第二章 生命と希望を託して

第八話 それは嵐の日

 どうしても助けたい女の子がいる。

 元気になってもらいたくて

 でも、どうしたらいいかわからなくて

 自分が弱くて頼りないから

 もっと強くなって

 女の子を守れるぐらいに

 女の子を救えるぐらいに

 力欲しい

 希望が欲しい


 あの日からずっとずっと、強く願っている


◇◆◇


 それは酷い嵐の中。

 人々は静かに家の中で嵐がすぎるのを待つ。

 こんな雨も風も強く、前も見えないほど視界が悪い中外を歩く人はいない。

 いないはずなのに、黒髪の少年は虚ろな瞳でフラフラと嵐の中を彷徨う。


 悲しいことがあったのだ。

 世界にひとりぼっちになってしまったかのようで。

 自分が世界にいることが寂しくて。

 このまま消えてしまいたいと思った。

 なにも考えずにそう思った。


 少年の足取りは不安定で、この嵐の中を、しかも山の中を歩くのはとても危険だった。

 しかし、誰もそんな少年の姿を見てはいない。

 見てくれる人はもういない――そう思っていた。


 だから必死に少年の名を呼び続ける声に、すぐに気づくことができなかった。


 その声に気付いたのは、少年が足を滑らせて、山の中にある崖から落ちそうになった時。

 声を上げる前に無意識に伸ばされた手を、誰かが必至につかんだ時。

 はじめて、名前を呼ばれていることに気が付いた。


「……ン。ヴァン……お願い、あきらめないで……」


 少年が嵐の中見たのは、小さな少女の姿で、崖から落ちかけている少年の手を必死に握りしめている。

 少女が手を離せば間違いなく落ちてしまうだろう。

 落ちれば助からないだろうともわかった。

 それでもいいと少年は思っていたのだが、このままでは小さな少女も一緒に落ちることになってしまう。

 それは駄目だと頭のどこかで考えることができた。

 だから、少年は少女の名前を呼ぶ。嵐の中で聞こえるかわからないほど小さな声で。

 そしてその声は確かに少女の耳に届いたみたいで、少女は必死に微笑んだ。


「死なせない、死なせないよ、ヴァン。……私はヴァンに生きていてほしい」


 だから、と小さく小さく言う。

 少女の声は少年にはもう届かないはずなのに。

 それでも少年は少女の声を聞いた気がした。


 ――生きることをあきらめないで――


 そして少女から眩い光が溢れだし、やがてそれは少年をも包み込んでいった。


 優しい光が、少年と少女の時間を変える機会となる――

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