第十話 忘れられない出会い

 山を数時間かけて超えたところにヴァンが暮らす村があった。

 元々山だった場所を切り開いて作られたのか、平地よりも高原となっている。

 村は『おとぎり村』というらしい。

 変わった名前だとフラマは思ったがその由来に興味はなかったので特に口に出すことはなかった。

 高原になっていること以外特になにかあるわけではない、言い換えれば何もない平凡な村である。

 それでも、決して険しい山ではなかったが、数時間ひたすら山道を歩き続けると多少なりとも疲労を感じるもので、村に着いたときは思わずほっと一息ついたものだ。


「おれの家は別にあるんですけど……あの家の人達にいろいろ世話になっています」


 少し村の中を歩くと、元々点在している人家からさらに離れた場所に村の家々よりから少しばかり大きそうな家屋があった。


「……ヴァン、君はこの村の住人じゃないんだな?」


 一瞬言いよどんだフラマに聞かれたヴァンは、曖昧に頷く。

 聞いていいものかどうか悩んだのだが、ヴァンの口ぶりからしてそういうことではないかと感じていたのだ。


「父さんと六年前にこの村に来て住むことになったんですけど……二年前に死んでしまったんです。母さんは元々いませんでした。……で、その後あの家に住む村長さん達がいろいろ助けてくれています」

「そっか」


 二年前と言えばヴァンは十歳ということになる。身内がいないとなれば誰かが世話をする必要が少なからずあるわけで、それを村長宅が買って出るのもわかる。

 それ以上深くは聞かなかったが、思うことも多々あっただろう。

 しかしヴァンの様子から決して嫌な思いをしているというわけではなさそうだ。

 憶測で印象を決めてしまうのはよくないので、フラマは考えていたことを頭の隅へ追いやることにする。

 時間にすると数分、そのまま村の奥まで進み、村長宅へ着くとヴァンは扉を軽く叩いて中に入った。


「こんにちはー……」


 家の中にヴァンの声が響く。

 ヴァンに続いてフラマとイリスも家の中に足を踏み入れると、家の奥から驚きの表情のまま近寄ってくる老人がいた。


「あ、村長……」

「この馬鹿! どこに行ってた!!」


 カリアスの町にいたハーミルよりもシャキッとして伸びた背筋で、幾分か若く見える老人はヴァンに近づくといきなり怒声を上げる。

 その声は大きく、迫力があったため、思わずフラマとイリスも驚き固まった。


「急にどこかに行ったかと思えば、二日も帰って来ない! 何を考えているんだ! ランもシランもどれだけ心配してたと……!」

「ちょっとお父さん! そんなに大きな声で怒鳴らないで!」


 老人の怒声に負けず劣らずの声を上げたのは老人の背後から現れたエプロン姿の女性だった。

 クリーム色の長い髪を一つに纏め、その顔立ちは優し気だ。

 そして老人を押し退け、ヴァンの元までくると膝を折り優しく肩を抱いた。


「よかった……、ヴァン無事だったのね」

「ごめんなさい、ランさん。村長も……心配かけて」

「次からはちゃんと話してね。シランも心配していたわ」


 そう言ってランと呼ばれた女性は優しくヴァンの頭を撫でると、フラマとイリスに向き合い微笑んだ。


「あなたがたがヴァンをここまで連れてきてくれたのですか? ありがとうございます」


 深々と頭を下げられた二人は互いに顔を見合わせた。

 なんと説明したらいいか言いかねていると、ヴァンが慌てたようにフラマの腕をとり、勢いよく言い加える。


「ランさん、村長。おれ、この人に弟子入りしたんだ!」

「え……?」


 言っている意味がよく分からなかったのかランは小首を傾げ、フラマを見つめた。

 その視線を受け、フラマは困窮する。


「いや、弟子にしたわけではないんだが……」


 このやりとりを何度したかもうわからないが、肯定するわけにもいかず、とりあえず否定をしようとするがそれもヴァンに遮られてしまい叶わなかった。


「だから、おれ、師匠について行こうと思ってる!」


 そう宣言したヴァンにランだけでなく老人も首をかしげた。

 そしてランは申し訳なさそうに言う。


「ごめんなさい、ヴァン。ちょっと意味がよくわからないわ……」


 そりゃそうだろう、とフラマは思う。ランや老人が困惑するのも当然だ。

 だからヴァンは二人にもわかるようにハッキリとその言葉を口にする。


「おれ、師匠と一緒に旅にでる。だから、この村を出ていきます」


 本当にヴァンのことを心配していたランと老人からすれば、それは驚愕の宣言だったに違いない。

 そして不安にもなる。

 この家の住人は一度だって、ヴァンのことを邪険にしたことはないのだ。

 しかし、それが本人には伝わっていなかったのだろうか。

 そんな嫌な思考がよぎり、特にランは酷く慌てふためいた。


「どういうこと……? なんで、そんな、急に……」


 その様子に眉を顰めた老人はランを落ち着かせる為、話を続けるではなく、一度切って改めることにする。

 一方で老人は最初に驚きを見せたが、何か思うところがあるのかすぐに落ち着きを見せていた。


「その話は後でゆっくりしよう。なあ、ランよ」

「でもお父さん……ええ、ええ、そうね。あの、よろしければお昼を一緒にどうですか? 今こらご用意しますので……」


 不安げな眼差しをヴァンに送りながらも、フラマ達に気遣いを見せてランは奥へ踵を返していった。

 老人はそんなランとヴァンを困ったように見比べてため息をつく。


「……ヴァンよ。お前の人生だ。お前が決めたことなら私は何も言わない。だが、これだけは言わせておくれ。誰かの為ではなく、自分の為に決めるんだ。そして、私たちはお前のことを本当の家族と同じように思っているということを知っておいてくれ」


 その声は優しく穏やかで諭すように話される。

 ランの様子を見れば、ヴァンのことを大切に思っていることが傍目からも伺える。

 それなのに、何故ヴァンは頑なにフラマについて行こうとするのだろうか。弟子入りすることだけが理由では決してないだろう。

 何も言わず、困ったような表情を見せたヴァンに老人は苦笑しながら頭を撫でた。


「まあ、よい。あとでゆっくり話そう。……シランにも早く顔を見せてやってくれ。あれもお前のこと心配していたのだから」


 先ほどから会話に出てくるシランと呼ばれる人物の名前を聞くたびに、ヴァンの瞳が揺れているのだがわかった。


「客人も、どうぞ孫と会ってください」


 先ほどの怒った様子とは一変して、老人はにこやかに言う。

 フラマとイリスはヴァンの案内のもと、老人の孫、シランという人物に会うことになる。


 それは、きっと忘れられない出会い――

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