第七話 一難去ってまた一難
フラマとイリス、そしてナダの町で出会った男の子――名をヴァンと言うらしい――は一先ずハーミルのいるカリアスの町まで戻ることにした。
「これで問題は一つ解決したね!」
嬉しそうに言うイリスの手には例の薬がある。
「……一つ問題が増えたけどな……」
「そう? いいじゃない。弟子が出来て喜ばしいことでしょ」
そして、イリスは隣にいるヴァンに、ねえ、なんて同意を示していて。
明らかに面白がっているイリスをフラマはジト目で見る。
しかし、抗議は一切聞く気がないらしく、イリスはヴァンと他愛ない話しをして楽しんでいるようだ。
その様子にフラマは頭を抱えたくなる。
あの後、ナダの町で気絶から覚めた男に話しを聞いてみても明確な答えは得られなかった。男自身、顔を隠した謎の人物に売りさばくように頼まれただけだという。出所などは一切知らず、在庫もヴァンに盗られたのが最後の一つだったらしく 男の手元にはすでになかったのだ。
その言葉に嘘は見受けられなかった。
そこでヴァンに薬を譲ってもらえないか尋ねたところ、『弟子にしてくれるのなら』と、無邪気に言われた。
もちろんフラマは断ろうとしたのだが、薬を盾にされては強くは出られない。
そもそも、ヴァンも盗ったものなのだから下手にでるのもおかしな話だと思われるのだが。
ただ、薬のことはヴァンにもなにか事情があるのか、ハーミルのことを話すと弟子の話とは別に一緒に行きたいと言ってきた。
断っても勝手について行くと言い、薬をその手から放そうとしないので仕方なく共にカリアスの町まで行くことにしたのだった。
◇◆◇
「ずいぶん早く手に入ったのじゃな」
その日のうちに戻ってきたフラマとイリスを見てハーミルは驚きを隠せなかったようだ。早くても二、三日は姿を見せないだろうと思っていたらしい。
フラマもそれには同感で、順調過ぎて逆に疑心となる。
最も、フラマとしてはヴァンの弟子志願という問題が出来てしまったので必ずしも順調とは言えないのだが。
「その子は?」
ハーミルはヴァンに気づいて、一人増えた来訪者を訝しんだ。
「ヴァンです! フラマさんに弟子入りしました! あと、薬のこと知りたくて」
「いや、弟子入りは認めてないから!」
しかしヴァンとフラマのやり取りを見て、なにかを察したのか苦笑し頷いた。
「運が向いたみたいですね。これでハーミルさんも安心して教えられるでしょ?」
なんてことをイリスが言うので老人は思わず皺がれた声を出して笑った。
「ああ! その通りじゃ! きっとお前さん達なら彼にも追いつけるじゃろう」
そこで、ハーミルはどこからか古ぼけた絵を取り出す。
一面が大木を中心に小さな草花で埋め尽くされている絵だ。
「これは……?」
「『奇跡を呼ぶ花を』書こうと思ったきっかけじゃよ」
懐かしそうに目を細める老人に他は揃って首を傾げた。
「今となっては夢か現か定かではないが……ここで奇跡の花を見た。奇跡を貰ったのじゃ」
「奇跡を貰う……?」
その表現がしっくりこず、眉を潜めるフラマにハーミルは可笑しそうに驚くようなことを言う。
「落としたはずの命を貰ったのじゃよ」
つまり、ハーミルは一度命を落とし奇跡の花によって甦ったということだ。
そんなことは現実ではありえない。生命というのは一度きり、戻ってくるものではない。それは禁忌であり、今の世の中で成功したという話はない。
だからこそ、夢かもしれないと思うのだろ。
「その時も前後の記憶もほとんどない。だが……確か、ここにはもう一つ描かなければならないものがあったはずなんじゃが……」
それが何なのかどうしても思い出せないと言う。
記憶を色褪せない為に丁寧に描かれたその絵はとても上手い。
目に留まる大木に広がる草原と散りばめられた見たことのない花。
目を凝らしてみてもそこに何が足りないかはわからない。
「以前聞いた話なんじゃが……国の南端から海を渡った孤島で奇跡の花の研究をしている施設があるらしい。本が出版されて少し経った頃、そういう話を聞いたのじゃ」
「じゃあ、クリムもそこに行ったのかな?」
この国はそれなりに広く、各所に様々な研究施設があるらしい。
禁忌の研究をしている施設もどこかにはあって、それが孤島の施設だとしてもあり得ない話ではない。
クリムがそこに向かった可能性は確かにあり、イリスは首を傾げながらフラマを見た。
「それって四年ぐらい前の話だよな?」
「あのクリムとかいう青年に話したのはそれぐらい前じゃな」
確認をとるようにフラマは老人に聞いた。
ハーミルが施設の話を聞いたのはもっと以前だが、クリムがその話を聞いたのは四年前。そして今現在ともだいぶ時間差がある。
四年前にクリムがその孤島に向かったとして、今現在もそこにいるとは言い切れない。
しかしなんの手掛かりもないよりかはマシなので、一先ずその孤島を目指してみるのもいいかもしれない。
「この話を聞いてどうするかはお前さん達次第じゃが」
どうするかね、と訊ねられフラマとイリスは顔を見合わせる。
答えは初めから決まっているのだ。
「目的地が決まっている方が旅はしやすいものだしな。兄貴の手掛かりがあるかもしれないなら俺は行くよ」
「わたしも。クリムを探さなきゃいけないし、問題ないわ」
国の南端の孤島と言っても範囲が広すぎて探すのが大変そうだが、それでも行くしかないのだ。
目的が決まり、話が纏まったところで、ヴァンが突然手を挙げて訊ねた。
「あのっ! 本当に……本当にどんな病気でも治せる薬ってないんですか?」
その表情は不安気で、声は少し震えていた。
その質問にハーミルは眉尻を下げて頷く。
「残念じゃが……そんな薬はない。本当に奇跡の花があれば……可能性はなくもないが」
「奇跡の花……」
小さく呟き、フラマを見て頷く。
ヴァンの視線を受けたフラマは首を傾げた。
「おれは、師匠についていきます! おれも奇跡の花があるか確かめたいです!」
「いや、俺はそもそも花を探しに行くんじゃなくて兄貴を探しに行くんだが……」
なにか勘違いされてはいないか、小さく否定をするフラマ。
クリムが奇跡の花を探しているのなら、結果的に同じことになるのだが、趣旨が違うと理解してほしい。
そんなフラマの思いなど関係なく、ヴァンは勢いをつけて頭を下げた。
「よろしくお願いします! 師匠!!」
その言葉を聞くのは本日二度目だ。
そんな様子にイリスとハーミルは微笑ましそうに笑みを浮かべ、フラマ一人頬を引きつらせるのだった。
「じゃあ、まあ、話は纏まったところで行きましょうか!」
ぱん、と手を叩きイリスは切り替えるように言った。
フラマとしては決して纏まっていないと抗議したいところだが、イリスは聞く耳もたず。
強引に腕を引き、ハーミル宅から出ようとする。
「ではハーミルさん、ありがとうございました。奇跡の花が見つかった暁には報告に来ますね!」
「気長に待っているよ」
クリムを探すのか奇跡の花を探すのか、はたまたどちらも探すのか、当初の目的が変わっていないかと感じながら。
なぜこの三人でとか思いながら。
それでもフラマは行方知らずを探して旅をするのだ。
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