第九話 弟子志願のヴァン

「師匠! イリスさん! こっちです。この山を越えれば村があります!」


 照りつける太陽の光を所々遮るように木々が立ち並ぶ山の中。

 慣れた足取りで山道を歩き、フラマとイリスの前を先導しながら声を張り上げたのはナダの町で出会ったヴァンだ。

 黒髪に深緑の瞳を持ち合わせ、十二歳という実年齢よりも幼く見える小柄な体格。

 その表情は生き生きとしていた。


「あともう少しで着きますよ!」


 まだ朝も早い時間帯、ナダの町から進んだ近く山の中を三人は歩いていた。

 町を出発したばかりの頃はまだ涼しく感じていたが、太陽が昇るにつれ山道を歩いていると次第に汗ばんでくる。

 イリスとヴァンはフラマに比べると身軽な服装の為気になるほどではない。

 しかしフラマは旅をするには軽装といっても、長めのコートを羽織っているので長時間この道のりを歩いていると、どうしても暑く感じてしまうのだ。

 フラマはコートを脱ぎ肩から担ぐようにかける。

 少し後ろを歩いていたイリスはフラマの腰を見て何かに気付いたように声を上げた。


「あれ、フラマ! 剣、持ってたんだね!」

「へ?」

「おかしいなーとは思ってたんだけど。なんだ、気づかなかっただけか」


 一人納得しているイリスを訝しがりながら、フラマは自分の腰を見た。

 普段はコートで隠れてしまっているが、その腰には短めの片手剣がある。

 普通に各地を回る分には使用することは滅多にないのだが、いざという時、身を守る為にも武器になるようなものは何かしら持っていたほうがいいに決まっている。

 ちなみに、騎士は何かしらの武器を扱えなければならず、大半が剣を所持している。

 王国騎士であり兄のクリムは剣の使い手で、公式の大会では常に上位に入賞していた実力者だ。

 そのクリムがフラマも剣を使うとイリスは聞いていたので、旅をするのに所持してないことを密かに怪しんでいたのである。


「でも、それ短いよね。クリムはもっと長いの使っていたけど……なんで?」


 イリスは何度か見たことがあるクリムが所持していた剣を思い浮かべた。

 特に他意はないのだが、あまりそういった武装に明るくないイリスは何気なく訊ねる。


「いや、単にすぐに持っていける剣がこれしかなかったってだけで理由はないぞ」


 旅をすると決め、持っていける剣が手持ちになかった。

 長剣も実家にはあったが、それはある人にあげてしまったので仕方がない。

 必要ならば旅をしながらどこかで手に入れればいいか、と軽い考えで旅立ち、その必要時が訪れなかったので今に至る。

 昔に比べ平穏な今な時代、旅をするからと言って武装するものは少ない。護身用として気持ち程度に備えるぐらいだ。そもそも旅をするもの自体が少ない。

 そしてもっと述べると、魔法が使える者は護身用すら所持しないことが多い。

 それぐらい、町から町を移動する程度の旅だと平穏に過ごせる世の中なのだ。


「師匠、イリスさん! 見えてきました!」


 ヴァンの声に意識を戻し、前方を見る。

 ヴァンが指した先にはぽっかりと山を切り開いたと思われる村があった。

 三人の目的地、ヴァンが暮らしている村である。


◇◆◇


 なぜ、ヴァンが暮らしている村に向かうことになったのか。

 ハーミルからクリムの行方の手がかりを得たフラマ達は一先ず南に向かおうと考えていた。

 南の孤島と言っても範囲は広大で何かしらの手がかりをさらに見つけなくてはならない。


「国の南に大きな港町があったよね? とりあえずそこに向かう?」

「そうだな……遠いなあ……」


 国の地図を取り出したイリスは南端を指した。

 現在地が国の西側なので港町まではかなりの距離があり、フラマがため息をつきながらぼやく。

 ここからだと乗合馬車を何台か乗り継ぎしなくてはいけないだろう。

 行ったことのない地域なのでどれぐらいの時間がかかるかは正確には知れないが、地図で見る限り一日二日という距離ではないことは確かだ。

 真っ直ぐ向かったとしても、少なくとも二十日前後はかかるのではないかと思われる。

 地図を見ながら目測をするフラマの横で、同じように地図を眺めていたヴァンは二人に向き合ってある申し出をしてきた。


「あの、師匠。それにイリスさん。お願いがあるんですけど……」

「なあに?」


 朗らかにイリスが聞き返すと、ヴァンは一度口を閉じ、意を決したように言う。

 フラマは数秒の間が空いたことで、どれほどの難題を言われるのかと一瞬身構えてしまう。


「……あの、師匠達にはついて行きます! でも、その前に村にいっかい村に帰りたいって思うんです……」

「……別に無理してついてこなくてもいいんだぞ?」


 本当ならこのまま自分の家に帰って欲しいとフラマは思っているぐらいだ。

 そもそも年端もいかない子どもを連れて旅をするのは些か気がひけるというものだ。

 しかし少し前に、親だって許さないだろう、と説得をする為に言えば、親はいないと返されてしまった。

 もしかしたら複雑な身の上なのかもしれないと想いそれ以上何も言えなくなってしまう。

 それでもよくわからない理由の為に、出会ったばかりの子どもを連れ回すのはいかがなものなのかと葛藤してしまうフラマがいるのだ。


「師匠にはついて行きます!」


 そんなフラマの思いなど露知らず、頑なについていくと言い張るのだから頭が痛い。

 なんだってそんなについて来ようとするのか理解できない。

 探せばきっとフラマよりもいい師匠となる人物はいくらでもいるはずで、奇跡の花のことも幻想に付き合う理由はないはずだ。

 それなのになぜ、と真意が知れない。


「ヴァンの村ってここから近いの?」

「ナダの町から半日ぐらいかかります」

「そっか。じゃあ、別に寄ってもいいんじゃないかな」


 だがフラマの意見など聞かず、イリスは勝手に決めてしまい、ヴァンは嬉しそうに笑う。

 どちらにしても、南の港町に行く為にはナダの町を経由し、大河を超える必要があるので、そのままヴァンの村に立ち寄ってもさほど問題にはならないのだろう。

 勝手に話が進んでいくので、フラマはすでに意見することを諦めていた。


「でも、今から直接行くにはちょっと遠いね。ナダの町で泊まって、明日の朝から行こうよ」

「はい! 朝から出れば昼には着きます。師匠、イリスさん。ありがとうございます!」


 イリスの提案にヴァンは嬉しそうに頷く。

 そして本当に嬉しそうにお礼を言われてしまえば今更拒否することも出来ず、イリスは笑顔のまま、フラマは苦笑しながら頷いたのだった。

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