第十二話 自分の為に出来ること


 シランは体調がすぐれないと言い、そのまま眠りについてしまったので、フラマとイリスは部屋を出てヴァンを探すことにした。

 家の中にはいなかったので、外に出てみる。

 すると、家の近くの木の下で座り込んでいるヴァンの姿があった。


「ヴァン……こんなところにいたんだ。探したんだよ」


 イリスが穏やかに声をかけると、ヴァンは伏せていた顔を上げた。


「イリスさん……それに師匠……すみません」

「なんで謝るんだ?」


 項垂れるヴァンにフラマは訊ねた。


「ずっと……弟子になったって勝手に決めつけ続けて……シランが言ったことも。やっぱり、おれ……強くなれないのかな」

「……何をもって強さとするのかだけどな。俺は、ヴァンが自分と向き合えば強くなれると思うぞ」


 勝手な言い分だと自覚があったことに多少驚きつつ、フラマはなるべく優しく言う。

 強くなる為にまず必要なことは、きちんと自分自身と向き合うことだとフラマは考えている。

 フラマ自身も過去に、兄と周囲の評価の為だけに強さを求めたことがあった。

 自分自身を見ていなかった。

 ただそれでは駄目だと気づけたのも兄のおかげではあるので、兄の影響は計り知れないものがある。


「それはとても素敵なアドバイスだね。じゃあわたしからも一つアドバイスしようかな」


 そう言って、イリスは優しくヴァンの頭を一度撫でた。

 そして、家がある方、おそらくシランの部屋があるだろう場所を見つめる。


「わたしはね、シランちゃんの言いたいことわかるかな。シランちゃんは、ヴァンに自分の時間を大切にして欲しいんだと思うよ」

「自分の時間……?」

「うん。強さ、はちょっとわからないけど……ヴァンの人生はヴァン自身が決めることで……この先の生き方も誰かの為に、じゃなくて、自分の為に生きて欲しいって思っているんじゃないかなあ」


 イリスの言っている意味がわかるような、わからないような、そんな複雑な思いでヴァンは眉を寄せる。

 フラマははっきりとではないが、なんとなくイリスの言いたいことがわかった。

 ヴァンは『シランの為』という理由をつけているだけで、自分自身がどうしたいかを明確にさせていないのだ。

 シランはそれに気づいているからあんな言い方をした。

 ヴァンはそれに気づいていないから悩むのだろう。

 答えを出しかねているヴァンにイリスは困ったように笑い、付け足した。


「じゃあ、こう言ったらいいかな。ヴァン、シランちゃんを言い訳にしたら駄目だよ。シランちゃんが、じゃなくて。自分が、自分の為にどうしたいかだよ」


 まだヴァンには難しい話しかもしれない。

 しかししっかりと考えなければいけないことなのだ。


「……ちょっと、考えてみます……」


 難しい顔をしたまま頷くヴァンの姿をフラマとイリスは優しく見守る。

 すると、フラマがイリスに向かって嫌味な笑顔を見せた。


「イリスもたまにはいいこと言うよなー」

「あら、わたしはいつもいいことしか言ってないよ」


 嫌味のつもりで言ったのだが、ものともしないイリスにフラマは顔を顰める。

 それよりも、とイリスは他に気になることがあり優しい表情から一変して、深刻そうな表情をする。


「ねえ、ヴァン。シランちゃんって……なんの病気か知っているの?」

「詳しくは知りません。ただ、村のお医者さんも、ナダの町のお医者さんもハッキリとはわからないって……」


 シランは元々病弱ではあった。だが、今ほどではなく、昔は普通に家から出て外で遊ぶこともできたのだ。

 体調がいいときはナダの町まで足を延ばすこともあった。

 しかし、二年前のある日を境にその生活が難しくなってしまった。

 今となってはほとんどを家の中で過ごしている。

 極稀に体調がいいとき、庭先に出ることがあっても、村を歩き回ることさえ難しい。

 それほどまでに、二年間で一気に少女は弱ってしまった。

 村の医者はシランが幼少の頃からずっと診ているし、病状が悪化してからはナダの町医者にも村まで来てもらい診察をしてもらっている。

 しかし、一向に原因も病名もハッキリとしない。

 幼少の頃は他者よりも免疫力が低い病ではないかと思われていた。

 その為、行動に制限がつき体力も人並み以下になってしまっていると。

 しかしここ二年間の病状でそれだけではないだろうということはハッキリとし、ナダの町医者の診立てでは心の臓の方にも影響が出ているという。

 だが、原因も病名もわからないことには対処の仕様がないのだ。


「本当に……二年前は一緒に出掛けることもできたのに……あの時から……」

「あの時って?」


 思い当たる節があるのか、ヴァンは何かを口にしかけて黙る。

 そして一度、フラマとイリスを見て昔の出来事を教えた。


「二年前、おれ、死にかけたんです。崖から落ちそうになって……でも、そのときシランが助けてくれました。あの時、絶対にシランじゃおれを崖から引き上げることなんて出来ないはずなのに……シランから突然光が出てきて、気づいたら崖の上に二人でいたんです」


 あの時、何が起こったのかヴァンは本当のところなにもわからない。

 だが、間違いなくあの時からシランの病状は悪化したのだ。


「それは……たぶん……」

「イリスさん……?」


 ヴァンの話を聞いて、ある仮設が思い浮かんだイリスはどう説明しようか一瞬悩む。

 しかし、順序よく説明しなければきっとヴァンどころかフラマもわからないだろう。


「確証はないんだけど……シランちゃんは魔力転換による魔力依存症じゃないかな」

「え……どういうことですか?」


 聞いたことのない言葉にフラマとヴァンは首をかしげる。

 それに困ったようにイリスは唸った。


「えっと……ちゃんと説明すると難しい話しになっちゃうんだよね」


 そう前置きすると、イリスは両手を前に突き出してそれぞれの手で拳を作る。


「簡単に言うと、全ての人には生命力と魔力が存在するの。これは絶対で、どちらが欠けても生きてはいけないと言われているわ。生命力はわかると思うけど……魔力は、魔法の源とでも言えばいいのかな? 人が魔法を使えるのは魔力があるからなの。そしてこの二つの力は目には見えない形で人の中に一緒に存在している」


 二つの拳をくっつけながらイリスは言う。

 目に見えないものが存在していると言われてもきっと理解しきれないだろうとは思うが、専門書ではそういう風な記述がされているのだ。


「で、単純な話とすると、魔力が大きいほど魔法を使える力が大きいということになるね。逆に一般的に魔法が使えないと言われている人たちは魔力が小さくて、生命力に覆われてしまっている人たちのことを言うの」


 そう言いながら、イリスは片方の拳を開き、もう片方の拳を包み込んだ。


「魔法が使える人は生命力に覆われるんじゃなくて、こう……少しはみ出している感じをイメージしてくれたらいいと思う。歴史に残る偉大な魔導士や今現在も賢者と呼ばれている大半はこの魔力が桁違いに大きいらしいよ。生命力と同じだけの魔力を宿しているのではないかって推測されているね」


 過去から現在に至る研究の結果、魔力が生命力を上回ることはないとされている。

 どんなに偉大な魔導士でも生命力と同等というのが最高値らしい。

 これには所説あって真相は不明なのだが、細かなことまで話すとキリがないので、イリスはその辺りには触れずにいた。

 代わりに、シランに一番関係することを言う。


「たぶん、シランちゃんは生命力に対して魔力が大きかったんじゃないかと思うの」


 人の時間が進むにつれ生命力と魔力は共に、緩やかに減少していくものである。

 しかし病であったり怪我が元であったりと様々な理由から生命力が著しく減少してしまうことがある。

 肉体が弱まることで生命力も弱まってしまうのは致し方ない。

 生命力が潰えてしまうと人は死んでしまうのだ。

 生命力に合わせて魔力も減少していくものだが、極稀になんらかの拍子で魔力が生命力の代わりを果たそうとすることがある。

 それが魔力転換による魔力依存症なのだ。


「この魔力転換ってしっかりとした検証がされているわけでもないし、実例だってすごく少なくて、謎が多い……だから、あくまでもわたしの憶測でしかないんだけど」

「なんでそう思ったんだ?」


 出会って間もないシランの症状を少しみただけで、そこまで推測できる方がおかしくないかとフラマは思う。

 元々知識があるかないかの違いはあれど、医者がわからないことをなぜわかるのかと。


「さっき、シランちゃんに触れたとき変な魔力の流れを感じたの。そして、ヴァンの言う二年前の出来事。確認したわけじゃないけど、たぶんシランちゃんは魔法を使ったんじゃないかな」


 フラマはイリスがシランの部屋で倒れそうになる少女を支えていたのを思い出した。

 一方でヴァンは魔力や魔法と普段使わない言葉が頻繁に出てくることに眉を顰める。


「シランが魔法を……? でも、魔法の使い方なんてたぶん知らないと思うんだけど……」

「そうだね。この村だけじゃなくて、この周辺地域じゃ魔法はあまり普及してなさそうだね」


 都市部や専門機関がある地域だと魔法が一般的に知られている。それは学校できちんとした授業があり、成り立ちや仕組みの勉強から能力の見極めまで幼いうちに行われてしまうからである。

 しかし田舎の地域になるとそういった勉学はほとんどなく、この村も例に漏れずそうなのだろう。

 だからヴァンやシランが知らないのは当然である。


「シランちゃんは無意識に魔法を使ったと思うの。でも、きちんとした修練をしたわけじゃないから、制御ができていなかった……一気に大きな魔力を消耗してことが、原因だと思う」


 制御ができていれば使用する魔力の量を調節でき負担も少ない。

 魔力は使用すれば減少するが、生命力がある限り回復される。

 元々病弱なシランは大きな魔力でその生命力を支えていたので、身体にそれほど影響が見られなかったのではないだろうか。

 しかし一度に大きな魔力を消費してしまったことで、生命力を支えることが難しくなってしまい、本来の病が進行してしまった。

 時間が経つにつれて魔力も回復してきたが、それ以上に生命力が失われていき、今現在はわずかな生命力を魔力が支えている形になっている。

 イリスが感じた魔力の変な流れはこれにあたる。


「……じゃあ、やっぱりおれのせいで……」


 顔を青くするヴァンにイリスはため息をつきながらその目を合わせた。

 深い緑の色をした瞳が不安気に揺れている。


「ヴァン、シランちゃんはそういう風に考えて欲しくないと思うよ。それに……きっかけは魔法を使ったことだったとしても、元々シランちゃんがなんらかの病にかかっていたことは違いないだろうし……」


 流石にイリスは医者ではないのでシランがなんの病にかかっていたかはわからない。

 優秀な医者や研究所に連れていけば判明するかもしれないが、しかし。


「……あの状態じゃ王都までもたないか……」


 小さく問うフラマに、イリスは無言で頷く。

 王都ならば魔力転換の研究もされているし、優秀な医者も多い。

 治るかどうかは別として原因の究明がされる可能性は高いだろう。

 しかし王都までの道のりは長く、ここからは遠い。

 今のシランの体力途中で力尽きる可能性が高い。


「それに、王都に行っても必ず治る保証があるわけじゃないし……それがシランちゃんの為になるともあまり思えないなあ」

「……どういうことだ?」


 可能性があるならば賭けてみるのもいいのではないかと思うのだが、乗り気のない様子のイリスにフラマもヴァンも疑念を抱く。


「さっき言ったでしょ。実例がすごく少ないって。魔力転換って本当にあまりないの。原理も不明で……だから王都に連れていくと研究対象にされてしまう可能性がすごく高いんだよ。生きる時間は延びるかもしれないけど、それって幸せなのかな?」


 どのように研究されるかにもよるだろうが、幸せだと断言することはできない。

 少なくともここにいる誰かが決められることではない。


「ちなみに、なんでそんなに研究が進んでないんだ?」


 実例がすごく少ないといっても、こういう話が存在しているということはゼロではないのだろう。


「魔力転換って無自覚で起こることだから発覚するのが遅いんだよ。特に魔法の知識がない地域だとね。発覚して、専門機関に診てもらう頃には生命力が尽きかけていることが多いんだって。魔力で支えているといっても生命力は減っていくからね……どうしようもないことなんだけど」


 死んでしまったら研究も滞るというものだ。

 だからなかなか原因の追究ができずにいる。

 滅多に起こることでもないし、なにより魔力が大きい人間自体少ないのだ。


「……おれは」


 イリスの話を聞いてすっかり考え込んでしまったヴァンは、何かを言いかけてやめる。


「ヴァン……本当に一緒に行くのか?」


 なるべく優しくフラマは問うた。

 ヴァンがフラマ達と共に行くということは、シランと離れるということだ。

 シランの残されている時間はわからないが、旅に出れば共に過ごす時間が減ってしまうことになる。

 それは果たしてヴァンもシランも幸せなのか。

 そういった意味を込めて、フラマはもう一度ヴァンに問う。


「ヴァン、自分がどうしたいかよく考えてみろ」


 一緒に行くのか、シランと過ごすのか。

 シランの為ではなく、自分がどうしたいのか。

 ヴァンは口を引き結び小さく頷いた。

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