第十五話 割り切れない運命
翌日、昼食時も過ぎた頃、昨日と同じようにフラマとヴァンは庭先で体術の稽古をしていた。
天気は少し曇り、風が時折吹いているが過ごしやすい気温である。
イリスは村を散策する気にはならず、少し離れた場所でぼんやりと二人の稽古風景を眺めていた。
最初は形作りをし、次に組手を始めた。ゆっくりと始まったその動きは次第に激しくなる。しかし激しくなるのはヴァンだけだ。
粗削りな動きでなんとか立ち上がってはフラマに向かうヴァンに対して、フラマの動きには隙が一切ない。必要最低限の動きで、ヴァンの攻撃を受け流している。
時々フラマはヴァンの動きを指摘している。
護身程度の体術ならイリスも習得しているので、フラマの動きがいかに洗練されたものかわかるつもりだ。
騎士になる為とはいえ、相当修練を積んでいたのではないだろうか。
それがどれほどのものかはイリスには計り知れないが、クリムの言っていた通りになるのは時間の問題ではないかとすら思えるほどだ。
「わー! ヴァンがあんなに頑張っているなんて珍しい!」
ぼんやりしていたせいもあるのだが、予想外の声が背後からかかりイリスは驚愕する。
「え、シランちゃん?」
「おはようございます、イリスさん。あ、もうこんにちは、ですね」
昨夜遅くまでイリスと話していた為か、シランは朝起きることなる部屋で眠ったままだった。
どうやら先ほど起きてきたようだが、それにしても庭先とはいえ、屋外に出てくるとは予想しておらず、イリスは心配そうに声をかける。
「大丈夫なの、外にでても?」
「はい。今日はすごく体調がいいんです。なんていうか……昨日イリスさんから話を聞けてすっきりしました」
いままでずっと一人で考えていた答えが判明し、心のつかえが取れたのだろう。
安堵すると同時にイリスは思う。
シランは真実ときちんと向き合える強い女の子なのだと。
「あれ、シラン! なんで? 外に? 大丈夫なの?」
集中して稽古していたはずなのだが、一息ついたのかヴァンはシランの姿を見て驚きの声を上げる。
ヴァンの隣にいるフラマも同じように驚いたようだ。
「ヴァン……それにフラマさん。こんにちは。今日はすごく体調が良いから少しだけ外に出てみたの」
二人は最初眉を顰めていたが、嬉しそうに笑って言うシランにつられて頬が緩んだ。
「ヴァン、頑張ってるね」
「……見てたんだ」
「うん。フラマさんと一緒だと、ヴァンは強くなれる気がしたよ」
そうシランに言われるとヴァンは照れたようにはにかみながら頬をかいた。
フラマに少し休憩しようと言われると、ヴァンはシランと共に近くの木陰に腰を下ろした。
その様子をイリスはその場から動かず遠目に見ていると、フラマが近寄ってくることに気が付いた。
「フラマ、やっぱり強いんだね」
「そうか?」
自分自身ではわからないことを言われてフラマは首を傾げる。比べる相手は兄であるクリムしかいなかったので基準が今一わからないのだ。
「それに……シランちゃんもすごく強いんだよ」
それはフラマが今見せた強さとは別の強さだ。
「昨日の夜にね、シランちゃんに全部話したの」
「全部って?」
「昼間話したことだよ」
何気なく放たれた言葉にフラマは多少なりとも驚き、その理由を問うた。
「なんでまた」
「シランちゃんね、なんとなく気づいてたみたい。いろんなことに。それに……シランちゃんが望んだことだから」
イリスにはシランの切実な思いを断ることが出来なかった。
今でもシランが眠りにつく前の呟きを思い出すと胸が苦しくなる。
しかしそのことをフラマにあえて話そうとは思わず、違うことを教えることにした。
「シランちゃんねー、魔法の才能あるんだよ」
「イリスの話だと、魔力が大きいんだからそうなんだろ?」
「そういうことじゃなくてー……」
確かに魔力が大きいほうが魔法を使うのに有利ではあるが、才能があるかないかは別の話である。魔力以外にセンスがなければどんなに大きな魔力を所持していても上手く魔法を扱うことはできない。
しかし魔法とは縁のないフラマからするとその辺の感覚の違いがわからないようだった。
「なんて言えばいいかなー。魔法を使うこと自体は魔力の大きさに関係ないんだよね。人はみんな魔力を少なからず持っているわけだから、修練を積めばちょっとくらいなら使えるようになったりする可能性があるんだよ」
フラマはイリスの説明に、「へー」とかなんとか感嘆の声をあげる。
本当に魔法のことはほとんど知識がないようで、内心ため息をついた。
恐らく騎士になるとこの辺の知識も必要となってくるはずなのだが、果たして大丈夫なのだろうかと少しばかり心配になる。
しかし今そんな心配したところでイリスには関係のないことなので、気を取り直して説明を続けた。
「ただね、これはあくまでも可能性の話。ここに根本的なセンスがないとちょっと頑張ったぐらいじゃ魔法を使えるようにならないんだよねー。だからどんなに魔力が大きくてもセンスが伴っていないと開花しないってわけですよ。わかったー?」
軽く問いかけるとフラマは曖昧に頷いた。
イリスとしてはとてもわかりやすく説明したつもりなのだが、どこかひっかかるところがあっただろうか。
「なんか聞きたそうだね、フラマ」
「いや、一つ疑問に思ってな。なんでイリスはそんなに詳しいんだ? それって常識の範囲なのか?」
フラマが住んでいた地域も魔法に明るくはなかったので、存在は知っていたが詳しい内容までは知らなかった。
またフラマ自身、そういった話に興味がなかった為か、自ら調べたり学んだりしようとも思わなかったので知識がないのは仕方がない。
しかしそれにしてもイリスは詳しすぎないだろうか。
そう思い一つの可能性を思いつく。
「あ、もしかしてイリスって魔法使えるんだ?」
「そうだね」
フラマの思いつきは正解らしく、イリスも特に否定することなくあっさりと肯定した。
そして元々魔法が使えるのならその知識があっても当たり前かと納得してしまう。
「まあ、わたしの魔力じゃ基礎魔法ぐらいしかほとんど使えないんだけどねー」
センスがあっても魔力が足りなければ大きな魔法を使用することは不可能なのだ。
魔力も修練を積めば多少増加するのだが、それでも限界がある。
やはり生まれ持ったものにはどうやっても追いつくことが出来ないのが現実である。
「じゃあ、基礎魔法ってどんなの?」
「基礎魔法って言うのは……そうだねーこんな感じかな」
説明をするよりかは見てもらう方が早いと考えたイリスは手を前方へつきだした。
すると手前にあった小さな石がふわりと浮かび、ゆっくりとイリスの目の前まで移動する。
「こうやって物質を移動することかな。まあ、他にも色々あるけどこれが初歩の初歩だよ」
目の前の小石はそのままイリスの手の中に収まる。
他にも火やら水やらと色々属性のある基礎魔法もあるのだが、それは省くことにした。
「へー便利なもんだな」
「便利には違いないけど、制限も多いよ。大きな物を動かすほどに魔力は必要となるし、人を移動させるとなると相当らしいし」
小石程度ならなんともないが、魔力を持つ人を移動させるには大量の魔力とそれをコントロールする繊細な技術が必要とされる。そもそも人に限らず対象が生物となるだけで難易度はぐっと上がるのだ。
「シランちゃんはきっとこの魔法を使ったんだね」
コントロールを知らないシランがヴァンを助けるために使用した魔力は相当なものだっただろう。
無我夢中で強行した結果、シランの魔力は生命力を脅かすことになってしまった。
「昨日ね、少しだけ基礎魔法のやり方を教えたの」
「それ、大丈夫なのか?」
「基礎魔法程度なら魔力もほとんど使わないし、コントロールは出来た方が安心だからね。……まあ、それ以上のことをしようとすると危ないから、それはちゃんと言ったんだけど」
コントロールの仕方を知らずに無理に魔法を使用した方が逆に危険なのだ。
ただ小石を動かす程度の基礎魔法なら問題ないのだが、いくら魔力を多少コントロール出来るようなったとしても、以前のように人を移動させるとなると生命力にまで影響しかねない。
だから絶対に無理して魔法を使うことはしないように教える前に何度も言い聞かせた。
「シランちゃん、すぐに出来るようになったんだよ。才能があるよ……だからもったいないなと思って……」
もし幼い頃から魔法に精通する人がいて、きちんとシランに魔法の基礎を教えていたら今のようにはならなかったかもしれない。
魔力転換は仕方ないが、魔力をコントロール出来ていれば生命力を脅かすことも少なかったかもしれない。
そんなもしかしたらという考えがイリスの中で沸き起こっては、今の状態を見てもの悲しくなる。
「……それは仕方ないだろう。誰が悪いわけでもない」
「まあ、そうなんだけどね」
フラマの言う通りなのだ。
これは仕方がないことで、過去を嘆いてもなにも変わらないのだ。
なるべきことはなり、起こるべきことは起こる。
そんなことはフラマもイリスもわかっている。だから残念には思っても嘆いてばかりいるつもりはない。
ただヴァンとシランが嬉しそう二人で話している姿を見ると、運命と割り切るには少しばかり辛いと思ってしまうのだった。
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