第十一話 それぞれの想い
フラマとイリスはヴァンに連れられて家の奥に進み、一番奥の部屋の前で立ち止まった。
軽くノックをしてドアを開ければ目の前にランによく似た少女が仁王立ちで立っている。
「おかえりなさい、不良少年君?」
「えっと、ただいま……不良少年?」
クリーム色の長い髪を背中で流し、同じような色の瞳をもつ、ヴァンよりも少しだけ大人びた少女だ。
仁王立ちしたままにっこりと笑顔を張り付けてヴァンを見る様は決して笑っているようには見えない。
「連絡もせず、二日も帰ってこない不良少年でしょ。おじいちゃんの怒鳴り声がここまで聞こえていたわよ」
それにバツの悪そうな顔をするヴァンを見て少女は噴き出した。
そして、扉の前で棒立ちをしているフラマとイリスを見て嬉しそうに笑う。
「はじめまして。私、シランと言います。お兄さんとお姉さんのお名前を聞いてもいいですか?」
「フラマだ」
「イリスだよ、よろしくね」
軽く自己紹介をすれば、シランは部屋の中へ導き、2人に近くのソファーを勧めた。
ヴァンは勝手知ったる部屋なのか、近くの椅子を引き寄せる。
シランの部屋は可愛らしい装飾が施されている。部屋の奥にあるベッドにはぬいぐるみがあり、サイドの窓にはレースのカーテンが風で揺られていた。
「……シラン、今日は体調いいの?」
ベッドの端に腰掛けるシランを見て、心配そうにヴァンは声をかける。
シランを見てすぐに気づいたが、彼女は寝間着姿で、顔色もあまりよくない。
「さっきまで寝ていたんだけどね……ヴァンが帰ってきたから元気になったよ」
小さく笑ったシランはなおも何かを言おうとしたヴァンを遮って、フラマとイリスに向き合った。
「ヴァンとはもしかしてナダの町で会いましたか?」
「そうだけど……なんでわかったの?」
ヴァンはシランには何かを告げてから行っていたのだろうか。
イリスが不思議そうにしていると、シランは訳知り顔で頷き、ヴァンを見る。
フラマも同じようにヴァンを見るが、居心地悪そうに視線を揺らしていた。
「ナダの町でどんな病でも治すことができる薬が売られているって噂があって。そんなものあり得ないよって私言ったんです。きっとそれはにせものだって。そんなものがあれば、この世界に病で苦しむ人なんていなくなるはずだよって言いました」
確かにそんな夢のような薬があれば、この世界に病が広がることも苦しむ人々も、ゼロではないにしても拡大はしないだろうと思う。
しかし、毎年のようにどこかで何かしらの病は流行し、特効薬の開発に成功したという例も極稀にしか聞かない。大きな変化は特になく毎日が過ぎている。
「そしたら急にどっか行っちゃうんだもの。そうかなあって思いつくよ」
明るく笑うシランに対しヴァンはふて腐れたように口を尖らせた。
どうやら、ヴァンはその噂が嘘か本当か確かめるためにナダの町にいたようだ。
そしてどういうわけか、偽物だと知り大柄な男と言い争う形になったのだろう。
その時のことシランに問われイリスが説明をすると、シランは少し怒ったように言う。
「もう。ヴァン、無茶しちゃ駄目じゃない。たまたま2人に助けてもらえたからよかったけど、そうじゃなかったらどうするのよ」
「……自分でなんとかするし」
「なんとかできないじゃない」
「できるよ!」
ムキになってヴァンが言い返せばシランと睨み合う形になってしまう。
宥めるようにイリスが二人の間に入った。
するとヴァンはフラマの隣に来てラン達に言ったことと同じことを言う。
「おれ、フラマさんに弟子入りしたんだ! だから師匠についていく」
「……だから、何度同じことを言わせるんだ。弟子にしたわけじゃ……」
「師匠は強いんだ!」
何度も同じやりとりをしているのだが、誰一人フラマの言い分を聞くものはおらず、ヴァンは遮るように声を張り上げた。
ヴァンの突然の発言にシランはランと違い驚く素振りすら見せない。
「シラン、おれ師匠についてって強くなるよ。それに、師匠達は奇跡の花っていうのを探していて、その花があればどんな病気だって治せるかもしれなくて……!」
必死に言うヴァンに、フラマはようやく少し合点がいった。
ヴァンは奇跡の花を見つけて、おそらく何等かの病にかかっていると思われるシランを救いたいと願っているのだろう。
シランの為にできることをしたいと思っているのだろう。
そんなヴァンの思いをシランもきっと理解しているに違いないのに、病弱そうな少女は怒ったようにハッキリと告げた。
「そんな覚悟で強くなれるわけないじゃない!」
シランは腰掛けていたベッドからそっと立ち上がり、ヴァンと向き合う。
並んでいると二人の身長に差はほとんどなかった。
「それに、奇跡の花? どんな病でも? なにそれ。それを見つけたいから強くなるの? それは……私の為に見つけるっていうの? 私、そんなこと一度だって願ってないわ」
「……おれは、シランの為になにかしたい……」
小さな声で言うヴァンの言葉にシランは自分の手を強く握りしめる。
それはまるで何かに耐えるように。
イリスはそんな少女の震える手を見つめた。
「私は……ヴァンになにかをして欲しいなんて思ってない。私は、そんなことの為にヴァンを助けたわけじゃない……!」
お互い一歩も譲らない想いで睨み合う。
それでもふいにヴァンは視線を逸らして小さく言う。
「……シランのバカ」
しかしその呟きは確かにシランの耳に届いていたようで、咄嗟に少女も言い返した。
「ヴァンの方が大馬鹿よ!」
ヴァンはさらに言い返そうとしたのだが、そのまま口を噤みそっぽを向いて部屋から出て行ってしまう。
それにシランは数泊置いて、我に返ったように追いかけようとするのだがよろめきその場に崩れそうになった。
「あ、……大丈夫?」
咄嗟にイリスは手を差し出しシランを支える。
シランの身体は予想以上に痩せ細っていた。
だが、イリスは別の事で内心驚くことになる。
「……ありがとうございます。イリスさん」
力なく微笑んで感謝を告げるシランにイリスは曖昧に頷きながら少女を見つめた。
それにシランは何か気づいたのだが、気にする素振りなくフラマを見る。
「フラマさん。ヴァンをよろしくお願いします」
「いや、あのさ……」
「ヴァンを強くしてあげてください」
ゆっくりと頭を下げるシランにフラマは困ったように声をかけるが、少女は遮るように言い加える。
「ヴァンを、生きるために強くしてあげてください」
その言葉にフラマは何も言えなくなる。
いや、そのシランの表情を見て言えなくなる。
それは幼い少女がする顔ではなかった。
全てを悟り、そして受け入れて。
優しく微笑んだのだ。
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