第十四話 女の子のお泊り会

 その日の夕食はランが言っていた通り、ご馳走がテーブルに並べられていた。前菜から主菜、最後にデザートまで用意してくれていたことに感謝する。

 シランも体調がいいのか、夕食は一緒に席に着くことができた。

 他と比べると食は細いが、それでも嬉しそうにしている。

 少女は昼間のヴァンとの言い合いもなかったかのように楽しそうに話すので、自然とヴァンも嬉しくなるのだ。

 そんな二人のこともあり、昼食時と比べると賑やかな夕食を過ごすことができた。


「イリスさん、よかったら今日は私の部屋に泊まりませんか?」


 夕食を終え談笑していると、シランは突然そんな提案をしてきた。


「え、いいの?」

「もちろん」


 笑顔のまま頷くシランにイリスは困ったようにランを伺う。

 今は体調が良くても、シランの提案に乗ると彼女の負担にはならないのだろうか。

 イリスはそんな思いがあったのだが、しかしランはあっさりと了承した。


「大丈夫ですよ、イリスさん。もしよかったらシランの話し相手になってください。女の子とお話しをするのは久しぶりで喜んでいるんですよ」


 シランは病弱でほとんど家から出られない。

 ヴァンはほとんど毎日シランに会いに来ては話し相手となっているが、あとは家族以外ほとんど話すことがないのだ。

 村にも同じ年頃の女の子は数名いるのだが、昔ならいざ知らず、より病弱になってからは敬遠されてしまっていた。

 だから、シランは村の外から来たイリスともっと話したいと思っている。

 その気持ちがわかったイリスは快諾した。


「じゃあ、そうしようかな。わたしもシランちゃんと女の子だけでもっとお話ししたいし」


 イリスの返事に喜びを表すシランを見てランは優しく微笑んだ。そして、フラマとヴァンを見てまた微笑む。


「ヴァンとフラマさんには、客間を用意しますね」


 ヴァンは自分の家が近くにあるのだが、この家に泊まるときも多々ある。その時に使用している客間をランは用意するため、軽く会釈して立ち去った。




***




 月明りが窓から差し込むだけの薄暗い部屋の中、イリスとシランは小さな声で楽しそうに他愛ないお喋りをしていた。

 シランはベッドに横になり、イリスはベッドの横にソファーを並べ、毛布を被っている。

 最初、シランはイリスに同じベッドを勧めたのだが、流石にそれはやんわりと断った。

 少女のベッドは狭くはないが、二人が並ぶと狭くなってしまう。それが負担になってしまうかもしれないのでイリスは横長のソファーを隣に持ってきたのだった。


「シランちゃん……もう寝なくても大丈夫?」


 シランの部屋に戻ってからすでに一時間近く過ぎていることに気付いたイリスは控えめに訊ねた。

 イリスとしては問題のない時間帯だが、シランからすれば休んだほうがいいのではないかという時間である。


「大丈夫です。なんだか、今はすごく調子がよくて、眠くないんです。それに……イリスさんに聞きたいことがあって」

「聞きたいこと……?」


 ベッドの中で小さく首を振って言うシランにイリスは数回瞬きをして聞き返した。

 数泊置いたあと、シランは月明りを眺めながら話す。


「イリスさんは……私のこの病気のことなにか気づいたんじゃないですか……? ヴァンはなにも話してくれなかったけど。イリスさんは、この不思議な感覚のことを知っていると思ったんです」

「不思議な感覚って……」


 月明りを眺めていた、少女の髪と同色の瞳がイリスを捉える。

 その瞳は少し潤んでいるように見えた。


「なにか、違う。別の、力みたいなものが身体の中を巡っているんです。普段はあまり感じないんですけど、時々感じます。今も……感じています」


 それは恐らく魔力が生命力の代わりを果たすように力が巡っているからだろう。

 しかしどのようにそのことを説明したらいいのか、正直に説明していいのかイリスは悩む。

 イリスが言葉を出しかねていると、シランは静かに続けた。


「私、わかるんです。きっと……私の時間は、いのちは、もう永くないって……」

「……シランちゃん!」


 そんなこと自分で言うものじゃないと、イリスは言ってやりたかった。

 しかしシランの纏う雰囲気がそれを言わせない。

 まるで全てを悟った上で、全てを受け入れている少女の瞳に映るのは優しい色だけだ。


「昔、本で読んだことがあるんです。イリスさんは、魔法って使えますか?」


 急に話が変わったのかと思いイリスは戸惑った。

 その戸惑いをどう捉えたのかわからないが、シランは独り言のように呟く。


「私、たぶん昔魔法を使ったことあるんです。この不思議な感覚も、その時から感じます。どうやって使ったのかな……それはわからないけど……でも」


 その先はさらに小さな声だった。

 しかし静かな部屋の中、イリスは確かに聞き取ったのだ。


 ――魔法が使えてよかった


 それはきっとヴァンが昼間話してくれた時のことを指しているのだろう。

 真実を知らないシランは心から良かったと思っている。

 真実を知ればどうなのだろうか。

 魔法を使ったことにより、恐らく少女の寿命は一気に縮まったはずなのだ。


「イリスさん……知っていたら教えて欲しいんです。私の、この感覚は何なのか。魔法って……どうやって使うのか。私、知りたいんです。だって……」


 知りたいと願うシランの望みを叶えてやるべきか。

 しかし、知って後悔してしまう可能性もあるわけで、イリスの中でほんの一瞬葛藤が生まれた。だが、それも本当に一瞬のことだ。

 シランの思いが一瞬で葛藤を失くさせる。


「だって私、何も知らずにこのいのちを終えたくないんです。私の残りの時間は……私が決めて生きたいから」


 だからイリスはシランに話す。イリスが知っていることをシランがわかるように話す。

 昼間ヴァンに教えた魔力転換や魔力依存症の話を。

 魔法とはなんなのかを。

 シランのいのちを。

 そして、魔法の使い方も。


「……イリスさん、ありがとうございます」


 イリスが全てを話終えると夜もだいぶ更けてしまった。

 それでもシランは満足げに笑顔を見せる。

 病状が悪化したのはヴァンを助ける為に魔法を使ったからだと知っても、シランは何も言わなかった。

 むしろ嬉しそうに微笑んだくらいだ。

 そして、全てを知った上で優しく呟くのだ。


「やっぱり私、魔法が使えてよかった」


 そんなシランの呟きを聞き、イリスはとても苦しく感じた。

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