣いていたのも知っている。そしてシランが優しく微笑んでいたことも、鮮明に記憶に残っていた。
あの時からシランの体調が一気に悪くなったことも、それをヴァンがずっと気にしていることも本当は知っている。知っているがどうしてやればいいのか、明確に答えが出せずにいる。下手な慰めは意味をなさないこともわかっていたから。
ただどんな明日を迎えることになっても、子供たちが精いっぱい生きて、自分で決めたことなら受け入れようと密かに決意していた。
誰にも語ることはないが、子供たちが生きる時間を可能な限り見守り続けることが、抱きしめてあげることが、ランにできる全てだと思っているから。
「ランさん! 大丈夫?!」
ランの声でヴァンはすぐにランがいる場所に気がついた。そして近くまで走り寄ろうとする。雨で視界は悪く、地面がぬかるんでいる中を躊躇せず踏み出した。
ただ泥だらけのランの姿を見て、心配になって、それ以外はなにも考えられなくて。
注意力散漫になっていた。
「……ヴァン!!」
ランが足を滑らしたのと同じところでヴァンも足をとられ滑り落ちる。
ヴァンは声を上げる間もなくそのまま崖を転がった。運が悪いことに、ランが落ちた場所よりも少し横にずれており、窪みにはまることなくそのまま下へ落ちることになってしまう。
そのことに気が付いたランは悲鳴を上げながら必死にその手を伸ばして、自分よりも小さな男の子の手を掴んだのだった。
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