第十三話 ヴァンの心


 ランが用意した昼食を頂くのにフラマやイリス、それにヴァンとこの村の村長でありランの父親でもある老人はぎこちなくも席を共にした。

 シランは眠りついたままで、昼食時に起きてこないことはよくあることだと言う。


「これ、すごく美味しいー!」


 テーブルにはサラダやスープから始まり、山菜に鶏肉を加えた蒸し料理が並べられている。

 一口食べれば、どれも美味しくイリスは驚嘆の声を上げた。

 それにはフラマも賛同する。


「ありがとう」


 ランは控えめにお礼を言った。

 実際、彼女の作る昼食はどれも美味しかった。これが常か、客人がいるかなのかはわからなかったのだが、絶品でフラマとイリスは舌鼓をうったものだ。

 しかし時折世間話を挟みはしたものの、必要以上に盛り上がることはなく、ランに至っては上の空で静かな昼時を過ごすことになってしまった。これでは折角の料理も美味しさが半減してしまう。

 静かな昼食を過ごしたあと、ヴァンは改めてランと村長に話をすることにする。

 昼食前のシランとの言い合いや、フラマやイリスの話を聞いて、ヴァン自身、自分なりに考えてみたのだ。

 結果、なにが正解かは分からないが、それでもヴァンはやはりフラマやイリスと旅に出たいとも思っている。

 シランのこととは別にそう思ってしまっている自分がいることに気がついたのだ。

 余りに自分が知らないこと、世界のことが多すぎる。無知故に人を傷つけ、自分も傷ついてしまう。そして無知故に、踏み出すことも出来るのだと思う。

 しかしシランのことが気がかりなのも本当で、踏ん切りがつかずにいる気持ちを正直にランと村長に話した。

 たどたどしい説明ではあったのだか、ヴァンの言いたいことを二人はきちんと理解してくれたようだった。


「ヴァン……そうね、あなたが決めたことならどんなことでも止められないわね」


 ヴァンの気持ちを尊重し、無理矢理納得しようとしているランが手に取るようにわかる。それでも決して否定しないのは、真剣に相手を想っていらからだ。


「あなたがこの村に来てもう六年になるのね……シランとずっと一緒で……」

「ランさん……」


 村を出るなら寂しくなるわね、と小さく付け加えたランの呟きに、ヴァンは心が揺らぐのがわかった。

 そして本当のことを話さなくてはとも思う。

 シランが今のようになってしまったきっかけがヴァン自身にあることを話さないといけないのだ。

 しかしヴァンにはまだその話をする勇気がなくて伝えられずにいる。

 そんなヴァンの心情がなんとなくわかってしまったフラマとイリスはどうしたものかとお互いに目配りをするのだった。

 その様子から何か不自然さを感じ取ったのか、ランの父親でもある村長は咳払いをひとつする。


「なあ、ヴァンよ。おまえがどう決めるかは任せるが、今日明日ぐらいはゆっくりしたらどうだ? 急ぎでないならお二人と一緒にうちに泊まっていくといい」


 そう言ってフラマとイリスを見る老人に、二人は苦笑し頷くのだった。


「今さら一日二日延びたところで大差ないしそれもいいかもな」

「そうだね! ランさんのお料理も美味しかったし、またいただきたいな」


 揃って老人の提案に賛同するのだが、イリスの何気ない一言にフラマは内心ため息をつく。

 確かにランの手料理は美味だったが、自らねだるとはなんとも厚かましいことだと思わなくもないのだ。


「あら、嬉しいわ。今夜はご馳走にしようかしら」


 にこやかに言うランに感謝しながらも、どのようなご馳走になるのか今から楽しみで思わず頬が緩む。

 フラマは不安そうなヴァンの視線を感じたが、何も答えず小さく笑って頷くのだった。


◇◆◇


 昼食が終わり少しの間この村に滞在することを決めたイリスはこれといって特になにもすることがないので一人でのんびりと村を散策することにした。

 フラマはというと、ヴァンに簡単な体術の手ほどきをしている。

 ヴァンにねだられたということもあるが、なんやかんや言いつつも面倒見がいいらしく、案外師弟関係になっても上手くいくのではないかとイリスは密かに思うのだ。

 結果はわからないが、悩むヴァンにとって身体を動かすといい気分転換になるだろう。


「いい天気だなー」


 そんなことを頭の隅で考えながら、イリスはのどかな村の中をゆったりと歩く。

 誰に言うわけでもなく、快晴の空を見上げては嬉しそうに笑った。

 村は本当にのどかで、歩いてきた道すがら出会う人もほとんどいなかった。

 どこに向かうわけでもないので、道なりに歩いていると民家がある辺りよりも小高く開けた場所に出た。


「……魔法かあ……」


 昼食前にフラマとヴァンにした話を思い出し、イリスは小さく呟いた。

 そして左手を開き見つめる。

 本当に今はいい天気で、風一つ吹いてなく、少し暑いくらいなのだ。


「魔法、ねえ……」


 手のひらを見つめたあと、少し離れたところにある一本の木を見つめてうっすらと笑う。

 そして踵を返すのだ。


 無風の中、一本の木の葉が小さく揺れるのであった。

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