第十六話 嵐の予感

 フラマ達は小一時間庭先で休憩をしていたのだが、次第に風が強くなってきたのでシランの体調のことも考えて、一旦屋内に戻ることにした。

 空を見上げれば暑い雲がだいぶ広がり、日差しはもう差し込んでいなかった。


「雨でも降りそうだな」


 部屋の窓から空を見上げたフラマは何気なく呟く。


「風が強い……もしかしたら嵐になるかもしれないな」


 フラマの呟きが聞こえたのか、部屋の奥から人数分のマグカップをトレイに乗せてこの家の主、村長が姿を見せる。


「嵐って……」

「このあたりの天気は変わりやすいんだよ」


 そこまで酷くなるのだろうかとフラマもイリスも疑問に思っていたのがわかったのか、村長は困ったように小さく笑いながら教えてくれた。

 だから今は曇っている程度でも、そのうち大雨となり嵐へと変貌することはよくあるのだという。


「あれ、ランさんは?」


 話を聞きながらヴァンはランの姿が見えないことに気が付いた。


「ああ、買い物にいっとるよ。今日は朝から行商が来ているからな」

「そっか」


 村の中にも小さな店は何軒かあるが、自給自足の部分が多い。

 しかしそれだけでは足りない部分もあるので、月に数回くる行商で補っている。

 それはこの村では手に入らない食料品や調味料であったり衣服であったりと様々だ。今回来ている行商は食料品が主らしい。

 村の中心を流れる川の近くに広場があり、そこで普段行商は商いを行っている。


「もうすぐ戻ってくるかな? 雨が降りそうだし迎えに行こうか?」


 イリスは外の天気を気にしながらフラマに言う。

 本来なら無賃で世話になっている身としてはフラマやイリスが何か手伝いをするべきなのだろう。

 しかし最初にそれを申し出たらやんわりと断られてしまった。

 買い出しとあれば恐らく増えた人数分の食料が含まれているに違いない。大したことは出来ないが、買い出しぐらいは無理にでも手伝えば良かったと今になって思う。


「まあ時期帰ってくるとは思うが……そうだな。では迎えに行ってもらえるかな?」


 フラマやイリスの心情を察してか、村長は控えめに頼み、ヴァンを促した。


「ヴァン、一緒に迎えに行っておくれ」


 それはフラマもイリスもこの村に詳しくないので当然の流れだろう。

 ヴァンも承知のことなので二つ返事で頷く。


「じゃあフラマさんは私の話相手になってくれませんか? 私、フラマさんとももっと話したいです」


 イリスとは昨夜多く話したし、ヴァンとはそれこそ今さらである。

 それに三人揃ってでぞろぞろと迎えに来られてはとても大げさな感じになってしまうので、フラマも同じく二つ返事で頷くのだった。


「じゃあ雨が降りだす前にわたしたちは行こうか」


 窓から空を見るとどんよりとした黒い雲が広がっている。本当に今にも降りだしそうだ。


「気をつけて行ってらっしゃい」


 小さく手を振りながら言うシランの言葉を背に聞いてイリスとヴァンは外へ駆け出した。


◇◆◇


 出来れば本格的な雨が降り出す前にランを迎えて家に戻りたいと考えているイリスとヴァンは駆け足で行商がいると思われる広場へと向かうことにした。

 村の中央には山から伸びる浅い川が流れ、周囲に人家が点在している。広場は村長宅がある方面から川を挟んだ向かいにあった。

 村長宅は点在する人家から少し離れた場所にあるため、広場までは若干の距離がある。

 村の中央に着くころにはぽつりぽつりと雨が降り出していた。


「あー降ってきちゃったね」

「ほんとだ……イリスさん、もうすぐ橋があるので急ぎましょう!」


 間に合わなかったことに少し落胆しつつも、村長の話ではさらにひどくなる可能性があるそうなので、急いでランを連れて帰りたいものだ。

 二人が駆ける横には緩やかな流れの川がある。浅い川ではあるがそのまま入ると濡れてしまい、また所々深くなっている場所もあって危険なので、村の中央には橋がかけられている。行商がいる広場はその橋を渡ってすぐのところだ。


「あれ、なんか人だかりができてない?」


 遠目ではあるが、人の群れがあるのがわかる。

 次第に群れに近づき二人は立ち止まった。

 イリスからすればこの村にこんなに人がいたのかと少しだけ驚くほどだ。


「なにかあったの?」

「ああ、ヴァンじゃないか」


 群れのほとんどが顔見知りのヴァンは近くにいた年配の男性に声をかけた。

 もうすぐそこが橋なのだが、背の高い大人たちが群がっているため先を見ることが出来ないのだ。


「いや……実はな、橋が落ちたみたいなんだ」

「えっ?!」

「うそ?!」


 イリスとヴァンは驚きの声を上げる。

 男性は困ったように続けた。


「だいぶ古くなっていたからな……そろそろ補修しないとって話していたとこなんだが。今日は行商が来てるだろ? 何台か荷車が通ったことで耐えられなかったみたいなんだ」


 補修を後回しにしていたつけが回ってきたのだ。放っておけばいずれ橋が落ちるのは予想できた。


「じゃあ、向こうには行けないってこと?」

「ああ。この村の橋はここしかないからな。山の方まで行けば橋はかかっているが……しかし困った。みんな結構向こう側にいてな、俺の奥さんもいるんだ」


 行商が来ているとなれば人が集まるのは当然であろう。そしてその大半が家のことを任されている女性なのだ。

 橋がないなら川を歩いて渡るしかないのだが、大人の男性ならいざしらず女子供だと危険が増してしまう。

 山に入り少しすれば同じように橋がかかっているのだが、天気の悪い中そちらに向かうのもやはり危険だった。


「雨が降ってきたからなあ……とりあえず向こう側に家があるところに一時避難しようかって話になっているところだ」


 ため息をつきながら男性は向こう岸を眺める。男性の家はこちら側にあるが、川の向こうにも村人の人家はある。ほとんどが顔見知りの間柄、一旦そちらに避難するしかないだろう。


「じゃあランさんもそうしているのかな。ヴァン、どうする?」


 イリスとヴァンは困ったように顔を見合わせた。

 とりあえず人だかりをすり抜け橋の前まで来てみる。

 するとやはり橋は完全に落ち、反対側にも同じように人が群がり、こちら側と声を掛け合っていた。

 イリスとヴァンはランの姿がないか探してみるがなかなか見つからない。


「あれ! ヴァンくんじゃない! おーい!」


 名前を呼ばれて辺りを見回していると、反対側で大きく手を振るふくよかな女性がいた。

 村でパン屋をしているノーラである。


「ノーラおばさん!」


 同じように大きく手を振ったヴァンにノーラは声を張り上げた。

 そこには焦りの色が見える。


「大変なんだよ! ランさんが! 山に行っちまったんだよー!!」


 予想もしない言葉にイリスとヴァンは驚きのあまり声を出すことも忘れた。


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