第十七話 残された想い


 ランを迎えにイリスとヴァンが家を出てから三十分近く経った頃、村長宅でフラマはこれまでの経緯を掻い摘んで話していた。

 兄クリムの事やハーミルの『奇跡を呼ぶ花』のことなどだ。その中でヴァンとの出会いも軽く触れた。シランは既知の内容だが、村長は初めて聞くことに少しばかり顔を渋くした。


「確かに昔、そのような本が流行っていたなあ」

「村長は知っているんですか?」

「中身までは知らなかったがな……知り合いがそういう本を読んでいたのを思い出したよ」


 懐かしそうに目を細める老人には、その年齢の分だけ思い出もあるのだろう。

 話が途切れたところで、気がつくと窓に雨が当たり濡れていた。


「降ってきたんだな」


 フラマが窓を見れば、釣られて残りの二人もそちらを見る。


「本当ですね……早く帰ってきてくれるといいんですけど……」

「そうだな」


 迎えに行ったイリスやヴァン、それに買い物に出ているランも、雨に濡れてしまっているのかと思うと、家で待機しているフラマとしては少し居たたまれない。

 そのまま窓の外をしばらく見ていると、その景色に見知った人物が映り込んだ。


「あれは……イリスだな」


 その姿を認めてフラマは立ち上がる。彼の視力は比較的良く、他者が判断出来ない物でもはっきりと捉えることが出来た。

 同じように窓の外を眺めていたシランはしばらくしてからその姿に気がついた。

 フラマはイリスが家に辿り着く前に扉を開けてやる。反対にフラマの姿に気がついたイリスは大きな声でその名前を呼んだ。


「フラマー!」


 数秒してイリスは家の前に辿り着く。

 雨の中を走っていた為、彼女は全身濡れていた。黄金色の髪はしっとりとし、頬に張り付いている。


「だいぶ濡れているな……他の二人は?」


 奥からやってきたシランからタオルを受け取った彼女は一瞬黙り、続いて慌てたように告げる。


「それがっ……大変なの! ランさんが山に入っちゃったみたいで、ヴァンも探しに山に入っちゃったんだよ!」

「なんだってまた……!」


 どうしたらそんな展開になるのだろうか。イリスの話を聞いていた村長とシランも驚きを隠せないでいる。


「イリスさん……どういうことか詳しく話してくれるかな」


 すぐに事の重大さに気がついた村長は声を低くして先を促した。


「実は村の橋が落ちたんです。だいぶ老朽化していたみたいで、荷車の重みに耐えきれなかったんじゃないかって他の人は言っていました」

「……ああ、近々補修工事をしようと計画していたのだが……遅かったか。怪我人はいなかったのかな?」


 思い当たる節があるのだろう、苦虫を噛み潰したような顔する。

 浅い川の上にかかる橋とはいえ、落ちたとなれば怪我人がでる可能性もあるだろう。村長として早急に対応しなければいけない。


「何人かは一緒に落ちたらしいですけど怪我はなかったみたいです」

「そうか……しかしなぜランとヴァンは雨の中山に入ったというのだ……」


 怪我人がいなかったことに安堵のため息をつくが、二人が山に入ったことがどうしても解せない。いくら慣れた山とはいえ、天気の悪い中歩き回るのは危険だということは十分に理解しているはずなのだが。


「それが……行商人の中に小さな女の子がいたみたいなんですけど。橋が落ちた騒ぎの中、ちょっと目を離した隙に山に入ってしまったみたいなんですよ」


 親子で行商にくることも珍しくない。行商人の内の一人の子どもがちょうどヴァンと同じ年頃だった。

 そのことを知ったランは真っ先に山に入り女の子を探しに行ったという。

 そして更にヴァンは他の制止も聞かず山に駆け出したのだ。

 イリスも続こうと思ったのだが村長にまだ報告がされていないとわかり、先にこちらまで急いで来たのだった。


「なんということだ……とりあえず広場に行ってくる」


 思わず嘆いてしまうがここで嘆いていてもどうしようもない。

 不安そうにしている孫のシラン告げると優しくその髪を撫でた。


「大丈夫だ、なにも心配することはないよ」

「でも、おじいちゃん……私も、一緒に……」

「馬鹿なことを言うな、シラン。おまえは家で待っていなさい。すぐに二人を連れて戻ってくるから」


 シランの気持ちもわかるが病弱な彼女をこの雨の中連れて行ったところでどうしようもない。

 小さく頷く孫を見て老人は優しい笑みを見せるのだ。


「いい子だ」

「フラマさんとイリスさんは……」

「俺たちも行ってくるよ。なにか手伝えるかもしれないし」


 不安の色を残したままの瞳で見つめられてフラマは苦笑する。

 本当は家に残ってやったほうがシランも安心するのかもしれないが、きっとヴァン達を探すとなれば人手がいるに越したことはないだろう。


「気を付けて……早く帰ってきてね」


 シランを一人家に残し、三人は現場へと急ぐのだった。


◇◆◇


 村長宅から走ること十分近くで橋の周囲にたどり着くことができた。フラマやイリスは苦ではなかったが、村長は息が上がっている。それでもきちんと走ってこられたその体力に感心するものだ。

 橋の周りには人だかりがやはりまだある。雨が降ってきたので先ほどよりかは減っているが、それでもラン達が山に入ったことが周囲にも知れ渡った為騒然としていた。


「村長……! 来てくれたのですね、今からちょうど訪ねようと思っていたところなんです」


 村長の姿をみとめた村人達は口々に呼びながら群がってきた。

 イリスからすれば報告するのが遅すぎると思うが、村人たちも動転していたのだろう。


「うむ。橋のことはすまなかった。もっと早急に補修をすべきだったな」

「いえ、それは我々も承知のことでしたから……それよりもランさんが」

「ああ、聞いている。ヴァンもそれを追ったとか」

「ヴァンもですか?」


 ランが子どもを追って山に入ったことは知られていたみたいだが、ヴァンがそれを追っていったことはあまり浸透していなかったみたいで、周囲の人々は驚きの声を上げる。


「橋は後日修理するとして、山に入っていった者たちの捜索をしたい。何人か山に慣れた者……探しには行ってくれまいか?」


 本当は村長自ら捜索に向かいたいのだが、未だ混乱が収まらないこの場を放置するわけにもいかない。

 数名の村人がその提案に名乗りでた。どれも体格のよい男性である。普段から山に入り、また村と町を行き来している人物ばかりだ。


「わたし達も行きます」


 捜索隊が決まったところでフラマとイリスもそこに名乗り出た。

 村の問題に客人達を巻き込んでいいものかと村長は少し思案顔をする。


「山に入ることは危険だ」


 フラマなら兎も角、イリスのような少女が山に入っては危険が増すに違いない。そんな誰もが思ったことに、しかし彼女は首を振る。


「だからといって、ほっとけないでしょ」


 もう見ず知らずの人ではないのだ。ヴァンもランも知り合ってしまった。

 ここで動かなければきっと後悔するに違いない。


「それに、きっとわたしがいれば役に立つと思いますよ」


 にっこりと笑顔を見せたイリスに周囲は呆気にとられる。

 ただフラマだけが苦笑するのだった。

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